第8話 パワードアームと発明家
あれから数日がたった。
クビになって社員寮を追い出された俺たちはジネの装備開発が完了するのを待って安いボロ宿に泊まり、二人で掃除や家事代行などの簡単なクエストを受けてなんとか食い繋いだ。
マシューは毎日ダンジョンに潜っていたらしく、今日も俺たちが訪ねてくる前に超特急でダンジョン攻略を済ませて来たそうで、少し汗をかいていた。
「ごめんなさい、お、お待たせしました。入ってきてください」
ジネが地下へと続く扉の中から出て来た。
いつも着ている白いコートは白衣なのだそうだ。
ジネは髪や肌の手入れも欠かしていないようだし、服にも気を使っているようなので、科学者らしく研究に没頭し過ぎて他がおろそかになっているということは無い。
ジネを先頭に、俺たちは薄暗いコンクリートの階段を下っていく。
やがて白い扉が現れた。
「この中です」
「おぉー」
中にはまさしく研究施設と言った感じの光景が広がっていた。
フラスコや試験管はもちろんのこと、用途のわからない様々な装置が所狭しと並んでいる。
その奥のテーブルの上に、ジネが開発したという装備品が置かれていた。
「これが、俺の装備?」
「ヒェッ、き、気に入らなかったですか? ごごご、ごめんなさいぃぃ」
「パイセン最低っすね」
「いやいや違う違う。そうじゃなくてさ。てっきり、武器なのかと思ってたから」
テーブルの上には金属光沢を帯びたゴツいよろいらしきものが横たわっていた。
形からして、右腕につける防具なのだろうか。
「あ、いえ、その、武器であってます。ぼ、防具でもありますけど」
「どういうことだ?」
マシューが首をかしげる。俺にもさっぱりだった。
「これは、い、いわゆるパワードスーツなんです。腕だけなので、パワードアームって言った方が正確ですけど。ごめんなさい」
「パワードアーム? へぇ、これを着けると、腕力が増すとかそういう感じか?」
「はい。加藤さんは重量を無視できるようなので、思い切って重めに作りました。あ、でも、確かその分移動速度は落ちちゃうんですよね……ご、ごめんなさい」
「確かに移動速度は遅くなるけど、腕だけならよっぽど──って重ぉ!?」
マシューの大剣ほどではないが、片腕に着けるだけにしてはかなり重い。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
平謝りするジネを見て、サナは俺に軽蔑の眼差しを向けてくる。
「パイセン最低っすね」
「加藤……」
マシューまで失望したとでも言いたげな顔をする。
「えぇ!? いや、あれ、あー、うそうそ、軽い、全っ然軽いわーほら片手で持ち上がるし」
ジムで一番重いダンベルを持たされた気分だった。
長いこと持ってると腕の感覚が無くなりそうだ。
「そ、そうですか? それじゃあ、試しに装備してみてください」
「装備? これ、腕を完全におおうタイプだよな? どうやってつけるんだ?」
「関節の位置をあわせてから、右腕に押しつけてみてください」
言われた通りにすると装甲がぱかりと開き、腕の表面をなぞってかっちりとはまった。
装甲の隙間から赤い光が漏れ、起動したのだとわかる。
光は目立たない程度に出続けていて、SFに出てきそうだ。
正直めちゃくちゃカッコいい。
「おぉー、すごいな」
手のひらを開閉してみても、問題なく五本の指が動く。ほとんどつけていないのと変わらない。
「これ、どのくらいのパワーが出るんだ?」
「そうですね、全身を厚いよろいで固めた人が一撃で死ぬくらいのパンチが出せます」
は? 何その例え。怖いんだけど。
空気が終わった。
サナがドン引きしている。慣れていそうなマシューさえ困った顔をしている。
誰もが口をつぐむ中、ジネは一人興奮が抑えられない様子でベラベラと語る。
「握りしめれば人の頭をよろいごとトマトみたいに潰せますし、手のひらを平らにして手刀を放てば体に穴が開きます。
よろいや盾ごと貫通できるかと。
防御力も高いので、剣で斬りかかられても右手で受け取めてつかんで、相手の手首もろともちぎってしまえば無力化できます。
それから──」
うん、どんな極悪非道な奴だったとしても、人間相手にこのパワードアームで攻撃するのはやめよう。
人体と同時に俺の中の人として大切な何かがぶっ壊れる気がする。
「はーい、それじゃ、配信始めまーす!」
パワードアームを試すため、俺、サナ、マシューの三人はダンジョンの入り口にいた。
サナは残り少ない貯金をはたいて革製の安い防具と短剣を装備しているが、基本的には俺とマシューの後ろでカメラマンに徹してもらうことになっている。
ジネがいてくれると心強かったのだが、非戦闘員らしいので仕方がない。
「3、2、1、キュー!」
「えぇっと、どうもー。ダンジョン攻略配信することになりました。加藤です」
サナが構えたスマホの画面に向けて話しかける。
もともとサナが使っていたこのスマホ一台でダンジョン配信が成り立つというのだから、便利な時代になったもんだ。
「パイセンがでしゃばってどうすんすか。
視聴者の皆さんはマシューさんのおっぱいにしか興味ないです」
「おっ!? サナ、お前なぁ……」
マシューは顔を赤くしてよろいの上から胸を隠す。
かえってめちゃくちゃエロかった。
画面に映るコメント欄が一気に加速する。
『うぉぉーーーー!!』『おっぱいは正義』『この子は俺の嫁』『今日はこれでいいや』『ふぅ……』
コメント欄を見るなりマシューは火が出そうなほど真っ赤になって、後ろを向いてしまう。
「あ、ダメっすよマシューさん。後ろ向いちゃあ。取り分上げませんよ?」
「は、話が違うぞ! 私はダンジョン攻略に協力するだけで収益をいくらかくれるというから参加したのに……」
男っぽい口調してるし、てっきりそういう目で見られても軽くスルーすると思っていたのだが、まさかこんなに耐性がないとは。
最高か?
「そんな調子じゃいつまでたっても借金返せませんよぉ?」
配信には映っていないが、サナは悪魔のような顔をして笑っている。
耳ざとい視聴者が"借金"というワードに反応しないわけもなく、コメント欄はたちまちスパチャが飛び交い出した。
「や、やめろ! なんだ、なんでそんなにスパチャばかり投げるんだ!!
言っておくが、いくら投げても私は何もしないからな?
お前ら、お金はもっと大切にしろ!」
『優しい』『惚れた』『は? 好き』『どうせ脱ぐやろ』『堕としたい』『へぇ? 借金あるんだぁ(にちゃあ)』
「だいたい、今日の配信はダンジョン攻略だろ!? ほら加藤、サナ、早くダンジョン行くぞ!」
「はーい」
「それもそうだな」
正直このままスパチャで殴られ続けたマシューがどうなるのか気になったが、BANされそうだし俺の取り分がなくなるので素直に従おう。
「はーい、カメラマンのサナです。
今回のダンジョンはそこにいる加藤パイセンがつけてる新しい装備を試したいので、前回よりも難易度の低いところに来てまーす」
サナの言う通り、今回のダンジョンはそんなに危険じゃない。
中は整備が行き届いて、等間隔に置かれた松明が道を照らしている。
分かれ道もほとんどないので、曲がり角からモンスターの不意打ちを喰らう心配も少ない。
「ぶっちゃけこの前ほど面白くないかもですが、不定期でそこのよろい着たマシューさんのサービシーンをお届けするかもなので、ぜひ最後までご覧くださ〜い」
マジか!?
「サナ! いい加減にしろ、私は何もしないと言っているだろ!!」
「あ、ちなみにサービスシーン中に投げられたスパチャの収益は全部マシューさんにあげたいと思いまーす」
「……なんだと!?」
マシューの目がこれ以上ないくらい泳いでいる。
どんだけお金欲しいんだよ。
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