第7話 スタビライズと人見知りの科学者

 前回までのあらすじ。

 俺とサナはマシューを仲間に入れるためギルドへ。

 いろいろあってマシューの家に招待され、道中で自己紹介を済ませた。


 俺とマシューは戦ったトロールの話で盛り上がったが、サナはずっと不機嫌そうにしていて、会話には参加して来なかった。


 ひょっとしてマシューとそりが合わないのだろうか? 先行きが不安だ。


「着いだぞ、ここが私とジネの暮らす家だ」


「へぇ、一軒家か」


 マシューの家は水色の屋根に白い壁という、ごく普通の建物だった。

 ジネが科学者だというので、もう少し大きい無骨な建物を想像していたが、住みやすさを優先したのだろうか。


「……」


 サナは未だに機嫌が悪そうだ。

 というより、なんだか怒っている気がする。


 マシューを仲間に入れようと言ったのはサナなんだけどな。

 女心はわからない。


「そんなに大きく見えないだろうが、実は地下にジネの研究室があってな。中は結構広いんだ。さ、入ろう」


 マシューが開けた扉に続いて入ると、廊下の向こうからドタドタと足音が聞こえてきた。

 曲がり角から青いマッシュルームヘアに白いコートを着た女の子が現れ、マシューに抱きつく。


「マシュー! マシューマシューマシュー!」


 女の子はマシューに飛びつき、よろいを着た胸に顔をうずめる。


「ふひひひ」


 抱きついたままブサイクに笑う。

 マシューも特に嫌がる様子はなく、女の子の頭を撫でている。


「ジネ、そろそろ離れてくれ。今日はお客さんが来ているんだ」


「お客さん?」


 ジネはマシューの胸から顔を上げ、こちらを向く。


「ヒェッ、ご、ごご、ごめんなさいぃぃ」


 途端に震えながらマシューの後ろに隠れてしまった。どうも引っ込み思案らしい。


「大丈夫だ、よく見ろ。ほら、一人は昨日会ったろ?」


「へ?」


 マシューの背中から顔を出す。

 前髪で目元が隠れているが、警戒されているのがわかった。


「あ、昨日はどうも。加藤と言います」


「はぁ」


「後輩のサナです」


「誰ですか!?」


 飛び上がって驚き、ぶるぶる震え出す。


「落ち着け。大丈夫だと言っただろう? 私を信じろ」


「う、うん……信じる」


 今度は半分だけ顔を出した。


「ジ、ネです。科学者みたいなこと、してます。ご、ごめんなさい」


 謝られた。身長はサナとそんなに変わらないのに、まるで正反対だ。


「……」


 沈黙が降りた。

 マシューが口を開く。


「ジネ、加藤のスキルが気になっているんじゃなかったか?」


 忘れていたのか、ジネは聞かれた瞬間がばりと顔を上げ、マシューの背中から飛び出してきた。


「そ、そそそうです! 加藤さん! あなたのスキルは一体なんなんですか!?」


 さっきまでの態度はどこへやら、ジネは息がかかるほどの距離まで迫ってきた。身長差のせいで俺のみぞおちあたりに青い頭がある。


「ダメージ無効、重量無視、バランス制御、そして怪力。

 私の分析によれば、あなたは最低でも三つのスキルを持っていますよね!?

 それもおそらくは全部常時発動するパッシブスキル。

 デメリットがないか、効果時間がおそろしく長い可能性も考えられますが」


 とんでもない早口でまくしたてられた。


「ま、待ってくれ。昨日のことは俺もよくわかってないんだ」


「わかってない? どういうことですか!?」


 あとずさりした分だけぐいぐい迫ってくる。ものすごい剣幕だった。


「俺のスキルは『スタビライズ』って言って、転んだりよろけたりしないだけで、ダメージも重さも普通に感じるし、他にスキルを持ってるわけでもない」


「『スタビライズ』? ……なるほど」


 それだけ言って、ジネはうつむいて黙り込んでしまった。

 思考にふけっているのか、何事かぶつぶつつぶやきながらその場をうろうろし始める。


「あー、始まったか」


 マシューにとっては日常茶飯事らしく、とくに驚いていない。


「悪いな二人とも。ジネはこうなると長いんだ。話しかけても聞こえないらしくてな。このままそっとしておいてやってくれ」


 俺たちはマシューの言う通りジネの横を素通りし、リビングに通された。



「ほう? ダンジョン配信か。面白そうだな」


 サナのスカウトを受けたマシューの反応は上々だった。


「実は私はクエスト依頼を受けるのが嫌いでな。

 依頼主の要望にこたえなくちゃならなかったり、あれこれ命令されたり、納期を調整したり、いろいろと面倒だろう?

 だから私はもっぱらモンスターのドロップアイテムや宝箱を売って生活費を稼いでいるんだが、ソロなこともあって、これがちっとも儲からないんだ」


 うちの会社でもそうだったが、顧客の依頼でアイテムを納品する場合、ダンジョン攻略にかかる人件費やら装備の維持費やら消耗品代やら様々な費用を含めた報酬を受け取ることができる。


 しかし、マシューのように依頼を受けずにアイテムを換金する場合、手に入れるのにどれだけ苦労したとしてももらえるのはアイテムの相場にあわせた金だけだ。


 無論怪我をしたり装備が壊れても補償してもらえないので、気楽ではあるがまったく儲からない。


「昨日の怪我の治療費やよろいの修理代も大変な額になってしまってな。

 貯金をはたいても足りなかったから、恥ずかしい話、ジネに少なくない額を借りているんだ」


 マシューによるとジネはいくつも特許を持っており、何もしなくてもかなりの額が勝手に入ってくるらしい。

 うらやましすぎるだろ。


「ジネは返さなくていいと言うが、仕方がなかったとはいえ、人間関係につけ込んでお金を受け取るなんて最低だ。一刻も早く返したいんだよ」


「なるほど。しかし、ダンジョン配信って三人分の生活費稼げるほど儲かるものなのか?」


「パイセンあたしの話聞いてなかったんすか?

ダンジョン配信はスパチャにアーカイブの再生数に、有料会員からの月々の支援で結構安定して稼げるんすよ?

 トレンド1位取った今のあたしたちなら余裕っす」


 サナは自信たっぷりに語るが、何回聞いても俺にはそんなに甘い世界だとは思えない。

 マシューの反応をうかがうと、俺と同じく微妙な顔をしていた。


「君たちの動画が急上昇に乗ったのは知っているし、ダンジョン配信にも興味はある。

 だが、私も心配になってきたな。

 加藤は装備を持っていないようだったし、初期費用も馬鹿にならないんじゃないか?」


「うーん、そうっすねぇ。

 銀行と金融会社の両方で借りれば当面は大丈夫だと思うんすけど、マシューさんがそこまで切羽詰まってるのは想定外でした。

 パイセンやあたしでも扱えるような装備、余ってたりしないっすか?」


「すまないな、無いんだ。少しでもジネに借りる額を減らすためにすべて売ってしまってな」


「そうっすかぁ……」


 サナはがっくりと肩を落とす。当てが外れてしまったようだ。

 マシューは申し訳なさうな顔で立ち上がる。


「悪いが、私は今とにかくすぐに金がいるんだ。

 準備に時間がかかるようなら、私は今日にでもダンジョンに潜らないといけない。

 準備が整ったらまた──」


「──あ、あのっ! そのことなんですが」


 思考タイムが終わったらしく、廊下からジネが走ってきた。


「加藤さんの装備、私に作らせてください!」


「え?」「何?」「マジッすか!?」


 三者三様の反応のあと、俺たちは顔を見合わせた。

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