第17話 ショッピングとかけがえのないもの

 翌日。昼前。今日は俺、サナ、マシュー、ジネの四人でショッピングをすることになった。


 二人のスマホが同じ日にぶっ壊れたり、ジュエルソリッドスライムのドロップアイテムがとんでもない額になったりした波乱の昨日とのギャップがすごすぎて、正直頭が追いついていない。


 スマホと俺の防具を買うのにはさほど時間がかからなかったので、今は女性向けの服屋でみんなしてオシャレを楽しんでいる。


 俺は男一人で置いてけぼりにされるんじゃないかと思っていたが、サナもマシューもやたらと俺に感想を求めてくるので、全然そんなことはなかった。


 更衣室のカーテンが開く。中からマシューが現れた。

 薄い緑色のノースリーブニットに、プリーツの入った白いロングスカートという清楚なよそおいだ。


「どうだ、加藤?」


 恥ずかしそうに上目づかいでたずねられる。


「似合ってるよ。綺麗なお姉さんって感じする」


「そ、そうか……?」


 マシューは照れた様子でほほをかく。口の端がにまにましていた。

 可愛い。


「マシュー! すっごく可愛い!! こっち向いてぇ! 最高!!」


「ジネ、こっぱずかしいから撮るなと言っているだろう」


 ジネはマシューが着替えるたび大絶賛して写真を撮りまくっているのだった。


「パイセン! どうっすか? どうっすか!?」


 隣の更衣室から出てきたサナが腕をぐいぐい引っ張って催促さいそくしてくる。マシューに謎の対抗意識を燃やしているようで、さっきからずっとこの調子だ。


「あぁ?」


 マシューに対抗したのか、同じくノースリーブのニットに、下はフリルのスカート。黒で統一されていて、色合いは落ち着いている。


 しかしスカートはめちゃくちゃミニで太ももが露出しているし、なによりニットの胸元が大きくいていて目のやり場に困る。


 サナはそれなりに整った容姿をしているので似合ってはいるが、子どもみたいな背丈に童顔なので、その格好で俺の隣を歩かれると犯罪の臭いがする。

 本当にやめて欲しい。


「どうっすか? どうなんすか?」


 期待に胸をふくらませるサナに、俺は残酷な真実を告げなければならなかった。


「なんかお前が着るとパパか──ブッ!?」


 サナの右ストレートが俺の顔面に炸裂さくれつした。


「ぶっ殺しますよ!?」


 ブチギレられた。これは俺が悪い。


「せっかくショッピングに来たんだ、ジネもたまにはおしゃれしてみないか?」


「え? で、でも、私、ブサイクだし、似合わないよ……」


「そんなことはない。ジネは十分可愛いぞ? もっと自分に自信を持て」


「そ、そうかな? ふへへへ」


 マシューにほめられ、ジネはブサイクに笑う。

 青いマッシュルームヘアで目が完全に隠れているので、その顔が実際どのくらい可愛いのかはわからない。


 マシューにおだてられるまま、ジネは照れながらもいろいろなファッションに挑戦した。

 清楚、カジュアル、ガーリー、ゴシック、ボーイッシュ、ほとんどマシューの着せ替え人形みたいな状態だった。


 マシューもサナもジネのファッションをほめたし、俺もボーイッシュな服が似合っているなと思ったので素直にそう言ったが、ジネとしてはどれもいまいちのようだった。


「ジネ、これならどうだ? 私とおそろいのやつだ」


 マシューが持ってきたのは水色のフリルのミニスカートだった。膝上丈ひざうえたけでそこまで露出度は高くないが、ジネは嫌がる気がする。


「おそろい? 着てみる」


 ところが受け取ったジネはむしろちょっとうれしそうなくらいで、更衣室のカーテンもすぐに開いた。


「ど、どう、かな?」


「うん、似合っているぞ」


 俺としてはさっきのボーイッシュなファッションの方が似合っていた気がするが、マシューもジネもとても満足げなので、野暮やぼなことは言わないでおこう。


 ジネはそのミニスカートがいたく気に入ったらしく、その場ですぐにレジに行って会計をませた。マシューとサナはそのあともいろいろな服を見て回って、最後にまとめて会計をした。


 ショッピングのあとはみんなでレストランのランチを食べながら駄弁だべったり、マシューたちの家でトランプをやって遊んだりして過ごした。

 特筆するようなことは何も無かったのでここでは割愛するが、幸せな時間だった。

 みんな笑っていたし、俺も笑っていた。


 会社をクビになるまで、俺の人生はろくなことがなかったように思う。

 クビになったときの絶望感はそれ以上だったが、結果的にはクビになって良かった。

 今なら、そう思えた。



 夜になった。

 貯金はたくさん残っていて、高級な宿でもしばらく泊まっていられるだけの額はあったが、マシューやジネたちと遊ぶのに夢中ですっかり遅くなってしまい、泊めてもらえることになった。

 いつもの物置部屋で一人布団をかぶっていると、扉がノックされる。


「加藤、起きているか?」


 マシューだった。


 扉を開けると、マシューはいきなり抱きついてきた。

 今夜も長そで長ズボンの女っ気のない寝巻きを着ていたが、胸元のボタンが開いていて、ブラと谷間がのぞいていた。

 俺はマシューと濃厚なキスをしながら物置部屋に招き入れ、後ろ手に扉を閉めた。



〜ある富豪の男〜


 黒い長髪のその男は、暗い地下室にいた。

 地下室としてはかなりの広さと高い天井を持つその空間に、窮屈きゅうくつそうに身をちぢめる巨大な人型の塊が鎮座している。


 男が魔力を込めた右手でその鋼鉄の体に触れると、塊の瞳が青く光り、背中を曲げて立ち上がる。


 その全長は10メートルを優に超えていた。


 見上げて、男は高らかに笑う。

 その瞳には、邪悪な光が宿っていた。


「また俺を楽しませてくれよ?


 ──マシンゴーレム!!」


 男は自身の足元に紫の魔法陣を展開する。

 その光が、大笑いする下卑げびた顔を闇の中に浮かび上がらせた。



次回 第18話 師匠と弟子(アーク過去編) ご期待ください

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