第12話 倫理観と真実

「危ねっ」


 勢い余ってこちらに倒れ込んでくるゴーレムをなんとかかわす。

 ゴーレムは受け身も取れずに全身をしたたかに打ちつけた。


 床は石のタイルなので、かなりのダメージのはずだ。


 ゴーレムは手をついて起き上がろうとするが、片足の膝から下が無いので、もう立ち上がることはできない。


 その代わりゴーレムの移動速度分ダメージが増えることもないので、あとは壊れるまで地道に殴り続けるしかない。


「マシュー、ここを壊せばすぐに倒せるみたいな弱点ってないか?」


「ゴーレムには動力源のコアがある。それを狙え」


 少なくとも表面には露出していないようだ。ゲームのようにはいかないか。


「どこにあるんだ?」


「大抵の場合胴体内部に埋め込まれている」


 俺はパワードアームで四つんいのまま立てないゴーレムの横腹を殴った。


 一発だけでは目に見えた変化はなかったが、二発三発とらわせていくうちに、ヒビが入り始めた。


 ゴーレムは腕を横なぎに払って俺を追い払おうとするが、四つんいの姿勢では大した脅威にはならなかった。


 そしてついにゴーレムの横腹がくだけた。

 発光する紫色の玉がわずかに顔を出す。どうやら人間の心臓の位置と同じ、左胸に埋め込まれていたらしい。


「これか!」


「見つかったのか?」


「パイセン、さっきから絵面が地味なんで、同接数減ってきてます。フィニッシュは派手に決めてください!」


「はぁ? そう言われてもなぁ」


「あ、パイセン、ジネちゃんのコメントによるとパワードアームの肩にあるボタンを押して欲しいそうです」


「ボタン?」


 見れば確かに、透明なフタの下に赤いボタンがある。

 角度的に見えづらいので気がつかなかった。


 ビームでも出るのだろうか?


 俺はパワードアームの手のひらをゴーレムのコアに向け、ボタンを押した。


「うぉっ!?」


 ひじのあたりが小さく爆発した。

 同時にものすごい勢いでパワードアームのひじから先がミサイルのように発射される。

 着弾したゴーレムの横腹は、コアどころか胴体もろとも粉々になった。


「……」


 残ったゴーレムの腕や足は破片も含めてすべて転送され、あとには何も残らなかった。


「ん?」


 ドロップアイテムが見当たらない。


「マシュー、ゴーレムのドロップアイテムって」


「お前が今破壊したコアだ。威力が高すぎて粉々になったらしい」


「え……」


「ゴーレムのコアは結構高値で売れるんだが、まぁ仕方がない。全員大した怪我はないし、良かったじゃないか」


 マシューはフォローしてくれたが、めちゃくちゃ気まずい空気が流れ出す。


「パイセンコメント欄でめっちゃあおられてますよ。ざぁこざぁこ♡」


「……あのさぁ」


 重苦しいため息がれる。


「これ絶対俺の考察のくだりいらなかったじゃん。最初から胴体にロケットパンチぶち込んどけば瞬殺だったじゃん」


「パイセンめちゃくちゃドヤ顔でしたよ? ぷぷぷ、だっさぁ」


 頭に来た俺は、ついついジネにやつあたりしたくなった。


「ジネ! なんで最初に教えといてくれなかったんだよ!?」


 俺はサナの持つスマホの画面に詰め寄り、指をさしてキレる。


 少し遅れて、コメント欄にジネのコメントが流れてきた。


『すいません。ロケットパンチは反動で腕がちぎれるので、あまり使わない方がいいかなと思ってだまってました。ごめんなさい』


「…………は?」


 慌ててパワードアームを取り外し、そでをめくって右腕を確認する。とくになんともなかった。


 ジネって意外とブラックジョークが好きな女の子なのだろうか。んなわけあるか。


「言い忘れていたが、ジネは少々頭のネジが外れていてな。

 私がジネの発明品を装備していないのは、何度か死にかけたからなんだ」


「早く言えよっ!! 腕ちぎれるとか普通に倫理観終わってんだろうが!」


「すまない……」


 ツバを飛ばしてまくしたてていると、サナがドン引きした様子で俺の肩をつかんだ。


「女の子怒鳴どなりつけるとか、パイセンの方が倫理観終わってますよ。

 あと顔近いです。キモいです。

 パイセンは息臭いんですから、ちゃんと配慮はいりょしてください」


 え、俺が悪いの? 俺が悪いのこれ。


 コメント欄に助けを求める。


『うわぁ、女の子にやつあたりしてるよ』『この動画主やべぇだろ』

『ファンやめます』『死ね』『腕ちぎれれば良かったのに』


 やばい、泣きそう。


「パイセン涙目になってますよ? よっわ♡」


「本当にすまなかった。今回は私の落ち度だ」


 マシューが心底申し訳なさそうに頭を下げる。もちろんサナはその様子をバッチリ配信に映している。


 終わった。


「ちょ、パイセンコメント欄炎上してますよ? あーあ、これは謝罪配信ですね」


まことに申し訳ありませんでした!!」


 速攻で土下座を決めた。


 どこの世界にボスを一人で倒した直後に土下座謝罪する冒険者がいるのだろうか。


 今までクソ上司に理不尽な説教されてきた身ではあるけど、これは普通にへこむ。


「加藤と言ったか? その、なんだ、お前も大変だな……」


 知らぬ間に復活していたアークに同情するような視線を向けられた。

 お前にだけは言われたくない。


 また叩かれそうなので、ぐっと飲み込んだ。


 サナは爆笑し出すし、マシューはしゅんとした表情で落ち込んでいる。

 収拾しゅうしゅうがつかない。俺は多少強引に話題を切り替えた。


「そ、それより宝箱! 宝箱開けようぜ? ドロップアイテムはぶっ壊れたけど、宝箱は無事だろうし」


 俺は宝箱に駆け寄る。横幅80センチ、高さ60センチくらいはありそうな大きな箱だった。


 期待を胸に重い木製のふたを開ける。


 からだった。


「……」


「うっわ、何も入ってないじゃないっすか。ウケる」


 サナ、お前はもっと当事者意識を持て。

 ドロップアイテムも宝箱も手に入りませんでしたでは普通に死活問題だろうが。


「え、どゆこと? ゴーレムは何を守ってたの。マジで」


「私はそれなりにダンジョン攻略の経験があるが、こんなことは初めてだな」


「先に来た他の冒険者が持ってっちゃったんじゃないっすか?」


「いや、それならゴーレムが倒されていないのはおかしい」


「そんなことどうでも良くないか?

 魔術師は正直同業者の俺様でも何を考えているのかわからない奴ばかりだ。

 最近いろんな街で暴れているマシンゴーレムを作った奴なんかがその典型だな。

 他人が納得できるだけの理由なんか無しで行動する奴が多い」


 お前もな。


「しかし、困ったことになったな。加藤もサナも冒険者になったばかりなんだろ? 貯金はあるのか?」


「ない」「ないっす」「俺様もない!」


 お前には聞いてねぇんだわ。

 自慢げにデカい胸を張るな。ちぎるぞ。


 ……それにしてもデカいな。マシューより大きいんじゃないか?


「……今回はドロップアイテムがコアだと事前に言っていなかった私にも責任がある。どうか許して欲しい」


「いやいやいやいや、マシューはなんも悪くないって! 気にしないでくれ。ホント、マジで」


 てか叩かれるの俺なんだからあんまり軽率けいそつに頭下げないでくれ!


「そうっすよ、気にしないでください。今回は全部パイセンのせいです。

 パイセンが臓器いくつか売るんで大丈夫っす」


 聞き捨てならない台詞が聞こえたが、話がこじれるので聞かなかったことにしよう。


「だがそれでは私の気がおさまらん。

 あぁ、そうだ。実は金策になるいいダンジョンを知っていてな。穴場だから誰にも教えていないのだが、この際二人にだけ話そう。

 都合上配信にせるわけにはいかないが、それでも良ければ近日中に案内させてくれ」


「マジっすか!? マシューさん一生ついていきます!」


「助かるよ」


「うむ。そこまで言うなら俺様もついて行ってやろう」


「いやだからお前は帰れよ」


 しまった、つい心の声が口に出てしまった。


 アークはぐずったあと、泣き顔を隠すように後ろに向き直って扉から飛び出していった。


「あちゃー、やっちゃいましたねパイセン」


 隣に立つサナのスマホの画面をのぞく。


『有能』『これは有能』『残念だが当然』『よく言った』


 よし、とりあえず今のところ叩かれてはいないな。


 討伐記念にスパチャを投げてくれる視聴者もいた。


 アークも女の子とはいえ、ヘイトが溜まっていたのは視聴者も同じだったようだ。


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