【公式SS】エースの田中とクソ上司【原案:アラビアータ好き様】

〜クソ上司〜


 社長が"飛んだ"のが取り引き先にバレた。

 今朝から部屋中の電話が鳴り止まない。こ れが全部クレームなんだと思うと、加藤への恨みばかりが蓄積されていく。


 何もかもあの無能のせいだ。


 どう考えても加藤が後輩のサナをそそのかして社外秘のダンジョン攻略動画を無断転載したのがすべての元凶に決まっている。


  あれからバックれた調達部の田中をおどしてなんとか連れ戻したはいいが、ただでさえ人手が足りないってのに事務職がいっぺんに二人もいなくなった影響はとんでもないものだった。


 今まで加藤とサナにやらせていたあらゆる事務処理が上司の俺に集中して、このところ徹夜続きだ。

 もう何日も家に帰っていない。


 断ろうとすると部下の問題行動を察知できなかった責任問題を持ち出されるので、すべて引き受けるしかなかった。


  加藤のせいだ。


 あの精密機器を運ぶしか能がない馬鹿がサナをそそのかさなければ、 俺がこんな目にうこともなかった。

 もう脳内で何回も加藤をぶっ殺しているが、何百回何千回と繰り返しても余計に腹が立つだけだった。


 昨日会社に呼び戻して奴隷として使ってやろうと電話をかけたが、一方的に切られて着信拒否にされた。

  探偵に居場所を調べさせているが、前払いで依頼料を支払った途端連絡がつかなくなった。


 このままなら間違いなく過労死する。


  何かの奇跡で死ななかったとしても、社長がバックれて以来うちの会社の信用は地に落ちているので、まともな顧客は0。

 この会社が倒産して職を失うのは時間の問題だっ た。


 だが俺はこの会社のアホどもとは頭のできが違う。

 解決策はすでにあった。



「ホントに行くんすかぁ?」


 調達部の田中が何度目かのセリフを吐く。さっきからずっとこの調子だ。


 人気ひとけのない森の中を歩きながら、俺は田中に振り返る。


「馬鹿かっ、何度言わせんだ! もうダンジョン配信で宣伝するしか方法がねぇんだ よ。うちが倒産してもいいのか?」


「......別にいいっすけど」


「あぁん?」


「なんでもないっす」


 ガンを飛ばして黙らせる。新人のくせに口答えしやがって。


「あー、あれっす。あの洞窟」


  田中がいかにもやる気なさ気に指をさす。生いしげった木々の向こうに、洞窟があった。


「よーし、配信は俺がやる。お前は適当におとりになってモンスター引きつけろ」


「うっす」


 いい加減な返事だ。ちゃんと聞いてんのかコイツは。


 ダンジョンの入り口に着いた。

 俺はスマホの配信アプリを開いて、早速配信を開始する。


 配信タイトルと説明欄に加藤の元上司であることをこれでもかとアピールしておいた。

 アイツの人気にあやからなきゃならないのはしゃくさわるが、そんなことをいちいち気にしている場合じゃない。


 予告していなかったこともあって、同時接続者数(視聴者の人数)は0。集まるまでしばらくこの入り口で待っていた方がいいだろう。


「暗いな」


  ダンジョンの中は松明たいまつで道が照らされているものだと思っていたのだが、まったく明かりがなかった。


 そういえば、加藤はダンジョン攻略動画を撮るときにオフィスの棚から懐中電灯を引っ張り出していた。あれはそういうことだったのか。


「田中、ライトあるか?」


「ヘルメットのヘッドライトだけっすねー」


「あぁ!? んで懐中電灯持ってきてねぇんだよ、馬鹿かっ!!」


「このメイス結構重いんで、両手でちょくちょく持ち替えてるんすよ。だから懐 中電灯あると両手が疲れちゃって──」


 田中は棒の先端が丸く膨らんでいる金属製の鈍器、メイスをしめしながらごちゃごちゃと屁理屈をこねる。

 ちなみに、田中は全身を金属のよろいでガチガチに固めている。

  俺にも着るようにとしつこかったが、重かったし、どう考えてもいざというとき逃げ 遅れるので、俺は加藤と同じようにスーツ姿のままだ。


「──お前の言いわけなんか聞いてねぇんだよ! 懐中電灯無いのかって聞いてん だろうが!」


「いやだからメイスが重いから持ちかえないと──」


「──言いわけすんな!」


 田中は偉そうにため息をついて、


「あー、もういいっす。俺が悪かったっす、はい」


 と棒読みで謝ってきた。


 態度が気に入らなかったが、いつの間にか配信の同接が増えている。

 コメントはなく、誰が見ているかわからない。


 怒りをぐっと飲み込んで、俺は田中のヘッドライトの明かりを頼りにダンジョンを進んでいくことにした。


「なんだ、何もいねぇじゃねぇか。本当にこんな場所にモンスターが住んでるのか?」


「まだ入ったばっかじゃないすか。ダンジョンの入り口付近のモンスターは外に出ないように定期的に駆除されるんすよ」


「あぁ? んなことはわかってんだよ! それにしても数が少ないって話をしてんだろうが!!」


「はぁ、そうっすか......」


 また生返事をしやがる。新人のくせに。


 調達部でもてはやされて、調子に乗っているのかもしれない。

 今すぐ説教してやりたいところだが、配信の視聴者が誰なのかわからない以上、下手なことはできない。


 コイツと話していてもイライラするだけだ。説教して説き伏せることもできないのだから腹が立つ。


 俺は早歩きになって、とっととダンジョンボスを倒しに向かうことにする。


「ちょ、早いっすよぉ。いつモンスターが飛び出してくるかわかんないんで、もうちょっとゆっくり歩いた方がいいっすよ?」


 どうせよろいが重くて追いつけないだけに違いない。

 モンスターの気配なんかないし、俺は無視して一人で先へと進んでいった。


  スマホは配信中なので、カメラをインからライトがあるアウト(背中についている方)に切り替えてライト機能を使うと映像が白飛びしてしまう。

 かと言ってインカメラのままライト機能を使うとダンジョンの中を映しながら前方を照らすことができない。


 仕方がないので、画面の明るさを最大にして代用することにした。


 かなり薄暗いが、どうせまだモンスターはいないだろうし、幸いこのダンジョンの中は進路をふさぐような物も無いので、一人で先行しても怖くはなかった。


 あれからかなり進んだ。さっきまで俺を呼び戻そうとする田中の声が鬱陶うっとうしいくらい聞こえていたが、それも無くなった。


「んだよ、モンスターなんかちっともいねぇじゃねぇか」


 田中は今までモンスターのいないダンジョンに潜って攻略しているフリをしていたの かもしれない。


 いや、そうに決まっている。帰ったら人事部に報告して即刻クビにしよう。


「あ?」


  スマホの画面から出るわずかな光で照らしていると、前方に何かがいるのがわかった。


 二本足で立つ小人のモンスターだった。けむくじゃらで口がオオカミみたい に前に突き出ている。これと言った武器は持っていなかった。


「モンスターだ! はは、どうだ? やっとダンジョン配信らしくなってきたろ?」


スマホの配信画面を確認すると、いくつかコメントが来ていた。


『おもんな』『画面揺れすぎ』『モンスター出るまではトークで繋げよ。素人か?』『本当に加藤さんの上司?』『嘘乙』


 生配信をほとんど見たことがない俺でも、コメント欄が荒れているのがわかった。

 同接数は2桁まで減っていて、同じ視聴者がコメントを連投しているようだ。


「っせぇなぁ!! この剣が重いんだよ。洞窟だから足元だって真っ平なわけじゃないしよ。ダンジョン潜ったことねぇくせに、口だけは一丁前だな!?」


 声を張り上げて怒鳴どなり散らしてやる。これで大抵のガキはビビって逆らえない。


『草』『wwwwwww』『なめてるだろ』『炎上確定』


 コメント欄は静かになるどころか一気に加速した。事態が悪化したようだ。


 わけがわからない。

 もしかしてコイツら、匿名だから何を言ってもいいとでも思ってんのか?

 だとしたら、とんでもない勘違い野郎だ。


「チッ、付き合い切れるか」


 スマホから顔を上げる。


「なっ......!?」


 そこでようやく気づいた。

 さっきのオオカミ顔の小人モンスターがいる。一体や二体じゃない。数えきれない、とんでもない数だった。


 俺は、完全に囲まれていた。


「......か、かかってこいよ」


 俺だって武器は持ってる。それも調達部の傘立てに刺さっていたボロい剣じゃない。

 重量感のある切れ味のいい剣だ。


 片手剣らしいが、重いので両手に持ちかえた。スマホのカメラで映せなくなるが、もう配信なんぞ知らん。

 あんな馬鹿どもに付き合っている場合じゃない。


 俺は配信中のままのスマホをポケットにしまい、剣を構える。と言っても構え方なんか知らないので、とりあえず地面と垂直にしてみた。


 オオカミ顔の小人たちはじりじりとその距離をつめてくる。

 武器は持っていないようだが、唸る口元から鋭い牙がのぞいていた。接近して噛みついてくるつもりだろう。

 俺の片手剣の方がリーチが長い。囲まれては いるが、回転斬りをすればいいだけの話だ。オオカミ顔の小人たちが、ついに片手剣の間合に入った。


「らぁぁっ!!」


俺は回転斬りをーー


「いった!?」


 ーーしようとして足をくじいた。

 剣が重過ぎてバランスを崩したのだ。こんなことなら傘立てに刺さっていた軽そうな剣を持ってくるべきだった。


 手から離れた片手剣は勢い余って遠くに飛んでいってしまった。何せ重いので大した距離ではないが、オオカミ顔の小人たちの群れが片手剣を踏みつけて迫ってくるので、回収できない。


「おい、田中! 田中ァァ!!」


  俺は声を張り上げて田中を呼びつける。馬鹿で無能で礼儀知らずだが、あれでも調達 部のエースだ。頼るのはしゃくだが、なんとかなるだろう。


「『スマッシュ』!」


 どこからか鋭い声が反響して耳に届く。オオカミ顔の小人たちがざわめき始めた。


 肉しに骨をぶん殴る重い金属音が連続する。オオカミ顔の小人たちが次々に吹っ飛ばされて道ができた。


 確か、『スマッシュ』は田中が持っているスキルだ。重さを無視して強制的に吹っ飛 ばす、というような効果だったはずだ。


 案の定、メイスを持った田中が現れる。


「大丈夫っすか?」


「遅ぇぞ! 俺が呼んだらすぐ駆けつけろ!!」


「いやですから、このダンジョンは無闇に走ってったら危な──」


「──言いわけすんな!! そのよろいとメイスが重いだけだろ!」


「それもあるっすけど。はぁ、もういいっす。行きましょ」


 田中は不満げにわざとらしくため息をついた。


 どうせ配信には映っていないしぶん殴ってやりたいところだが、コイツのスキルはそれなりに使える。

 あの無駄に重い片手剣を振り回すよりは安全に攻略できるだろう。

  一応取り落とした片手剣を拾い上げ、腰のさやに戻した。


 重い。姿勢が悪くなりそうだ。


「まだ鞘にはおさめない方が......」


「っせぇなぁ! お前が全員吹っ飛ばせば済む話だろうが!!」


「えぇ......俺の『スマッシュ』は実体の無いゴースト系のモンスターとか、モンスターが投げた岩とかは吹っ飛ばせばないっすよ? 」


「はぁ!? チッ、使えねぇなぁ」


「そういう仕様なんで」


 開き直りやがる。俺がスキルを持っていないからっていい気になりやがって。気に入らないやつだ。


その後は田中に先陣を切らせた。オオカミ顔の小人(どうでもいいが、コボルトというらしい)は田中のメイスにスキルの効果が乗っているので、大きさに関係なく一撃で吹き飛んでいく。


 それなりに爽快だったが、使っているのが田中なだけに、イライラも溜まった。


 そしてついに、ボス部屋についた。

 古びた木製の両扉だった。


「開けますよ?」


「早くしろっ」


 田中が扉を押し開く。


 中は何も無い広い部屋で、壁に設置された松明たいまつで照らさせれていて、ライトがらないくらいには明るかった。


 中央に、カボチャ頭に全身をおおう黒いマントを着込んだモンスターが浮かんでいる。


「なんだあれ? まさかお前が言ってたゴースト系じゃないだろうな」


「ジャック・オ・ランタンっすねー。ゴースト系っすけど、頭のカボチャは実体があるんで大丈夫っす」


「ならさっさと倒せ。俺はここからお前の戦いぶりを配信してやる」


 スマホを取り出す。同接はさらに激減していたが、物好きがかろうじて二、三人残 っていた。

 どうせアーカイブも残すし、まぁいないよりマシだろう。


 俺はボス部屋の入り口に立ってスマホを構える。

 田中は大げさにため息をついて、メ イスを手にジャク・オ・ランタンに向けて走り出す。


 反応したジャック・オ・ランタンが、黒いマントをまくり上げた。

 中から尋常じんじょうじゃ無い数の小さいジャック・オ・ランタンが湧き出してくる。


「田中っ!! とっとと倒せ!」


「わかってますって!!」


 雪崩なだれのように田中に殺到する小型ジャック・オ・ランタン。


 田中はまったくスピードを落とすことなくボスのジャック・オ・ランタンに迫り、飛び上がって頭のカボチャをメイスで殴りつけた。


 カボチャの頭はちぎれて吹き飛び、壁にぶつかって割れた。


「やったか!?」


小型ジャック・オ・ランタンたちは苦しみもだえながら消滅し、ボスのジャック・オ・ランタンも魔法陣に転送されていなくなった。


 割れたカボチャの中に入っていた、火のついたろうそくのようなものだけが残る。

 今回納品するドロップアイテム『魂を燃やすキャンドル』だ。


「よくやった。だがな、いくらなんでもお前の態度は失礼すぎ──ブッ!?」


 近づいていって肩を叩いてやると、振り返った田中に拳で殴られた。

 浮遊感に包まれる。

 体が地面から浮いているのがわかった。


 俺はそのまま、意識を失った。



〜調達部の田中〜


 あまりにもムカついたので、思わず『スマッシュ』でぶん殴ってしまった。

 気絶してるけど、メイスで殴ったわけではないしまぁ大丈夫だろう。


「やってられっか」


 俺は配信しっぱなしのスマホを取り上げ、電源を切って背後に投げ捨てた。

 吐き捨てるように、ぽつりと口にする。


「転職しよ」



次回 第二部 ロ口ロロろぐちろろ編 開幕! ご期待ください

────────────────────────────────────

この小説のトップページ(表紙)または最新話のページの『★で称える』の+ボタンをいっぱい押したり、ハートを押したりして応援していただけるととてもうれしいです!


お楽しみいただけましたでしょうか?

今回はTwitterでいただいた【アラビアータ好き】様の「クソ上司が人気配信者で、第1話で登場した調達部エースの田中と組んでいたら」というアイデアをもとに書き下ろした公式SSでございます。


登場するスキル『スマッシュ』、モンスターのコボルトやジャック・オ・ランタンの設定については、なんとです。我ながらファンサービスの鬼ですね笑笑


そのため完成までに時間がかかってしまいましたが、とても面白い、終始笑えるSSに仕上がったと感じているので大変満足しています。


アイデアを提供してくださった【アラビアータ好き】様、本当にありがとうございました。

この読者様もカクヨムにて個性的なファンタジー小説を投稿されていますので、そちらもぜひご一読ください。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

しょうもない俺はダンジョン配信で成り上がる 羽川明 @zensyu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ