第9話 スーパーチャットと視聴者

「ふん、さっきのスパチャはせいぜい数百円くらいだったじゃないか。

 私はそんなに安い女じゃないぞ」


 聞きつけた視聴者の一人が『マシューさんへ』というコメント付きでスパチャを投げた。


 高額だったので、赤色で強調表示される。

 それを見たマシューは驚き過ぎてのけぞった。


「ご、ごごご、5万!?」


 サナの持つスマホに飛びついて、食い入るように見つめる。

 自分の目が信じられないのか、何度もまぶたをこすっては画面をのぞき込んだ。


「マシュー、近い近い。俺らがコメント欄見れなくなっちゃうから」


 肩をつかんで引き戻そうとすると、目をむいたままマシューが振り返る。


「加藤!! こ、これは、私たちの手元にはどのくらいの額になってくるんだ!?」


 白シャツの胸ぐらをつかまれ、前後に揺さぶられる。


「あうあうあうあう、ま、マシュー、やめろ。脳みそが、揺れる……」


「教えろ! いくらだ、いくらくらいになるんだ!?」


 『パワー・ド・タイム』込みの怪力で揺られる俺はどう見ても答えられる状況じゃないので、サナが答えた。


「手数料で20%くらい引かれるので、5万円だと収益は4万円っすね」


「4万……?」


 ごくりとツバを飲んだのがわかった。


「一日中高難易度のダンジョンに潜ってても、そんなに稼げたことなんかないぞ?

 それを、なんのリスクもなくこの一瞬で4万???」


 あ、揺らいでる。めちゃくちゃ迷ってる。


 察したのは俺だけではなかったようで、コメント欄は一気に性獣どもの甘い言葉で埋め尽くされた。


 画面をのぞき込み、マシューはこくこくとうなずく。


「ふむふむ、よろいを脱いだら1万……1万!? いや、しかしっ、ダンジョンの中でよろいを脱ぐなど自殺行為……何?

 別にダンジョンの中でなくてもいい? 誠か!?

 よろいを脱いでジャンプしたら3万出す? 言ったな? 出すのだな!? 男なら約束は守れよ?」


「あの、マシューさん。

 ごめんなさいあたしがふざけ過ぎました。

 あんまりそういうことすると長期的な利益見込めなくなって最悪BANされるし何よりあたしたちが炎上するので本当にやめてください」


 サナが止めに入った。コイツ、意外と将来性見すえてるんだな。


「チッ」


「パイセン!? 今舌打ちしました? しましたよね!?」


「してねぇよ。さっさと行くぞ」


 俺は明るく照らされた道をずかすか進んでいく。

 一本道でモンスターがいないことは明らかなので、こんなクソもおもんない道を進んでいても何も楽しくない。視聴者だって見てて退屈だろう。


 サナはこの前バズったダンジョン攻略動画の話をしたり、視聴者からの質問に答えたりして場を繋いでいるようだが、絶対マシューのエロシーンの方が稼げるし、せめてマシューに喋らせた方がいいと思う。


 視聴者も同じ考えのようで、姿を映していないサナに不満をぶつける。


「え、顔見せろ? いや、あたしはちょっと。マシューさんに代わって欲しい? ……わかりました」


 サナはちょっと落ち込んだ様子でマシューにスマホを向ける。


「ん、どうした。サービスシーンか?」


 真顔でよろいに手をかけるマシュー。

 コイツにそっち方面の稼ぎ方は教えない方が良さそうだ。

 確実に堕ちる。

 で、どんどん過激になって、脱ぐもの無くなって飽きられて破滅する。


 エロいコンテンツだって持続するのはそんなに簡単じゃないのだ。


「本当にやめてください」


 サナは棒読みで答える。目が死んでいた。


「なんだ、なら何をすればいいんだ? すまないが、私はこういうのはよくわからんのだ」


 一階の端まで着いて、下へ続く階段が現れた。


 今のところモンスターの気配はない。


 こういう難易度の低いダンジョンは管理も楽なので、モンスターが外に出ないように定期的に討伐されるらしい。なので地下一階には普通にいると思う。

 というか、いてくれないと困る。


「適当に日常のエピソードトークしたり、視聴者の質問に答えたりするだけで大丈夫っす」


「質問に答えるのはともかく、エピソードトーク? というのは何を話せばいいんだ」


「マシューさんに質問したい人は多いと思うので、それに答えていくだけで大丈夫です」


「ふむ、わかった」


 サナからスマホを受け取り、マシューはコメント欄の流れを目で追う。

 このところ見どころがないので、コメントの速度はゆるやかだ。


 あんまり気にしていなかったが、同接数も少し減っている気がする。


 さっきまで山のように飛び交っていたスパチャは一つもない。


「スリーサイズ? そんなもの聞いてどうする。彼氏? いたことはないな。

 欲しいとは思うが、私は毎日生計を立てるのに必死でな。それどころじゃない。

 胸のサイズ? よろいを作ったのはかなり前だから、覚えてないな」


 地下一階に着いた。


 マシューは流れてくる質問に淡々と答えていく。

 さっきのこともあってときおり過激な質問も来ているようだが、本人が興味なさ過ぎて拾わないので、まったく持って盛り上がらない。


「好きなタイプ? 強い男が好きだ。食べ物? 興味ないな。趣味? とくに無い」


 エロ系の質問に反応がないので視聴者たちも飽きてきたらしく、グラビア雑誌のページ稼ぎに載っているようなクソどうでもいい質問ばかりになった。


「サナ。スーパーチャットがちっとも飛んでこないぞ。さっきまでの勢いはどうしたんだ?」


 本気でわかっていないマシューに、サナはあきれて言葉も出ないようだった。


「ん、あれ、モンスターじゃないか?」


「何?」


 サナはマシューからスマホを奪い取り、すかさず通路の先にカメラを向ける。


 人の形をした泥のようなモンスターが群れをなして立っていた。


「マッドドールか」


「強いのか?」


「いや、低級モンスターだ。おとなしいし、冒険者なら怪我をする心配はまずない」


「なら、パワードアームを試すにはもってこいだな」


「あぁ。念のため私も行こう」


 俺とマシューはサナを安全圏に待機させて前進した。

 マッドドールはこちらに気づいてゆっくり振り向き手を伸ばしてくる。

 とりあえず一番手前のやつを殴ってみた。


「おらっ!」


 顔面にパワードアームに包まれた右の拳を叩きつける。

 風を切る音が聞こえた。

 マッドドールの頭はボロボロに砕け散る。


「すごいな」


 思わず手のひらを開閉して感触を確かめたくかる。

 パワードアームにおおわれているからか、反動はあまり感じなかった。


「せいっ」


 マシューは身長に迫る大剣を縦に振って、そばのマッドドールを斬りつけた。

 こちらも脳天から砕ける。


 剣を横に振れば一掃できるのだろうが、俺に当たらないように気を使ってくれているのだろう。

 マシューが普段ソロでダンジョンに潜っているのは、巨大な剣の強みを最大限発揮するためというのも大きいのかもしれなかった。


 マシューは一体ずつ倒すのが面倒になったのか、群れの中に突っ込んで大剣を水平に倒し、回転斬りを放つ。


 巻き込まれたマッドドールは胴から砕けて粉々になった。


 俺は残りを一体ずつ処理していった。

 パワードアーム自体は強力だが、右手にしか装備していないこともあってか雑魚モンスターの群れと戦うには効率が悪いことがわかった。


「あ、そういやサナ、配信はどうなってる? ばっちり撮れたか?」


 振り返って呼びかけると、サナはこちらに歩いてきながら答える。


「撮れてはいるんすけど、あんまり湧いてないっすね」


「え? なんでダンジョン配信なのに戦闘シーンで盛り上がらないんだよ」


「いやぁ、それが……」


 サナは言いづらそうに画面を見せてくる。俺とマシューでのぞき込んだ。


『よろい脱げよ』『よろいのせいでおっぱいが揺れない。なめてんのか?』

 『で、おっぱいはまだ?』『おっぱいはどうした』

『おっぱい配信からおっぱい抜いたらあかんやろ』


 ひどい言われようだった。

 マシューは怒りと恥ずかしさからか、下を向いたまま赤くなって震えている。


「お前ら……」


 マシューは長いため息をついたあと、溜めに溜めてから一気に吐き出した。


「──さっきから黙って聞いていれば!

 おっぱいおっぱいおっぱいおっぱい、いい加減にしろ!!!!

 赤ちゃんか貴様らは!! ママのおっぱいでも吸ってろこのたわけがぁっ!」


 ガチギレだった。


 さっきはお金に目がくらんでいたが、お金が絡まないときは普通に怒るようだ。


 マズい。これ、マシュー帰っちゃうんじゃないか?

 難易度が低いとはいえ、経験者無しでダンジョン攻略を続けるのは不安だ。

 どうにか説得できないだろうか。


 サナは慌てふためくばかりで役に立ちそうにないし、ここはやはり年長者の俺の出番か。


 いやしかし、クソ上司のご機嫌取りならともかく、年下の女性なんてどうしたらいいんだ?


「あ、あのさぁ、マシュー」


「なんだ?」


 ギロリとにらまれた。


 あ、やばい。めっちゃ怒ってるわ。え、怖い。クソ上司よりよっぽど怖い

 助けて?


「いや、なんていうかその、ほら?

 ネットだからさ、みんなついつい遠慮ないこと言っちゃうんだよ。

 マシュー可愛いしさ」


 なんとかかんとかひねり出す。


「かわぁ!?」


 耳まで真っ赤になって目を見開くマシュー。怒らせたかと思ったが、なぜか太ももをすり合わせてもじもじし出した。


「どした?」


「お、お前なぁ……そういう、こっぱずかしいことを、当然のように言うなぁ……」


 急にしおらしくなった。

 うつむいて両方の人差し指の先をつんつん合わせて何事かぶつぶつ言っている。


「???」


 首をかしげていると、サナにふくらはぎを蹴られた。


「いった」


 よろいを買う金がなかった俺は右腕をパワードアームでおおっているだけで、他はいつもの白シャツに黒い長ズボンだ。

 蹴られれば普通に痛い。


「なんだよいきなり」


「手がすべりました」


 完全に目がすわっていた。


「いや足だろ」


「……足がすべりました」


「意味わかんねぇよ」


「あの、もういいんで。わかったんで。さっさと行きません?」


 急に態度が素っ気ない。


 コメント欄を見ると、


『あっ』『これは有罪』『許されない』『うらやまけしからん』『ラノベ主人公』『お幸せに』


 流れてくるコメントの意味が何一つわからなかった。


「ほらっ、早く行けよ!」


 サナに強めに背中を蹴られた。もはや敬語ですらない。

 なに、俺なんかした?


 助けを求めるようにマシューの方を見ると、慌てて目をそらされた。

 何やら所在なさげに視線をさまよわせている。

 よくわからないが、一気に二人から嫌われてしまったのだろうか。

 それにしてはやたらとマシューから視線を感じるが。

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