第13話 許容量と夜這い

 なんやかんやあったが、ダンジョン攻略と初配信は無事終了した。


 ダンジョンでの利益は無いが、配信中に投げられたスパチャがそこそこあったし、配信終了後のアーカイブが一晩のうちに急上昇に乗るくらいには再生数が取れた。


 とりあえずマシューが案内してくれるという金になるダンジョンに行くまでの生活費はなんとかなりそうだ。


 それでも宿代や食費をできるだけおさえるため、俺とサナはマシューに甘えて家に泊めてもらえることになった。


 俺もサナもクビになって社員寮を追い出されているので、一晩でもまともな環境で疲れた体を休められるのはありがたい。



 夕食の時間。俺たちは四人でテーブルを囲んでいた。


「それにしても、実に興味深いです」


 向かいに座るジネは今日のダンジョン配信を見てから俺のスキルにますます興味津々しんしんのようで、食事そっちのけでなめるように見つめてきた。

 ジネは少食なのか、俺たちと比べると皿に乗っている食べ物の量が少なかったが、それでもまったく減っていない。


「あの、食べづらいんだけど」


「え? あ、ごっ、ごめんなさい」


 ジネは俺が視線に気づいているとは思っていなかったのか、慌てたようにうつむいて、両手の指を突き合わせてもじもじしだした。マシューと同じリアクションだな。


「ど、どうしても、加藤さんのスキルが気になったもので」


 ジネが気にしているのは俺がゴーレムのパンチを受けて吹っ飛んだとき、ダメージを受けなかったことだろう。


 この前のトロール戦でも俺のスキルはダメージを無効化する能力があるのではないかということだったが、今回のことでそれがより確定的となった。


「まぁ確かに変な話ではあるよな。自分でもわけがわからないよ」


「い、一応それっぽい仮説はあるんです。多分ですが、『スタビライズ』は体の体勢だけじゃなく、内部のバランスも保つスキルなんだと思います」


「ん? バランスを取れるから重い装備をつけてもよろけたりしないで動けるってのはわかるけど、ダメージを無効化するのはおかしくないか?」


「ひっ、ご、ごめんなさい。……私が思うに、正確には無効化じゃなくて、あの、予想なんですけど、転ばないように衝撃が殺されて、結果としてダメージにならないのかな、と」


「しかしジネ、加藤はゴーレムのパンチで吹っ飛んでいたぞ。衝撃を殺せるなら、あんな風にはならないと思うが」


「そうっすよね。ま、パイセンがよわよわ過ぎてスキルでも抑えられなかっただけかもっすけど」


「私も、実はそれに近いことを考えています……」


「どうゆうことだ?」


 マシューが食いついた。食事の手が止まる。


「まだ確証はないんですけど、『スタビライズ』は許容量が決まっていて、それを超えるとバランスを保てなくなるのかなって。……ふへへ」


「無敵じゃ無いということか?」


「は、はい。あと、まだデータが無いのでわかりませんが、斬撃や魔法は普通にダメージが通るんじゃないかなと、思います」


「へぇ、気をつけるよ」


「あ、でも、試してみないとわからないので、あとで包丁で皮膚を軽く切ってみませんか?」


「「「……」」」


 地獄のような沈黙が降りても、ジネは子どものように目を輝かせていた。やっぱこの子、倫理観終わってんな。



 夜になった。


 当たり前だが寝床は男女で別れていて、俺は物置部屋を貸してもらった。

 正直ちょっとほこりっぽかったが、クビになってからしばらく泊まっていたオンボロ宿とは比べるのも失礼なくらいの好環境で、布団にもぐるとすぐに眠気が来た。


 ほとんど気絶する勢いで意識が遠のく寸前、部屋の扉がノックされる。


「加藤、起きているか?」


 マシューの声だ。

 夜だからか、声量をおさえていた。

 起き上がるのが億劫おっくうで、構わずこのまま寝てしまおうかと思っていると、ドアが開いた。


 物置部屋なので鍵が無いのである。それにしても大胆な奴だな。


「寝ているのか?」


 残念そうに声のトーンが落ちる。

 このまま布団の中で目を閉じていればやり過ごせそうだ。

 マシューには悪いが、このところ疲れが溜まっているので、明日にしてもらおう。


 マシューは引き返すどころか、布団の上に乗って来た。


 ん?


 衣擦れの音がする。

 布団のへこみ具合でマシューの手と足がどんどん顔に向かって上ってくるのがわかった。四つんいになっているらしい。


 おいおいおいおい、なんだこの展開。


 目を開けると、マシューの顔が目の前にあった。


「なんだ、起きているんじゃないか」


 妖艶ようえんな顔で笑う。吐息がかかってドキリとした。


「どったの?」


 マシューは顔をしかめた。


「その気にさせたのはお前じゃないか」


「は?」


「忘れたとは言わせないぞ。ほら、ダンジョン配信のとき、私のことを、その、なんだ……可愛いだの、なんだのと」


 あー、完全に理解したわ。

 男だらけのブラック企業時代が長かったから、どうも感覚がにぶっていたらしい。うん、確かにこれはラノベ主人公だ。


「う、うれしかったが、サナもいたんだぞ? あぁ言うこっぱずかしいことは、もっと時と場所を選べ」


「サナと言えば、お前他人の男に手は出さないんじゃなかったのかよ」


「あぁ? 別にいいじゃないか」


 マシューは垂れてきた赤い前髪を指でかき上げる。めちゃくちゃエロかった。


「あのときは勘違いしていたが、お前たちは付き合っているわけじゃないのだろう?」


「まぁそうだけど」


「なら問題ないじゃないか」


 マシューは布団越しに俺の腹の上であぐらをかいて、上に着ていた寝巻きをまくり上げる。


「ちょっ……」


 下にはシースルーの黒いネグリジェを着ていた。

 透けている分、下着よりエロい。よろいを着ているときより胸がデカい気がする。


「あまりジロジロ見るな。私だって、昔勢いで買ってしまったことを少し後悔しているんだ」


 マシューは恥ずかしそうに腕で胸元を隠す。


 どうしたものかと疲れた頭で考えていると、マシューがさびしそうな顔をする。


「私じゃ不満か?」


「いやいやいや! むしろめちゃくちゃタイプだ!」


 思わず本音が口をついて出る。


 平静をよそおっていたマシューは息を荒げる。完全に女の顔になっていた。


「そ、そうか。そこまで言われると、私はもう、我慢がまんできないぞ?」


 俺の上におおいかぶさり、顔を近づけてくる。


「女にここまでさせているんだ、責任は取れよ?」


 マシューの目はとろんとして、焦点しょうてんが定まっていない。


「あ、あぁ、わかっ──」


 厚いくちびるに、続きの台詞を奪われた。

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