第14話 金策と新しい日常
翌日早朝。
全然眠れていないのに、無理矢理電話で起こされた。無視しようと思ったが、一向に鳴り止まないので仕方なく出る。
このときの俺は眠すぎて頭が回っておらず、画面に表示される名前を確認しなかった。
相手は聞き覚えのある、憎たらしい声質の男だった。というか、例の元クソ上司だった。
「お前の配信人気らしいな。うちの広告塔として使ってやるから、戻って来ていいぞ。ただし給料は今までの半分な。拾ってもらえるだけありがたいと思え」
元クソ上司は、俺の返事を待たずに上から目線で一方的に喋り続ける。承諾も何もしていないのに、勝手に話が進んでいく。
断るとまた説教タイムだろうから、通話をぶっち切って着信拒否にした。
スマホで時刻を確認すると、ダンジョンに行くまでにまだ時間があった。
俺は何事もなかったかのようにのんびり二度寝を決めることにする。
今は疲れよりも充足感の方が勝っていた。
ちなみにマシューはサナたちに悟られないために日が昇らないうちに自分の寝室に戻っていったのだが、サナもジネも馬鹿ではないので、俺たちの雰囲気でバレる気がする。
今日のダンジョン攻略でぎくしゃくしないと良いが。
〜ある富豪の男〜
赤いカーペットが敷かれた大きな部屋の玉座に、長い黒髪を持つ男が座っていた。
その部屋には天井から巨大なクリスタルのシャンデリアが吊るされていたが、明かりがついておらず、大きな窓から差す朝日だけが男の横顔を照らし出していた。
男は薄暗い部屋の中で、そばのテーブルの上の新聞を手に取る。
一面は、ある街で暴れたマシンゴーレムの被害状況についてだった。
『一夜明けた現在でも数えきれないほどの罪なき市民が想像を絶するような
記事には一貫して、その街に起きた悲劇がパフォーマンスか何かのような刺激的な文体で書きつづられている。
男はそれを食い入るように見入り、声を押し殺して笑った。
部屋には他に誰もいない。
しかし、幼少期の厳しい
男は満足げな表情でワインボトルを開け、グラスに
そのワインは、世界に一本しかない最高級の特注品だった。
男は、期待を込めてワインを口に含む。
笑みが消える。
その顔が、大きく
ワイングラスが床に叩きつけられた。ガラスが砕け散って、こぼれたワインがカーペットに染みを作る。
「どうなされましたか!?」
音を聞きつけ、すぐにメイドが駆けつける。メイドはカーペットの上に散らばったガラス片と赤い染みに気がつき、言葉を失った。
そのワインボトルは、メイドが一生をかけて馬車馬のように働いても到底手に届かない
「お、お
「かたしておけ」
男は面倒臭そうにそれだけ言って、足早に部屋を出ていく。
メイドはすれ違いざまに男の表情を盗み見た。
その顔にはおよそ人間らしい温かみがなく、すべてを見下したような灰色の瞳が、
「……くだらない」
男は吐き捨てるようにつぶやいて、後ろ手に扉を閉めた。
〜加藤〜
二度寝していたらサナに起こされた。とっくにみんな朝食を食べ始めているというので、俺はよろよろと起き上がってリビングへ向かった。
「やっと起きたか」
フォークに刺したソーセージを頬張りながら、マシューが笑いかける。
思っていたより平然としていた。少なくとも、俺を見てあからさまに動揺したり、赤くなったりはまったくしていない。
期待外れのような、これはこれでエロいような。
テーブルには四人分の目玉焼き、ソーセージ、サラダ、味噌汁が並んでいた。マシューの皿だけ減り方が激しい。ボロを出さないためにサナたちと会話しないでバクバク食べていたのだろうか? いや、さすがに考え過ぎか。
「あ、そう言えばパイセン。聞きました?」
「ん、何がだ?」
「あたしたちがクビになったあの会社、社長が飛んだらしいっすよ」
サナは心底嬉しそうににやにやしている。俺は早朝の電話の件を思い出し、肝が冷えた。
一応言っておくと"飛んだ"というのは飛び降りたということではない。姿をくらまして音信不通になったということだ。
もし昨日のダンジョン配信が大失敗に終わっていたら、俺はあの電話一本でもとのブラック生活に逆戻りしていたかもしれない。そう思うと、サナのようにのんきにケラケラ笑うことはできなかった。
「どうしたんすか? この世の終わりみたいな顔して」
「え? あぁ、怖い話もあるもんだなってな」
「そうっすねぇ」
少し迷ったが、電話のことは言わないでおこう。俺たちには今がある。変に不安にさせる必要はない。
「へぇー、ここがね」
俺とサナは、マシューの案内で金になるという秘密のダンジョンに来ていた。マシューの指示で、三人とも大きな麻袋を担いでいる。
そのダンジョンは使われなくなった炭坑だった。
マシューによると、モンスターが大量に沸くようになってしまい、採掘どころではなくなってしまって廃坑になったのだそうだ。
今日はマシューはいつもの大剣ではなく、巨大なハンマーを装備していた。このダンジョンで使うために売らずに取っておいたのだという。
「ふと思ったんだけど、このダンジョンで稼げるなら、昨日みたいに俺たちとダンジョン配信したり毎日いろんなダンジョン潜ったりしてないで、ここ一本にしぼっちゃえばいいんじゃないのか?」
「それがそうもいかないんだ。このダンジョンはちょっと特殊でな。一度潜ったらしばらく期間を置かないと金にならないんだ」
「定期的にボス部屋の宝箱を補充してる奴がいるってことか?」
この前のゴーレムのダンジョンもそうだが、モンスターたちを使役して財産を守らせる富豪はそれなりにいる。
初期費用こそかかるが、その後は警備員の人件費や維持費、高度なセキュリティ技術がいらないし、金庫と違って並の泥棒じゃ盗めないからな。
ちなみにダンジョンを立ち入り禁止にしてしまえば冒険者に攻略されることもなくなりそうに思えるが、それだとここにお宝を隠していますと公言しているようなものなので、やる馬鹿はあまりいない。
「説明するより、
「そうなのか? わかった」
ダンジョンの入口から少し歩いたところで、マシューは足を止めた。
「念のためもう一度言っておくが、間違っても配信なんかするなよ? 取り分が減ってしまうからな。とくにサナ!」
「しませんよ。なんであたしだけそんな信用ないんすか」
「今朝寝ている私を勝手に撮影していただろうが!?」
「いや、だからあれは有料会員限定のサービスショットを撮ろうとしただけでですね……」
何やってんだか。
「人の寝顔を勝手に商売に使うな! 今度やったらお前のサービスショットを会員限定と言わず、全体公開させるからな?」
意外とエグいこと考えるな。
「勘弁してくださいよぉ」
俺相手にはいつもイキリ倒しているあのサナが本気で逆らえない様子だ。俺の知らないところで上下関係ができつつあるのかも知れなかった。
秘密のダンジョンというだけあって、中は整備されていなかった。俺たちは懐中電灯で照らしながら慎重に進んでいく。
「このダンジョン、そんなに危険なのか?」
「いや、基本的には安全だ。ただ不意打ちを喰らうと危ないからな。念のためだ」
五分ほど歩いていると、早速モンスターが現れた。
「あれは、スライムか?」
メジャーなので、俺でもわかった。ただ、普通のスライムと違って半透明の体内に何か溜め込んでいるようだ。
「あぁ、あれはスライムはスライムでも、ジュエルスライムと言ってな。せいっ!」
マシューが先行し、ハンマーでジュエルスライムを殴り飛ばした。ジュエルスライムは壁に叩きつけられてずり落ち、動かなくなる。
「
「弱いからな」
「なんか可哀想っすね」
ジュエルスライムの足元が小さく光り、死体が転送される。体内に溜め込んでいた無数の石がその場に残って散らばった。
「ドロップアイテムか?」
「あぁ。それもただのアイテムじゃない」
言いながら、マシューは石の一つを拾い上げて見せてくれる。
「見ろ、原石だ。磨けば宝石になるし、このままでもそれなりの値段で売れる」
「へぇー、なるほど、それで麻袋か」
「そういうことだ。このダンジョンは倒しても倒してもジュエルスライムが湯水のように湧き続ける。
ジュエルスライムは鉱石を体内に
一度倒したら次に鉱石をたくさん溜め込んだ新しいジュエルスライムが現れるまで長いこと待たなくちゃいけないのが
そうとわかれば話は早い。俺たちはダンジョンに湧いたジュエルスライムを狩って狩って狩りまくった。
ジュエルスライムは価値の高い原石ばかりを溜め込むわけではないようで、ドロップアイテムはほとんど石ころと変わらない鉱石から目が飛び出るほどの額の原石までさまざまだった。
俺たちはジュエルスライムのドロップアイテムを拾っては一喜一憂して盛り上がった。
楽しい時間だったこともあるが、それ以上にボス部屋までの距離が短く、あっという間にボス部屋に着いてしまった。
それでも俺たちの麻袋はずっしりと重く、パンパンにふくらんでいた。
途中いくつか分かれ道があったが、マシューによると崩落したりして危ないかもしれないということで、入らなかった。
もとは炭坑だったわけだし、分かれ道も含めればかなり大規模なダンジョンかもしれない。
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