最終話 嘘と魔術師

〜ある富豪の男〜


 昼間。

 加藤たちが暮らす街の通りを、黒い長髪を生やした灰色の瞳を持つ一人の男が歩いていた。

 男は複雑な金の刺繍ししゅうがほどこされた暗い紫のコートを着ており、一目で貴族階級の人間とわかる。


 すれ違う人々は皆振り返り、男の容姿とまとう独特なオーラに目を奪われた。

 男はそれをまるで意に介さず、革製の茶色い硬質なブーツでコツコツと足音を立てて歩いていく。


 噴水のある広場までたどり着くと、男は立ち止まった。

 休日の昼間ということもあって、広場では多くの人が行き交っている。


 男は右腕を地面と水平にかかげ、手のひらに魔力を込める。

 男の足元に紫の魔法陣が浮かび上がった。

 魔法陣には気が遠くなるほど複雑な幾何学きかがく模様と文字の羅列が刻まれており、放たれる光の強さは急速に増していく。


 異変に気づいた人々は足を止め、何事かと見入った。

 長髪の男が手をかざす先の、コンクリートで舗装された地面が山のように盛り上がっていく。


 パフォーマンスか何かだと思い込んだ通行人たちの笑顔は、次の瞬間恐怖へと変わる。


 限界までふくれ上がったコンクリートが砕け、破片が飛び散った。

 現れたのは、白く塗装された鋼鉄の体を持つ巨人、マシンゴーレムだった。


 無機質な見た目をしているが、ゴーレムはゴーレム。

 生きているモンスターを召喚、転送するには途方もない魔力量とそれを安定的に供給する超絶技巧を要する。

 ダンジョンのモンスターを死亡後しか転送できないのはそのためだ。


 そもそも魔法を使える者自体が貴重なこの現代において、たった一体のモンスターを生きたまま転送するためのコストがあまりにも莫大なのだ。

 ダンジョン内の生きたモンスターを自動で転送して排除することは、ごく狭いワンフロアだけでも到底実現不可能なのである。


「これでまた、少しは楽しめそうだ」


 長髪の男は底意地の悪い顔で笑う。


「さぁ、存分に暴れて来い。マシンゴーレム!!」


 男の一言で、マシンゴーレムの瞳が青く光る。

 逃げ惑う人々の背中を、青い瞳から撃ち出されたレーザービームが貫いた。

 コンクリートがえぐれ、命中した人々は皆黒焦げになる。


 マシンゴーレムの両肩の装甲が開く。中から現れたのは縦一列に並ぶ銀色の砲身だった。

 大砲が火を吹き、周辺の建物が次々と爆発、炎上していく。


 あちこちに死体が転がり、逃げ遅れた人々は正気を失って我を忘れた。

 のどかな休日の広場は、あっという間に地獄絵図になった。



〜加藤〜


 昼ごろ。

 小遣い稼ぎに遊びで行った低難易度のダンジョンでの装備のままジネと合流し、サナ、マシューの二人も合わせて四人でテーブル席についてラーメンを食べていると、突然けたたましいサイレンの音が鳴り響いた。


「なんだ?」


 真っ先に反応したのはマシューだった。


「さぁ? ま、防災訓練か何かだろ」


 俺は目の前のチャーシュー麺に夢中で、うるさいな、くらいにしか思わなかった。

 サナも味噌ラーメンの味にご満悦まんえつのようで、食事の手が止まらない。

 ジネは警戒するマシューを見て、不安そうにしている。ちなみに伊勢いせ海老えびが乗った塩ラーメンを食べている。意外とうまそうだ。


「少し様子を見てくる」


 マシューはラーメン屋の出入り口に駆けて行って、引き戸を開け放った。

 サイレンの音がクリアになる。


 マシューはすぐに引き返して来て、


「加藤、どうやら訓練じゃないらしい。ラーメンをすすっている場合じゃないぞ!」


 と言いながら財布を取り出した。


 カウンターに一万円札を叩きつけ、


「釣りはいらない」


 と言って飛び出して行ってしまう。

 俺とサナは慌ててラーメンを口いっぱいに含んでから後を追った。


「どうなってんだ?」


 そう遠くない場所から無数の黒煙が上がっている。火事だろうか?


「なんかヤバそうじゃないっすか?」


 俺は外していたパワードアームを右腕に装着し、手のひらを開閉する。

 問題なく動いた。


「だな。マシューを追いかけよう。危ないから、ジネはここに残っていてくれ」


「え!? 置いていかないでください! わ、私も行きます!」


 ジネはぱたぱたと走り寄って来た。仕方がないので三人でマシューの背中を追いかける。



 マシューを追ってしばらく走っていくと、やがて黒煙の中に巨大な影が立っているのがわかった。

 煙が風にあおられて割れ、その姿があらわになる。


 表面の凹凸おうとつが無い無機質な白い体に、青く光る瞳。

 中の機構がのぞく両方の肩からは筒状の銀色の棒が縦一列に生えていて、ときどき先端から火を吹いている。


「なんだあれ。モンスターじゃなさそうだな」


「多分、マシンゴーレムです」


「マシンゴーレム? それってこの前のゴーレム戦のときに床ペロ魔術師が言ってたあのマシンゴーレムっすか?」


「はい。巨大な白い体にレーザーの出る青い瞳、肩の大砲、確かミサイルも積んでいたはず。見る限りでは噂通りの特徴です。間違いないと思います」


「レーザー?」


 マシンゴーレムへ振り返ると、今まさに瞳から光線が放たれるところだった。

 命中した建物の屋根が紙くずのように吹き飛んで炎が上がる。


「あんなの倒せるのか? 近づいただけで終わる気がする」


「ひっ、ご、ごめんなさい……前回は戦闘機で迎撃しようとしたそうなんですが、傷一つつけられずに全滅したそうです」


「はぁ!? そんなの倒せるわけないっすよ! パイセン、逃げましょう?」


「正直俺も逃げたいところだけど、マシューを連れ戻してからだ。アイツはこういうとき、死んでも逃げたりしないだろうけどな」


 マシューはそういうやつだ。

 まっすぐで真面目でお人好しなアイツは、街の人たちの避難が終わるまで時間を稼ごうとするに違いない。

 サナはそれ以上何も言わず、黙ってついてきた。ジネはすでに息が上がっていたが、マシューの背を追って必死に走り続ける。


 マシューを説得するのは不可能だろうし、置き去りにするなんて絶対に考えられない。

 戦闘機でも太刀たちちできないマシンゴーレムを倒せるとは思えないが、街の人たちの避難が終わり、マシューが納得するまではなんとしてでも時間を稼ごう。

 ただ、マシンゴーレムの攻撃手段は物理攻撃ではないようなので、俺のスキル『スタビライズ』は今回なんの役にも立たないだろう。


 結局追いついたのは、マシューが立ち止まってからだった。

 商店街の通りで黒げになって放置された死体を見て、マシューは言葉を失って泣いていた。

 死体は性別すらわからないくらい損傷が激しく、身長からしてまだ子どものようだった。


 マシューは手を合わせて黙祷もくとうささげてから、頭を振って涙をぬぐい、再び走り出す。


 マシンゴーレムに近づけば近づくほど、通りに横たわる無惨むざんな死体の数が増えていった。

 マシューは表情をかたくして、振り返らずに突っ走った。

 俺はマシューほど割り切ることはできなくて、死体を見かけるたびに目をそらすので精一杯だった。

 サナとジネがどんな心持ちでいるのか、心配する余裕すら無かった。



 マシンゴーレムは広場にいた。


 黒煙と炎に包まれても、その体は白いままだ。すすで汚れたり変色したりしている様子はない。

 もしかすると、魔法で体の表面が守られているのかもしれない。


 広場にはすでに多くの冒険者たちが駆けつけていたが、実際に戦っているのは一割もいなかった。ほとんどの冒険者が戦意を失ってただ呆然と立ち尽くしている。

 まだ戦う意志のある弓やスリングショットなどの遠距離武器を使う冒険者たちや、数人の魔術師たちがいくら攻撃をぶつけても、マシンゴーレムの装甲にはまったく変化がなく、命中した箇所からは煙さえ上がらなかった。


 装甲が厚いだけなら魔法を受けて小爆発くらい起きるはずので、やはり体の表面にバリアのようなものが張られているのだろうか。


 建物を破壊するのに夢中だったマシンゴーレムが、突然冒険者たちの方へ振り返る。


「マズい、みんな逃げ──っ!!」


 さえぎるようにレーザーが照射しょうしゃされ、冒険者たちの体が宙を舞った。

 生き残った冒険者たちはたちまち蜘蛛くもの子を散らすように逃げ出してしまう。その背中をマシンゴーレムの両肩から伸びる無数の大砲が容赦なく吹き飛ばす。

 あとにはちりも残らなかった。


「加藤、スキルを使う。効果時間が切れたら、私を置いて逃げろ」


 マシューは身長に迫る大剣を両手で持って正面に構える。


「んなこと、できるわけないだろ!!」


「マシュー、ダメ!」


「マシューさん……」


 俺たちの制止を聞き入れず、マシューはスキル名をとなえようと口を開いた。


 そのとき、


「アーハッハッハッハァ!! 待たせたなっ、諸君しょくん!」


 場違いなほど明るい笑い声がとどろいた。

 黒いとんがり帽子に赤いローブを着た白髪の美少女が走ってくる。


 アークだった。


 右手で自撮り棒をかかげていて、先端には当然のように配信中のスマホがくっついている。


「アーク! お前、こんなときに何やってんだよ?」


「こんなときだからこそだ!」


 仁王立ちでデカい胸を張る。


「はぁ? マジで馬鹿なんすね」


 あきれるサナに、アークは答える。


「俺も迷った。でも、辛くても現実は現実だ。目を背けるべきじゃないし、忘れるべきでもない。

 だから俺は、この現状を記録に残すべきだと思う」


「それはそうかもしれないっすけど、ただ辛いだけの現実を配信するなんて……」


「心配いらない。俺様があのマシンゴーレムを倒してやる。

 倒して、その様子を世界中に届ける。

 避難所にいる人たちも、この街に大切な人がいる世界中の人たちも、みんな大喜びするぞ?

 みんなが笑ってくれるなら、俺もうれしい。それに、二代目天才魔術師として俺の名が世界中に知れ渡るだろう。何が悪い?」


 サナは不満げな様子だったが、もうそれ以上言い返すことはしなかった。


 アークは満足げにうなずいたあと、自撮り棒からスマホを外して配信中のままサナに押しつけた。


「撮ってくれ。俺様の勇姿を」


 アークはいつものようにあおり散らかしたりしなかった。いつになく真剣な表情だ。その覚悟が伝わったのか、サナは首を縦に振った。


「……わかりました」


 アークはマシンゴーレムの前にたった一人で立ちはだかる。

 マシンゴーレムの瞳が青く光った。


「アーク! レーザーだ! 避けろっ」


「は?」


 アークは存在は知っていたくせにマシンゴーレムの攻撃手段をまるで把握はあくしていないらしかった。


 首をかしげた瞬間、レーザーがアークの足元をなぎ払った。その体があっけなく吹き飛ぶ。


「アーク!?」


 土煙が晴れると、アークは尻を突き出した姿勢でうつ伏せに倒れていた。

 黒げにはなっていないし、見たところ目立った怪我もない。どうやら直撃をまぬがれたようだ。

 サナにたくしたアークのスマホのコメント欄には、心無いあおりコメントが流れ出した。

 

『さすが天才魔術師』『一代目が泣いてるぞ』『いい加減飽きた」『お前もう船降りろ』『マジで冒険者やめた方がいい』『才能ないよ、いい加減気づけ』


「アーク、今回はさすがに相手が悪すぎる。逃げた方が──」


「──馬鹿にするなっ!!」


 アークはコンクリートに両手をついて、よろけながら立ち上がった。


「俺も、俺の師匠も、天っ才魔術師だぁぁーーーーっっ!!!!」


 アークはマシンゴーレムに向かって走り出した。


「アーク、よせ!!」


 マシューの制止を振り切って、アークは駆ける。


 手前にミサイルが着弾した。地面にクレーターのようなへこみができたが、アークは大股で飛び越えて走る。


「師匠!」


 レーザービームが照射された。アークは大きく右にそれてかわす。

 なおも走る。


「師匠!」


 砲撃が連続した。アークの行く手をはばむようにして、いくつもの爆発が起こる。

 そのうちの一つがアークの真正面をとらえた。

 長い長い数秒間のあと、アークは煙の中から飛び出して走る。

 走る、走る。


「師匠ォォ!!」


 盾もよろいも、防具は何もない。着込んだ赤いローブも、汚れてボロボロになっていた。

 致命傷を奇跡的に回避しているだけで、アークはすでに遠目からでもわかるほど傷だらけだ。ほとんど捨て身の特攻とっこうだった。


「俺は、」


 気がつけば、上空を民間のヘリが飛んでいる。もちろん無人だろうが、今ごろアークの姿はネット配信どころかテレビで全国中継されているのかもしれなかった。

 街から避難した人たちや、街に大切な家族や仲間がいる人たちは、アークの姿に何を思うのだろう。


 無関心なネットの視聴者は笑うかもしれない。馬鹿にしてあおるかもしれない。


 でも、マシンゴーレムを倒すと宣言し、たった一人で立ち向かうその背中に、救われる誰かが、きっと──


「アーク、いっけぇぇーーーーっっ!!」


 湧き上がった気持ちを、俺は叫んだ。

 この街の未来は今、アークにたくされた。

 アークは右手から光る剣のようなものを作り出して疾走しっそうする。


「俺はぁぁぁぁッッ!!」


 絶叫するアーク。全国の視聴者たちが見守る中、アークの足元が光り出した。その光は、アークの魔力弾と同じ色をしていた。

 勢いのままに地を蹴って飛び上がる。それは人間離れしたとんでもない高さの跳躍ちょうやくだった。

 マシューのような身体能力を強化するスキルが重宝ちょうほうされているあたり、魔法による身体強化はそう簡単じゃないと聞く。

 それをアークは、平然とやってのけてしまった。


 光る剣のやいばが、マシンゴーレムのどうを切らんと一気に伸びる。


 アークは空中で、すれ違いざまに剣を横なぎに振るった。

 おうぎのように広がった光の軌跡きせきは、マシンゴーレムの胸を貫通したように見えた。


「やったのか?」


 マシンゴーレムの全身に電撃が走る。どうやら動けなくなったようだ。

 着地したアークはおぼつかない足取りで歩き出し、何もない空間に向けて笑いかける。


「──師匠。俺は、立派な魔術師に、なれたでしょうか?」


 アークは、鼻血を大量にき出してうつ伏せに倒れ込んでしまう。マシンゴーレムはしびれたまま動かないが、まだ立っている。


「アーク? アーク!!」


 呼びかけた直後、マシンゴーレムの胸の装甲が爆発してくだけ、赤いコアが露出ろしゅつした。

 初配信のときに戦ったゴーレムのように、動力源のコアを破壊すれば倒すことができるかもしれない。


「パイセン、コアが!」


「加藤、今しかないっ!!」


「クソッタレェェェェーーーーッッ!!!!」


 俺はこぶしをコアに向け、ロケットパンチを放った。むき出しになったコアに命中し、深い亀裂が走ったあと、コアはバラバラになった。


 マシンゴーレムの瞳から光が消える。鋼鉄の巨体がひざから崩れ落ちるように倒れ込み、沈黙した。


 歓声も拍手もなく、その場にはただ、静寂せいじゃくのみが残った。


「アーク!」


 俺たちはぴくりとも動かないアークに駆け寄った。マシューがアークをあお向けにひっくり返して、口元に手をかざす。


「大丈夫だ。重傷だがまだ息がある。誰か、早く治癒魔法を!」


 その後、駆けつけた魔術師の治癒魔法によって、アークは目を覚ました。


「……マシンゴーレムは? どうなった?」


 まだ傷は完治していない。それでも、アークはかすれた声をしぼり出してたずねてくる。


「アーク、お前が倒したんだ」


 正確には違う。けど、俺は嘘をついた。


 アークの虚勢きょせいに救われた人がいる。勇気づけられ、憧れた人だっているだろう。

 そしてアークの嘘は、結果的に真実になった。


 マシンゴーレムを倒したのはアーク、それでいいじゃないか。


「……良かった」


 うれしそうに笑うアークのほほを、透明な水滴すいてきが伝った。



第一部 《アークウィザード》 完

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あとがき(※今作に込めた。苦手な人は見ちゃダメ!)


今作『しょうもない俺はダンジョン配信で成り上がる』は、実は一人称が”俺”のメインキャラが二人いるんですよ。


そう、主人公の加藤と、床ペロ魔術師アークです。


加藤は言いわけばかりで同じ会社に勤める上司や後輩を見下していて、アークは才能がなく、無鉄砲な性格が災いして師匠を亡くしてしまった。

つまり、どちらも『しょうもない俺』だった。


そして二人とも『ダンジョン配信で成り上がる』。

加藤はしょうもない自分を認めた上でトロールに挑みトレンド1位、アークはマシンゴーレムに一人で挑んだ姿がダンジョン配信やテレビ中継で世界中に広まった。

このタイトルには加藤とアーク、二人のしょうもない俺が成り上がっていく物語なのだという意味が込められていたわけです。


第一部における今作のメッセージとしては、《しょうもない俺、僕、私であっても、”特別”になる可能性を秘めている》というものです。


この言葉がどれほどの読者様に届くのか正直不安ではありますが、これを読んでもし自分の未来に少しでも希望を持てたなら、それこそがあなたにとっての『ダンジョン配信』なのかもしれません。

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