第18話 師匠と弟子(アーク過去編)

〜アーク〜


 深夜。ジュエルソリッドスライムに負けた俺は、安宿のボロいベッドに潜り込んでみっともなく泣いていた。


 時計の針はてっぺんを過ぎていたけど、寝られなかった。


 寝られるわけがなかった。


 配信のコメント欄で見た『一代目が可哀想』というコメントが頭から離れない。

 俺はカビ臭い布団にくるまって、一代目である俺の師匠について、思い返す。



〜アーク過去編〜



 いつものように森で師匠と魔術の稽古けいこをしていたときだった。白髪に白い無精髭ぶしょうひげを生やした師匠は、この日も赤いローブを着ていた。


「……すけて!」


 かすかだった。ほとんど聞き取れなかった。それでも俺は、それが助けを求める声だって気づいた。

 俺は稽古をほおっぽって声の主の元へ走った。


 森の中を走っていくと、やがて開けた場所に出た。


 そこでは真新しい装備を着た冒険者パーティがゴブリンの群れに追いつめられていた。

 多分初心者なんだろう。

 数は多いけど、ゴブリンなんて大して強いモンスターじゃない。このくらい、俺の魔法でイチコロだ。


「あなたは?」


 新米冒険者の女の子が上目づかいで見つめてきた。窮地きゅうちに現れたヒーローを見る目だった。

 気分が良くなって、俺は声高に名乗る。


「俺はアーク! うら若き天才魔術師だ!!」


「おぉ……」


 他の冒険者たちからも期待の眼差まなざしを受けた。実に気分が良い。


「まぁ見ていろ。俺様にかかれば、こんなゴブリンの一体や二体!」


 俺はおもむろに右手を上げ、手のひらから生み出した魔力弾を打ち出す。

 明後日あさっての方向に飛んでいった。


「三体や、四体……」


 左手も使って、両方の手のひらから交互に魔力弾を打ち込む。

 あれ? 全っ然当たらない。


「五体や六体……」


 ゴブリンたちが俺を見ている。棍棒を手にじわじわと近づいてくる。


「七体や八体……」


 魔力弾がようやく一体のゴブリンに当たった。

 顔に直撃したのに、まるで効いていない。むしろ怒らせたらしく、ゴブリンはその場で足みをして奇声を上げる。


 仲間のゴブリンたちも同じように鳴き声を上げて、棍棒で地面を叩いたりして威嚇いかくしてくる。


「に、逃げ……って、えぇ!?」


 振り返ると冒険者パーティはとっくに逃げ出していた。

 ゴブリンたちがどんどん近づいて来る。いつの間にか背後に回り込まれていて、あっという間にかこまれてしまった。


「え、あ、あ……」


 小石でつまづいて、尻餅しりもちをついてしまう。

 まさか俺がゴブリンの群れに追いつめられるなんて思いもしなかった。

 俺が魔力弾をぶつけたゴブリンが一歩前に出る。よく見るとおでこがちょっと赤くなっていた。

 棍棒が振り上げられる。俺は思わず目をつむった。


 次の瞬間、


「ギェェェーーーーッッ!!」


 ゴブリンの悲鳴が上がった。


「え?」


 目を開くと、目の前のゴブリンの頭が吹き飛ぶところだった。

 血しぶきが顔にかかる。なまぐさかった。


「アーク!」


「師匠!?」


 ゴブリンたちの肉片が右に左に飛んでいく。

 光る剣を持った師匠が群れを蹴散らして駆けつけてきた。


「師匠……」


 師匠は俺をちらりと見やったあと、


「よく見ていろ」


 とだけつぶやいて両手を空にかかげる。金色のまばゆい光が俺たちの頭上からドーム状に広がり、巻き込まれたゴブリンの群れは見る影もなく蒸発した。

 まさしく一掃いっそうだった。


「師匠ぉぉ!」


 泣きながら抱きつこうとした俺に、師匠は胸ぐらをつかんで顔を寄せてくる。


「アーク! てめぇ馬鹿野郎っ!! 何度言ったらわかるんだ!? いい加減身の程をわきまえろ! 死にたいのか!?」


 怒鳴どなられてしまった。


「身の程って……魔力弾がちゃんと全部当たってたら、勝ってましたよ」


「はぁ? 涙目になって死にかけてたじゃねぇか。ったく、ほら、稽古再開するぞ」


「はい……」


 俺は肩を落として、師匠の背中をとぼとぼ歩いて追いかけた。


「ところで、さっきの光の剣みたいなやつ、どこに隠し持ってたんすか?」


「あぁ? あれは持ってたんじゃねぇ、んだよ。あの剣は魔力を実体化させてやいばの形に引き伸ばしてるのさ」


「すげぇ!! 俺にも教えてくださいよ!」


「馬鹿。光の剣が扱えるのは一人前の魔術師だけだ。お前じゃ無理だよ」


「そんなぁ……どんくらい練習したらできるようになるんですか?」


「お前じゃ、一生かかっても無理かもな」


「え?」


 師匠は背中を向けたまま歩いていく。その表情はわからなかった。


「……冗談だよ」


 師匠はそう言ったが、俺にはそうは聞こえなかった。



 俺はくやしさと、一人前の魔術師という言葉に憧れて、その日から一人で練習を重ねた。


 師匠に言ったら笑われてしまいそうなので、俺は師匠との特訓とは別に時間を作り、毎日かかさず光の剣を出そうと試行錯誤を繰り返した。

 しかし魔力弾のように球の形に実体化させるならともかく、薄く引き延ばして刃の形に変形させるなんていくらやってもできなかった。


 ついやす時間はどんどん増え、俺は寝る間も惜しんで練習した。


 それでも、できなかった。


 眠気や疲れが限界を迎え始めたころ、稽古中に師匠に聞かれた。


「アーク、どうした? このところ動きも反応もにぶいぞ。これじゃあ稽古にならんだろうが」


「……すいません。実は、ずっと光る剣の練習をしてて」


 誤魔化ごまかせる雰囲気ではなかったので、俺は正直に打ち明けた。笑われると思った。


「何? まさかお前、寝る時間けずってんのか?」


 師匠は笑わなかった。


「はい……」


「馬鹿っ! 休むのは稽古と同じくらい大切だと、いつも言ってるだろうが」


「すいません」


 笑われはしなかったけど、師匠は俺の努力をほめてもくれなかった。頭ごなしに怒られて、俺は少し、師匠が嫌いになった。



 師匠にしばらく体を休めろと言われて、稽古は数日の間休みになった。


 俺はあせった。

 こんな調子じゃ、いつまでたっても一人前になれない。


 俺は少ない小遣いをにぎりしめて、古本屋へ向かった。

 魔法の指南書しなんしょを買うつもりだったが、思っていたよりたくさん売られていて、どれを買えばいいかまるでわからない。


「まぁ、これでいいか」


 使い込まれていそうだったので、俺はとりあえず一番古くて状態の悪い本を一冊だけ買った。それでも結構高かったので、多分大丈夫だろう。



「へぇ、近道かぁ」


 その本によると魔法も物理攻撃も鍛え方は同じで、モンスターとの戦闘経験を積むことが一番の近道だと言うことだった。

 まったくもってその通りだと思った。なぜ師匠は稽古ばかりで、俺にモンスターと戦わせてくれなかったんだろう。通りでうまくならないわけだ。


 俺はその指南書をさらに読み込んだ。


「ふむふむ、命の危機にひんすることが自分の中に眠る潜在能力を引き出す引き金になる。よって敵が強ければ強いほど良い、か」


 もっともらしいことを言っている。これが本来の鍛え方で、実戦経験をさせてくれない師匠の稽古はどうやら的外れだったようだ。

 俺の魔法がいつまでたってもうまくならないのは自分のせいではなかったのだと思えて、そのときの俺はつい鵜呑うのみみにしてしまった。



 翌日。

 俺は上級モンスターがいるダンジョンに一人で向かった。友達なんてほとんどいないし、一人で戦った方がその分早くうまくなれると思ったからだ。


「あれ? アーク、稽古はどうしたんだよ。この先にはダンジョンくらいしかないぞ?」


 道中、師匠と仲の良い冒険者に声をかけられた。


「え? あー」


 正直に答えたら、きっと師匠に伝わって怒られる。


「ダンジョンで師匠と待ち合わせしてるんすよ。戦ってる姿を見せてもらえることになったんです」


 とっさに”嘘”をついた。


「ふーん、ならいいんだけどさ」


 冒険者の人は納得がいっていない様子だったけど、とくにそれ以上追求してくることはなかった。



 そして俺は、ダンジョンについた。


「ふーん、ここがね」


 なんの変哲へんてつもない洞穴だった。薄暗くて奥まではよく見えないけど、今のところモンスターの気配はない。

 俺は懐中電灯で照らしつつ、とくに気にせずずんずん奥へ進んで行った。


 ところが、いくら歩いてもモンスターは現れなかった。


「変だな……」


 段々心細くなってきた。とはいえ、ここまで来ておいてモンスターと戦わずに引き返すなんて考えられない。


「お?」


 道の先に大きな塊がいるのに気づいた。近づいていくと、モンスターだとわかる。

 血まみれで息があらく、弱っているように見えた。

 とはいえ道をふさぐほど大きいので、スルーすることはできない。


「まぁ、コイツでもいいか」


 まずは肩慣らしでもしよう。俺はいつものように魔力弾を放った。

 モンスターの背中に命中したが、軽く煙が上がっただけで、見るからにいていない。

 モンスターが振り返る。


「ヒェッ」


 しゃっくりみたいな情けない声が漏れた。そのモンスターは口に小型モンスターの骨を咥えていた。人型で、頭から二本の角が生えている。


 オーガ。噂でしか聞いたことがない上級モンスターだった。


 その大きな体に目立った怪我けがは見当たらない。体についた血は返り血だったのだと気づいた。

 全身が震え上がって、まともに身動きが取れない。


「で、でもっ、今なら!」


 俺は古本屋で買った魔法の指南書を思い出して、手のひらに光の剣を実体化させようと試みる。


 何も起こらなかった。


 潜在能力なんて呼び起こされなかったし、マンガの主人公みたいに強い力に目覚めることもなかった。


 俺は自分がとんだ大馬鹿野郎だったのだと、今さらのように気づいた。

 震える体をなんとか動かして、俺は脇目わきめも振らずに逃げ出す。

 つまづくのが怖くて、暗い洞窟の中では全速力で走ることができなかった。

 オーガに追いつかれることはなかったものの、距離を離せるわけでもなかった。

 入り口までもうすぐ、と言ったところで俺はついに足をすべらせて転んだ。

 振り返ると、オーガは目と鼻の先にいた。


 絶望だけが、そこにはあった。


「師匠……」


 涙がこぼれ落ちた。


「師匠ぉっ!」


 声がうるさいくらい反響する。師匠は現れない。


 もしかしたら、師匠は俺に愛想をつかして、助けに来てくれないかもしれない。

 思えば師匠はよく俺の前でため息をついていたし、俺の成長をあまり期待していないようだった。


「し、しょう……」


 涙が止まらなかった。こんなことで死ぬなんて。

 なんてしょうもない人生だったんだろう。いや、違う。そうじゃない。


 しょうもないのは、俺だ。


 オーガの、丸太みたいに太い腕が俺に向かって伸びる。あんな大きな手で握りしめられたら、ひとたまりもない。


 俺に、オーガの手が届く寸前、


「アーク!」


 俺を呼ぶ声がした。


「師匠?」


 振り返ると、息を切らした師匠がいた。


「ごめんなさい、俺──」


「──説教は後だっ!」


 師匠は、俺を巻き込まないようにオーガの目の前に立ちふさがった。

 頼もしい背中だった。

 師匠ならなんとかしてくれる。俺はそう信じ切っていた。


 しかし、


「へ?」


 勝負は一瞬だった。


 師匠が閃光せんこうのような魔法を放ち、オーガは目にも止まらぬ速さでパンチを繰り出した。

 師匠の魔法はオーガに命中した。だけど、オーガの拳もまた、師匠のどうにめり込んだのがわかった。

 骨がくだける生々しい音が、気のせいじゃないぞとうるさい。


「師匠!?」


 オーガは後ろ向きに倒れ込んで死に、転送されていなくなった。師匠は血を吐いて膝をついてしまう。


「どうして、どうして俺なんかのために!? 俺なんて、才能も何もないのに」


 俺は師匠を抱きとめて、顔をのぞき込む。瞳からこぼれた水滴が、師匠の赤いローブに染みを作った。


「アーク、確かにお前には、魔法の才能が無いのかも知れない。

 でもな、お前は名前も知らない誰かのために、命がけでモンスターに立ち向かうことができる」


 師匠は、俺が稽古を放り出してゴブリンたちと戦ったわけに気づいていたらしい。


「お前みたいなやつが、いつか誰もが尊敬する、立派な魔術師になるんだ」


 師匠はまた血を吐いた。体からも出血が止まらない。


「師匠っ!! 師匠!?」


 師匠がどんどん冷たくなっていく。


「アーク、今日からお前は天才魔術師だ。誰がなんと言おうと、お前はお前を、信じ続けろ」


「でも、俺は──」


「──天才なんてな、自称で良いんだ、ハッタリで良いんだ。


 その言葉を最後に、師匠は死んだ。



 俺は一晩中泣きじゃくったあと、翌日の朝、師匠ののこした赤いローブを着てギルドへ向かった。


 金を払って、掲示板にチラシを貼ってもらうことにしたのだ。

 チラシには俺の写真とともに、この一言を添えた。


『二代目天才魔術師アーク、ここに見参!』



 ──こうして俺は、天才魔術師になった。

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