第2話 新メンバーと低級ダンジョン
話し合いの結果、クルミちゃんは採用になった。
ダンジョン攻略の経験がないのは少々痛いが、うちにはよろいと筋肉でガチガチに固めたタンク要員がいる。
スキル『パワードタイム』によって身の丈に迫るほどの大剣を装備しているので、後衛へのモンスターの攻撃はまず通らない。
マシューの大剣より小回りのきく俺のパワードアームだってある。
そんなわけで、今日から早速初心者向けの低級ダンジョンでクルミちゃんを鍛えることになった。
撮れ高は少ないかもしれないが、クルミちゃんに慣れてもらうため、今回はダンジョンに向かう途中の段階から配信をする運びになった。
「よ、よろしくお願いします!」
サナが構えるスマホに向かって緊張した様子で頭を下げるクルミちゃん。
面接のときは私服だったが、今日は重量の軽い革のよろいを着込んでいる。
『可愛い』『おっぱいデカいな』『可愛い。好き』『清純派は俺の嫁』
一部セクハラまがいのコメントが混じっているが、視聴者の反応はまずまずのようだ。
もちろんクルミちゃんには見せない。
「ど、どうでしょうか?」
「おっぱいデカいって言われてるっすよ。良かったっすねー」
「えぇ!? おっ、え!?」
真っ赤になって腕で胸元を隠すクルミちゃん。
可愛い。
じゃなくて。
「おいサナ! セクハラコメントだけピンポイントで拾うな!」
「べー」
新入りのクルミちゃんがもてはやされてるのが気に入らないのか、サナはピンクの舌をしてあっかんべーする。古いわ。
視聴者からしたらサービスでしかない。
嫉妬するサナはともかく、クルミちゃんは回復魔法を打ち出せる杖を持参してきてくれた。装備の方はバッチリだろう。
ただ、
「その水筒、重くないか? 結構歩くけど大丈夫そう?」
今日も例の半端なくデカい水筒を肩から下げていた。
サイズからして2、3リットルは入るんじゃないだろうか。見るからに重そうだ。
コメント欄でも『水筒と胸でっか!』とかいう小学生みたいなコメントが飛び交っていた。
「が、がんばります!」
「……わかった」
勢いの良い返事に押されてついOKしてしまった。
後衛とはいえさすがに邪魔になる気がする。
マシューも隣で目を細めてうんうん唸っていた。
「やめた方がいいですか?」
視線に気づき、クルミちゃんは瞳をうるうるさせる。
「うーむ、次回からはもう少し軽い水筒を持ってきてくれ」
「はい!」
ピシッと姿勢を正して応じる。
栗色の長い髪がふわっとふくらんだ。
『可愛い』『それでこそ俺の嫁』『胸デッッッッ』
今日の配信のコメ欄はずっとこんな調子なんだろうか。覚悟した方が良さそうだ。
「今日はどんなダンジョンへ向かうんですか?」
道中、肩にかけた水筒を重そうに抱えながら尋ねられる。
「今日は初心者向けの低級ダンジョンへ行くことになってる。まずはモンスターやダンジョンに慣れてもらいたいからね」
「なるほど! ありがとうございます」
まぶしい笑顔を見せるクルミちゃん。
ドキッとする。可愛い。
サナやマシューもそこそこ整った顔立ちをしているが、クルミちゃんはまったくの別系統。
癒しに全振りした顔つきをしていた。
それとこの距離感。
サナの教育係を押し付けられた時を思い出す。
アイツはクソ生意気だったけど、この子は素直で真面目でやりやすいなぁ。
「いった」
後ろを歩くサナにふくらはぎを蹴られた。
「何しやがる」
「さーせん。パイセンがあまりにもキモい顔してたのでうっかり」
「それはうっかりじゃなくてわざとって言うんだわ」
ふんっとそっぽを向かれた。
向き直ると、横に並ぶマシューもいじけた様子で目を合わせてくれない。
なんだ、なんなんだ。
嫉妬ってやつか?
マシューはわかるが、サナが不機嫌なのはなんでなんだよ。
後輩ポジションをクルミちゃんに取られそうだからだろうか。
そんなやりとりも挟みつつダンジョンに着いた。
今回もスタンダードな洞窟のダンジョンだ。
クルミちゃんが慣れてきたら森とか湿地とかのダンジョンも行ってみたい。
「ここですか?」
「あぁ。て言っても初心者向けの──」
「こわーいモンスターがいーっぱいっすよ! クルミちゃんなんて頭からがぶっていかれちゃうかもな~」
俺のセリフを遮り、わざとらしく恐怖を煽るサナ。
「ひっ、そ、そうなんですか? ……怖い」
間に受けたクルミちゃんがサナの背後に隠れる。マジで良い子だなこの子。
サナの毒気にやられないと良いけど。
「心配するな。私が先頭に立ってモンスターを引きつける。クルミちゃんは後衛に回ってときどき回復魔法をかけてくれ」
言いながら、マシューは躊躇なく洞窟の中へ足を踏み入れる。
「リスナーの皆さーん。お待たせしました。いよいよダンジョン配信開始でーす」
視聴者に口頭で知らせ、サナもスマホ片手にマシューの背中を追いかける。
初心者向けのダンジョンだ、マシューからすれば朝飯前だろう。
それでも、クルミちゃんはその大きなよろいの後ろ姿を羨望(せんぼう)の眼差しで見つめていた。
少し進んだところで早速モンスターが現れる。
発達したアゴから大きな牙を生やしたオレンジ色のアリたちだ。洞窟の岩肌をガリガリかじっている。
大人が両手で抱え込まなければいけないほどの、馬鹿デカいアリだった。
「あれはなんですか?」
後方から物珍しそうに様子をうかがうクルミちゃん。
すぐにマシューが応じる。
「あれはガリだな。あぁやってガリガリ岩をかじって巣を作るんだ」
「その、戦うんですか?」
「ガリはこちらから刺激しなければ何もしてこない。このまま放っておいて問題ないだろう」
「せっかくだし戦ってくか?」
「え? それはちょっと……攻撃して来ないなら、倒しちゃうのは可哀想です」
「そうか? なら素通りするとしよう」
何も言わないなと思って斜め後ろへ振り返ると、サナは面白くなさそうに口を尖らせて
「なんすかパイセン。あとがつかえてるんで早く進んでってくだいさいよ」
「はいはい」
やっぱ後輩ポジションを取られたのが不服なんだろうか。意外と可愛いとこあるなコイツ。
巣作りをするガリを避けつつ奥へ入っていくと、分かれ道が現れた。
それも四つだ。
初心者ダンジョンがここまで多くわかれているのは珍しい。
配信のコメ欄では有識者たちが原因を予想し合っていた。
「おかしいな。こんなに分かれ道が多いとは聞いてないぞ」
マシューが不思議そうに首をかしげる。
「どうする? 一つ一つ攻略してくか?」
「いや、それは時間がかかりすぎる。それに」
言いながら、マシューは分かれ道の表面に触れ、注意深く感触を確かめ始めた。
「やはりそうか。この分かれ道、二つはガリが作った巣だな。他のより表面が凸凹している、入らない方が良さそうだ」
「すごい! 全然気づきませんでした」
「マシューは経験豊富だから、モンスターに詳しいんだ」
「すごい、すごいです!」
「あまり
照れくさそうに笑い、マシューは右から2番目の穴と、一番左の穴を順番に指さす。
「こことここが本来の道だ。どちらが最深部まで続いているかはわからない。どちらにする?」
「そうだなぁ」
俺には他の二つがガリの巣だとすらわからなかった。ここはマシューの勘に任せるのが安全策だろう。
「どっちがいいんでしょうか?」
「どっちでもいいんじゃないっすかー?」
クルミちゃんに尋ねられ、サナは雑な返事をする。
このままいくと
配信画面ではクルミちゃんを応援する少額のスパチャがちょくちょく流れていた。
こちらはクルミちゃん派が優勢のようだ。
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