第15話 ジュエルソリッドスライムと乱入者再び

「もうボス部屋かぁ。一瞬だったな」


 口に出して見ると、名残なごり惜しくなってきた。


「でも、相当お金になりそうですね」


「まぁな。で、どうする? ここで引き返すか?」


 指示をあおぐと、マシューはアゴに手を当ててうなる。


「そうだなぁ。ここで帰っても十分な利益になるし、安全策を取るなら引き返すべきだろうな」


 金には当分困らないだろうし、わざわざ危険をおかすこともないだろう。

 ボスを倒さずに帰ることになった。


「ボスってどんなのだったんだ?」


 道中何気なにげなくたずねると、マシューは顔色を変えずに答える。


「ジュエルソリッドスライムと言ってな。全身が純度の高い宝石でできていて、宝石の種類によってはとんでもない大金に化けるんだが、持ち帰るのが大変だし、下手に傷をつけるとドロップアイテムの宝石にも傷が残って価値が下がるから、正直面倒臭い相手だ」


「全身が……」


「宝石?」


 俺とサナの脳内を、ブラック企業時代の極貧生活の記憶が駆けめぐった。


「あー、あたし、忘れ物しちゃいました。パイセンは先帰っててください。マシューさんと二人で取りに行くんで」


 口からよだれがたれている。魂胆こんたんが見え見えだった。

 肩をつかんで引き留める。


「なんすか。離してくれません? セクハラっすよ?」


「俺も行く」


「二人だけで大丈夫です。ていうか来ないでください分け前が減るんで」


「うん、今完全に言ったな。分け前っていたな、な? 絶対忘れ物取りに行くとか嘘だよな」


「チッ……口がすべっただけです」


「口がすべったってのはバレると都合の悪い秘密をうっかり言っちゃったときに使われる言葉なんよ。もはや自白なんよそれは」


 三人でボスを倒すことになった。


 今回もボス部屋の扉をマシューが押し開く。ボスはジュエルソリッドスライムで確定らしいのだが、経験者のマシューに先陣を切ってもろうのは心強かった。


 ただ、ロケットパンチでワンパンすると宝石が粉々になって売り物にならないので、前回のようにはいかないだろう。


 マシューが扉を半分ほどまで開いたところで、後ろから聞き覚えのある笑い声がとどろいた。


 嫌な予感しかしない。


「待たせたな! 二代目天っ才魔術師、アーク様だぁ!!」


 うん、そんな気はしてた。


 黒いとんがり帽子からこぼれた長い白髪を振り乱し、赤いローブを着た美少女が登場する。

 背中をそらせて胸を張ると、マシューより立派なそれが大きく揺れた。


 しかも最悪なことに自撮り棒を持っている。先端には当然のようにスマホがくっついており、どう見ても配信中だった。


「あのさ、アーク。いつから配信してた?」


「配信するのは今日が初めてでな! どこから始めたらいいのかわからんかったから、自宅からここまでずっと流しっぱなしだ!!」


 馬鹿かコイツ。住所公開してるようなもんじゃねぇか。


「いやー、にしてもこんな素晴らしいダンジョンがあるとはな。こっそりお前たちについて来て正解だった。ハーッハッハッハ!!」


 マシューは怒りを通り越して頭を抱えていた。


「殴っていいですか? 殴っていいですかパイセン。いいですよね?」


 サナがなぜか俺に許可を求めてきた。


「んなことしなくても、もっと効果的な方法があるだろうが」


「ん、なんだ加藤。この俺様に勝てるとでも?」


「アーク、良いことを教えてやる。お前の配信を見て自宅にとつってくるやつが絶対いる。断言してもいい。

 そうなったらこけおどしみたいな魔法しか使えないお前はジ・エンドだ。なんならその様子を全国ネットで配信されるかもな」


「へ……?」


 笑顔がせ、さぁっと血の気が引いていく。

 スカッとした。

 この瞬間のために生きてると言っても過言ではない。


「は、ハハハ、加藤。お前、なかなか面白いことを言うなぁ。そんなブラックジョークを俺様が間に受けると思うか?」


「アーク。辛いだろうが、まぁ、頑張れよ? 熱い風呂にでも入って、よく体を洗って、忘れることだな」


 目をそらしたまま、マシューは沈痛ちんつう面持おももちで告げる。


「え?」


「アークさん。最近は薬局とかにあとから効くタイプの薬も売ってるんで、24時間以内に飲めば最悪の事態は防げると思いますよ」


「え?」


 女子二人からの生々しいアドバイスを受け、アークは硬直する。


 ぷるぷると震え出し、ぽろぽろ涙がこぼれ落ちた。さすがに可哀想だったが、俺たちにはどうすることもできない。


 アークは自撮り棒を放っぽって、


「し、しばらく泊めてもらえないか? 安全な宿に泊まるだけの貯金が無くてだな……」


 上目づかいでマシューたちに頼み込む。


「ダメだ。私たちにまで危険が及んだらどうする」


 サナの方に振り向く。首を振るサナ。

 アークは必死の表情で俺の足にすがりついてきた。


「頼む加藤! もうお前しかいないんだ!! 泊めてくれ!」


「嫌だ」


「ならせめてお金を、お金を貸してくれぇ! 必ず返す! この通りだ!!」


 アークは全力でひたいを地面にこすりつけた。

 いさぎよDOGEZAだった。


「なんで俺がお前に貸してやらなきゃいけないんだよ」


 アークはぎゃんぎゃん大泣きし出した。


 両方の鼻の穴から鼻水を垂れ流しても、もとが良いだけにみっともなくはなかった。

 というか、むしろ加虐心かぎゃくしんをそそられた。


「頼む、お願いだぁ!! なんでもずるがらぁ!! がどうの言うごどなんでもぎぐがらぁぁ……」


 ん? 今なんでもするって言ったよね?


 俺の下半身にすがりつくアーク。


 めちゃくちゃデカいおっぱいが俺の太ももに当たって潰れる。


 女子二人からの軽蔑けいべつ眼差まなざしが痛いが、それにしてもコイツ、なかなか良い体してるな。


 どうしよう、迷う。


 ここで断っても多分マシューが今夜も夜いしてくるだろうから困らないのだが、アークを(自主規制)できるのは捨てがたい。


 うーん。


「パイセン、なに迷ってんすか。最っ低ですね」


「加藤……」


 マシューは言外げんがいに私じゃダメなのか? を含んでいそうだった。

 目は口ほどにものを言う。


 よし、マシューだ。マシューにしよう。

 アークみたいな馬鹿女と関わっててもロクなことがなさそうだし。


「がどぉぉぉぉお願いだぁぁぁ!! なんでもずるがらぁぁ!!

(放送禁止用語)も(R-18)でも(諸般の事情により自粛)でも、ずぎにじでいいがらぁぁ!!!!」


 俺は高価な原石をいくつかこっそりアークのローブの中にすべり込ませた。

 気づいたアークが開きかけたくちびるに、人差し指を立てて押し当てる。


 無言でウインクした。


「がどぉぉぉぉ!!」


 俺の太ももに抱きつくアーク。

 めちゃくちゃデカい二つのそれがなんかもうすごいことになった。

 生きてて良かった。もういはない。


 ふと気になってアークが放り投げた自撮り棒を見やる。

 スマホの画面がついたままだった。


「ん? アーク、お前まさか配信切り忘れてないよな?」


「はいしん?」


 アークは四つんいのまま自撮り棒を回収しに行く。

 画面を見るなり、アークの顔が燃え上がるように真っ赤になる。


 あ、終わったわコイツ。


 アークは涙をローブのそででぬぐい、ハンカチで鼻をかむと、仁王立ちした。


「い、今のは冗談だ。面白かったろ?」


 コイツどんだけ強靭きょうじんなメンタルしてやがるんだ。


「それと、わかってるとは思うが、さっき配信で流したのは俺の家じゃない。

 おじいちゃんの家だ。とつってもおじいちゃんしかいない。ちなみにおじいちゃんは警察官だ。言いたいこと、わかるな?」


 さすがに無理があった。


 サナもマシューもドン引きしていた。


 配信のコメント欄がどんなことになっているのか知らないが、アークは形式上いつものテンションでべらべらあおり倒す。


「おいおい、引っかかってるやつ多すぎるだろ。馬鹿かお前ら。

 俺様がこんな中年おやじ相手に本気で土下座して頼み込むわけないだろうが。全部仕込しこみだ。やらせだ。ハーッハッハッハ!!」


 アークはくるりと振り向いて、


「さ、いつものごとくダンジョンボスを瞬殺してしまおう」


 白い手袋をつけた両手をポキポキ鳴らしながら扉を蹴って開く。


 ボス部屋は前回ゴーレムのいた部屋ほどは広くなかった。壁に等間隔に設置された松明たいまつで、十分明かりが行き届いている。


 なぜ廃坑になった炭坑ダンジョンのボス部屋だけ明かりがあるのか不思議だったが、よく見ると普通の火ではなかった。


 ただの松明たいまつにしては、火の大きさの割に明かる過ぎるのだ。


 誰かが定期的におとずれて管理しているのではなく、魔法で半永続的に燃え続けているようだ。

 詳しくないので、どのくらいの期間炎を保つことができるのかは知らない。


 中央には光り輝く巨大な宝石のかたまりがいた。

 背後に宝箱はない。


「あれが、ジュエルソリッドスライム?」


 スライムというより、まんま固形の宝石だった。

 あぁ、だから"ソリッド固形"ってついてるのか。

 スライム同様顔らしきものは見当たらず、これが生き物なのだと思うと不気味だった。


「弱そうだなぁ!! 見てろよ視聴者ども、この俺様が瞬殺してやろう」


 アークは渾身こんしんの魔力弾を放ったが、ジュエルソリッドスライムの体に当たるとなぜかはね返り、けられなかったアークは自分の撃った魔力弾にやられて吹き飛んだ。


 四つんいになり迫真の表情で床をなめる。


「──どぉぉしてだよォォォォ!!」


 以上。


 前回とほぼ同じ流れなので、詳細は割愛した。


 アークはひとしきりくやし泣きしたあと、スマホの画面を見るなり強く歯を噛んだ。


 歯ぎしりの音が、ここまで聞こえてきそうなくらいだった。

 よっぽど辛辣しんらつなコメントだったのだろうか。


 アークは涙をぬぐって無言で配信を切り、一人で歩いて帰っていく。



 どうしてか、その背中を馬鹿にする気にはなれなかった。

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