第10話 ダンジョンボスと乱入者
気を取り直してダンジョンを進んでいく。
マッドドールの数が多く、雑談をしている暇がまったくなかった。
サナからの氷のような視線が背中に刺さって痛いし、なぜかマシューは目を合わせてくれないので、正直ありがたかった。
「今日はマッドドールの数がやけに多いな」
マシューがぽつりとつぶやく。
「そうなのか?」
「へ!? あ、あぁ……多い、気がする」
尻すぼみに声量が小さくなり、後半ほとんど聞こえなかった。
というか、さっきから俺が話しかけるたびに肩を飛び上がらせて驚くの、なんなんだろう。ジネのようだった。
「でもまぁ、こんな弱いモンスターならいくらいたって大丈夫だろ」
「パイセンそれフラグっす」
突っ込むサナの声色は死んでいた。
その後地下二階、三階のマッドドールの群れと交戦した。
尋常じゃない数だったが、マシューがやたらと張り切っていて、ほとんど一人で片付けてくれた。
なぜか倒し終えるたびに俺に上気した表情でドヤ顔を向けてきたので、親指を立てて雑にほめてやると、鼻息を荒げて満足げにしていた。
急に子どもっぽくなったな。こんな奴だったろうか?
そんなこんなで最深部に着いた。両開きの扉は石でできていた。
重そうなので、マシューと二人で開けた方が良さそうだ。
扉に手をかけると、先にマシューが話しかけてきた。
「待て。嫌な予感がする。
マッドドールの数がやけに多かったろ?
あれは低級モンスターだったから対処できたが、この分だとボスは強敵かもしれん」
「マジか……引き返した方がいいか?」
「パイセンビビってんすか?」
相変わらずの凍てつくような表情のままサナがあおってくる。
「私一人のときなら念のため引き返すところだが、今日は三人だからな。それに──」
マシューはサナの持つスマホに視線をやる。画面のコメント欄は俺たちをあおる視聴者のコメントで溢れ返っていた。
「こんなよわよわモンスターしかいないダンジョンで引き返したりしたら、視聴者激減しちゃいますよ?」
「そこなんだ。配信の収益が減るのは私も困る」
マシューがよろい脱げば済みそうな話だが、多分ブチギレると思うので黙っておく。
「配信者にとって視聴者数は死活問題なんだろ? 多少危険をおかすことになっても、視聴者の期待にはこたえた方が良いんじゃないか?」
サナのスマホに視線を落とす。
『おっぱいのくせに良いこと言うな』『さす乳』『ナイスおっぱい』
コメント欄はこりずにマシューをおっぱい呼ばわりしていた。他人事でしかない彼らにとって、ダンジョン配信者の命などどうでもいいんだろうな。
俺は腹が立ちそうになったが、自分が視聴者ならきっと同じようにしていただろう。
そう思うと、それ以上頭に血が昇ることはなかった。
「わかった、戦おう。
俺は飢え死にするのもブラック企業に戻るのもごめんだからな。
けど、無理だと思ったらすぐに撤退しよう」
「逃げるんすか? ざぁこざぁこ」
「俺一人なら別に死んだっていい。でもお前やマシューまで巻き込むわけにはいかない」
「そ、そうっすか……」
目をそらし、サナはうつむく。
顔が赤い気がした。
なんだかさっきのマシューみたいな反応だな。
まぁいいか。
「決まりだな。扉は私が開けよう。中のボスに気づかれないようにのぞきこむにはコツがいるんだ」
マシューは真剣な面持ちで扉を肩で押し、隙間から中をのぞきこむ。
『よし、今のうちにローアングルだ』『動画主、背後から襲え』『可愛いならサナとかいうガキでも可』
コメント欄はこんなときでも緊張感のない発言で盛り上がっていた。
マシューの表情が固くなる。
「まずいな、ゴーレムだ。そこまで大型ではないようだが」
「強いのか?」
「倒せないことはないだろうが、初心者が挑む相手じゃないのは確かだ」
「パイセンは精密機器だからワンパンで倒されそうっすね」
「精密機器?」
「あ、いや、気にしないでくれ」
コメント欄がじわじわと流れが加速し出した。
『ん?』『精密機器?』『あだ名か何かか?』『流れ変わったな』
視聴者は俺のあだ名に興味津々のようだ。その件は掘り返されると一生こすられそうなので、サナが口走らないようにしばらく警戒しよう。
「なんすかパイセンあたしのことチラチラ見て。今さらあたしの魅力に気づいたんすか?」
サナはいつの間にかいつもの調子に戻っていた。
ダメだコイツ。早くなんとかしないと。
「どうする?」
「さっき言った通り、まずそうなら引き返せばいいだろ」
「そうだな。視聴者はせっかちらしいし、とっとと戦おう」
マシューが両開きの扉を両手で押し開く。途中から俺も協力して二人で開き切ると、扉はそのまま固定された。
「あれがゴーレムか」
扉の奥のボス部屋は広く、床が石のタイルになっていた。ここでも壁に沿って等間隔に松明が置かれているが、何せ広いので照らし切れておらず、少し薄暗い。
中央で、灰色の巨大な土の塊がしゃがみ込んでいる。その後ろには大きな宝箱が見えた。
サナが中の様子を紹介すると、コメント欄は少し遅れて加速する。
『キタァァァーーーー!!!!』『期待大』「精密機器がんばれ』
そこそこ盛り上がっているようだ。ようやっとダンジョン配信らしくなってきた。
俺たちに気づいたゴーレムが、ゆっくりと立ち上がる。
見上げるような土の巨人だった。
マッドドールよりも表面のきめが細かく、いかにも頑丈そうだ。
マシューによると倒せないことはないそうだが、それでも俺は迫力のあまりごくりとツバを飲んでしまった。
俺たちが各々の武器を構え、いざ戦わんというまさにその瞬間、高らかな笑い声とともにドタドタと走る音が聞こえてきた。
「ワーッハッハー! 俺様の出番のようだなぁ!?」
振り返ると、長い白髪を振り乱した少女が開けっぱなしの扉から乱入してきた。
黒いとんがり帽子に赤いローブを着ていて、これと言った武器は持っていない。
魔術師だろうか?
コメント欄は『誰?』という疑問符で埋め尽くされる。
「誰っすか?」
サナが不審者を見る目で問う。
白髪の少女は待ってましたとばかりに仁王立ちになって、
「俺はアーク! うら若き二代目天っ才魔術師っ!!」
と叫んだ。
年は見た目からしておそらく18歳くらい。マシューと同じくらいに見える。
うら若きとか言ってるが、冒険者として特別若いようには見えなかった。
「はぁ?」
サナがゴミを見るような表情に変わる。
ここまでの顔は俺でも中々見たことがない。入社したてのころにクソ上司の理不尽な命令でキレたときくらいだ。
「いやマジで誰っすか。邪魔しないでくれません?」
このやりとりの間ゴーレムが律儀に待ってくれているかと言えば当然そんなことはなく、遅いながらも確かな足取りで徐々にその距離を詰めてきている。
「サナ、ほっとけ! 今はそんな馬鹿に構ってる暇はない」
「ば!?」
俺の台詞に過剰反応するアーク。顔が真っ赤になっていた。
「この二代目天才美少女魔術師をけなすとは、良い度胸だなぁ初心者ぁ!!」
アークは目を細めて突然オラつき出す。
身長はマシューより少し低いくらいだが、雰囲気がガキみたいなので全然怖くない。
「んな重そうなよろいで、しかも腕にしか装備してないとか。馬鹿はどっちだよ、あぁん?」
アークはわざわざ姿勢を低くして下からのぞき込んでくる。
顔は結構整っていた。黙っていればかなりの美人の部類だと思う。
黙っていれば。
面倒くせぇー。
「まぁいい、なにせ初対面だからな。
多少の無礼は許してやる。さてと、苦戦してるお前らに変わって、この俺が瞬殺してしまおうかぁ」
別に苦戦はしていないし、というかまだ戦ってすらいない。
アークは白い手袋をつけた両手を組んでポキポキ鳴らす。
魔法を使うのに指のストレッチとか一切いらないと思うのだが、話がこじれるので黙っておこう。
「うぉぉぉぉーーーーーーーーぉぉっっ!!」
アークは両手を頭上に掲げ、目を見開いてうなる。
「!?」
「パイセン、なんすかあれ!」
「ほう?」
高く上がったアークの手の上に、紫の光が集まり始める。
光は一か所に寄り集まって、どんどん大きくなっていく。
「これこそが俺の魔法! 俺の才能! どうだ初心者。こんな大きな魔力弾、見たことがないだろう?」
「まさかお前、本当にあのゴーレムを瞬殺する気なのか?」
「嘘……」
「ふむ、侮れんな」
光の球がアークの肩幅より大きくなった。
アークは球を頭上にかかげたまま、向かってくるゴーレムに自分から歩み寄る。
距離が縮まっていく。
ゴーレムが腕を伸ばせば拳が届きそうだ。それでも、アークは余裕の笑みを見せていた。
「ゴーレム! 俺の魔力弾の前に散るがいい! 死ぃぃねぇぇーーーーっっ!!」
アークはついに両手を前に振り下ろし、巨大な魔力弾をゴーレムにぶつけた。
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