奪われる者と略奪者 《カクヨム限定公開》

〜ある富豪の男〜


「倒されたか。まぁ、少しは楽しめたな」


 長い黒髪を右手ですきながら、その富豪の男は路地裏のゴミ箱の上に座ってスマホを見ていた。


 画面には冒険者たちによって倒され、崩れ落ちていくマシンゴーレムの様子が配信されていた。

 口ぶりとは裏腹に、男の暗く沈んだ灰色の瞳はすでに興味を失っている。


「お前だろ?」


 怨嗟えんさはらんだ声がかかる。

 富豪の男は顔を上げた。


 見知らぬ青年が、怒りに満ち満ちた表情で立っていた。

 富豪の男はその服装を見て、冒険者だと察した。


「やっぱり、やっぱりそうだ! お前が、お前がぁぁーーーーっっ!!」


 目が合うなり、青年は腰から下げた短剣を抜く。青年は息を荒げて激しく興奮していた。激情のままに短剣のつかを両手で持ち、頭上に振り上げる。


 富豪の男は凍りついたように表情を変えず、微動だにしない。


「山本、やめろっ!!」


 遅れて駆けつけた仲間と思われる小太りの男が手を伸ばす。

 到底間に合う距離ではなかった。振り下ろされた刃が、富豪の男の頭頂部を貫かんと光る。


 小太りの男は目をつむり、顔をそむけた。


 しかし、


「うっ!?」


 青年の短い悲鳴と、金属が衝突する音だけが路地裏に響いた。


 振り下ろしたはずの短剣は弾かれ、青年の手から地面に落ちていた。青年の、短剣を握っていたはずの両手がしびれて震えている。


 異常に気づいた小太りの男は目を開け、驚愕きょうがくした。


「え?」


 富豪の男の表面をおおう半透明のまくのようなものが、浮かび上がってすぐに消えた。

 小太りの男は目を疑う。

 何度かこすって確かめたが、もう膜は見えなかった。


「なんでだよ! なんで、なんでお前は死なないんだよ!?」


「山本、よせっ」


 つかみかかろうとする青年を、小太りの男が羽交はがいじめにして制止する。青年は非力な体をよじって抜け出そうとするが、かなわない。


「なんで!? なんで平気な顔してんだよ!

 お前のせいで、何人死んだと思ってんだ!? りかも、かずとも、ゆうきもリールも、みんな、あのマシンゴーレムにっ!!」


 青年は必死に暴れたが、その細い四肢ししでは小太りの男を引きがすことはできない。


「山本っ! 人違いだよ、そんな人には見えない」


「違う! コイツだ! 絶対、絶対コイツだぁ!! そうだろ? お前が殺したんだろ? みんなを!!」


 叫ぶ青年のその目から、ボロボロと涙がこぼれる。


「やめろって。困ってるだろ?」


 富豪の男は、冷徹な瞳を青年に向ける。

 さげすむような、下等生物を見るような目だった。


滑稽こっけいだな」


「は?」


 青年は硬直した。小太りの男も、目を見開いて次の言葉を待った。


「そうとも。俺があのマシンゴーレムを作った。俺の指示で、マシンゴーレムはお前の仲間を殺した。これで満足か?」


 富豪の男の表情が、初めて崩れる。

 

 男は、

 声を出して、笑い出した。

 口元を手のひらでおさえても、漏れ出す声は大きく、神経を逆撫でするような不愉快なものだった。


「本当に、あなたがやったんですか?」


 小太りの男が、震える声でたずねる。富豪の男は狡猾こうかつな笑みを浮かべる。


「物足りなかったか?」


 それだけで十分だった。


 小太りの男は青くなって、地にひざをついた。

 自由になった青年は、血の気が引いて真っ白になった顔をゆがませ、咆哮ほうこうする。


「死ねぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーッッ!!!!」


 青年は両の手のひらを重ねて広げ、富豪の男に向けた。


 手のひらから灼熱しゃくねつの炎が噴き出す。


 青年の、全力の魔法だった。


 魔法耐性が付与ふよされていない手の皮膚ひふが焼けこげる。魔力を一気に消費したことで、青年の意識は遠のいていく。


「あぁ……」


 青年は白目をむいて倒れ込んでしまう。


「山本? 山本っ!」


 小太りの男が揺さぶっても、青年は呼びかけに応じない。


 くつくつと、漏れ出る不気味な声が聞こえた。

 小太りの男が顔を上げると、富豪の男が下卑げびた顔で口元を歪ませている。


 火傷やけどどころか、傷一つ負っていなかった。


 小太りの男は尻餅をついて、無様ぶざまにあとずさる。

 富豪の男は一歩、また一歩と踏み込んで、小太りの男の反応を楽しんだ。


「ば、『バリアー』!」


 小太りの男が右手を突き出して宣言する。青白いドーム状の膜が小太りの男を守るように展開された。

 富豪の男の目の色が変わる。


「いいスキルじゃないか」


 感心している様子だった。小太りの男は得意げに返す。


「そうだろ? 俺にも山本にも、手出しはさせない!」


 富豪の男が前かがみになって踏み込み、小太りの男に向けて右腕を伸ばす。

 次の瞬間、小太りの男の『バリアー』を、富豪の男の右手が


「『プランダー』!」


 富豪の男がそう宣言し、伸ばした指先が小太りの男に触れた瞬間『バリアー』があとかたもなく消失する。


「え……?」


 小太りの男は必死に右手を突き出したが、もう二度と『バリアー』が発動することはなかった。


「バリアー! バリアー! バリアー! なんで? どうしてできないんだよ!?」


 小太りの男はたちまちパニック状態になってしまう。富豪の男から、笑みが消えた。


「──飽きたな」


「う、ぐぅっ!」


 富豪の男は小太りの男の太い首をつかむと、握りしめて折った。

 骨の砕ける生々しい音が、くぐもって響く。


「──ロ口ロロろぐちろろ。次はお前のスキルを頂く」


 富豪の男は、言いながらポケットから取り出したスマホの画面に目を落とす。


 画面では、前髪が虹色に染められた白いツインテールの、奇抜な見た目の少女がダンジョン配信をしていた。


 富豪の男の、スマホを手にしていない左手の指先から、青白いドーム状の膜が生まれる。


 それは他でもなく、


 《略奪者プランダー》は小さくせせら笑って、路地裏の奥に姿を消した。




第二部 ロ口ロロ《ろぐちろろ》編 近日公開予定

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どうやら”ある富豪の男”は優秀な魔法の使い手なだけでなく、非常に凶悪なスキル『プランダー』の持ち主だったようですね。

その性能は他作品だと覚醒後の最強主人公が持っているようなチートスキルのようです。


さらに、よく読むと防御系スキル『バリアー』を『プランダー』宣言前に右手で貫通させていることがわかると思います。

これは偶然ではなく、”仕様”です。こんなんどうやって倒すんや……


詳細は第二部以降から徐々に明らかになっていきます。お楽しみに!



【今後の予定】


6/25/17:42〜 第一部と今回の《カクヨム限定エピソード》までに登場した主要な登場人物とそのスキルについての設定資料を公開!


第二部から読み始めても楽しめるようにするための措置そちです。

ネタバレにも配慮しているので、こちらの設定資料を読んでからでも第一部が楽しめるようになっています。


6/26/17:42〜 【公式SS】 エースの田中とクソ上司 


こちらは読者の皆様からいただいた妄想を原案とした公式SSです。

終始明るく、読んでいて笑えるよう意識したギャグやコメディ満載のエピソードですので、安心してお読みください。

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