第6話 新たな出会いと女戦士再び
連れて来られたのは、明るい緑を基調とした若者向けのカフェだった。
コイツのことだからもっと見るからに高そうなカフェで呪文みたいな名前のコーヒー牛乳をおごらされるかと思って身構えていたので、拍子抜けした。
中は照明がやや明るめで、学生らしき若い男女が楽しげに談笑していた。
ここなら高級感のあるカフェと違って気兼ねなく喋れるし、安い料金で長く居座れそうだ。サナの狙いはそれだろう。
テーブル席に通され、向かい合って座る。
サナはわくわくした様子でメニュー表を取った。こうしてみると本当に子どもみたいだ。
「じゃ、あたしはこのキングパフェで!」
「あぁ、じゃあ俺は──っておい!」
危ない。軽く流すところだった。
「なんすか?」
サナは顔をかたむけながら、目を細めてにたりと笑う。コイツ、腹立つ顔しやがる。
「そのパフェ3500円もすんじゃねぇか!」
ちなみに様々な種類のフルーツがてんこ盛りなようなので、ぼったくりではない。
他のメニューもドリンクバーも、むしろ良心的なくらいだ。
「なんすか、悪いんすか」
「悪いわ! お前どうせ俺に払わせる気だろ!?」
「チッ、……ケチ」
鋭い舌打ちをするサナ。
この一瞬でものすごい不機嫌になった。足を組んで偉そうにふんぞりかえる。
ガキかよ。
「はぁぁ、しょーがないっすね。このいちごのパンケーキで手を打ちましょう」
「なんで上から目線なんだお前は」
ちなみにいちごのパンケーキも1000円超えている。
写真を見るに大したボリュームは無さそうなので、こっちは普通にぼったくりな気がした。
「はい? 今なんて言いましたぁ? これから先、誰のおかげで生活していくのかなぁ? うぅん?」
誰のおかげでこうなったと思ってんだ。
「あんま調子乗んなよ?」
自分でも驚くほど低い声が出た。
「ヒッ」
サナは青ざめて、びくりと肩を震わせる。うつむいてガタガタ震え出した。
「ご、ごごご、ごめんなさい……」
あれ? コイツ、こんなやわなやつだったか?
思い返してみると、俺はサナにあおられてもいつも適当にあしらっていたので、いきなり反抗されてビビったのかもしれない。
サナはおびえながら少しだけ顔を上げる。今にも泣き出しそうだった。
ここまで行くとさすがの俺もスカッと感以上に良心が痛む。
「冗談だよ。本気にしたのか? ざぁこざぁこ」
俺なりに精一杯作り笑いをして見せる。
「……へ?」
サナは顔を上げた。
「で、ですよねぇ〜? わっ、わかってたに決まってるじゃないっすか〜」
声が震えていた。
サナは目を見開いてぎこちなく口元を緩める。
コイツなりに強がっているつもりらしい。
案外可愛いとこあるな。まぁ女としてというより、子どもとして、だが。
「それよりさっきのダンジョン配信の件、どういう計画なんだ? 相当自信あるみたいだったが」
「え? あぁ、簡単な話っすよ。おっぱいおっきい美少女冒険者とダンジョン配信するんです」
「は? まさか……」
「この前のあのスタイル抜群の戦士の人、スカウトしましょう!」
そのあと、生配信で視聴者からもらえるお金(スーパーチャット機能)やら今後稼いでいくための計画、方針やらの説明を長々と受けたのだが、半分も理解できなかった。
「しかし、ギルドの掲示板にチラシ貼ったくらいでそんな簡単に見つかるもんなのか?」
カフェを出た俺たちはギルドへと向かっていた。
サナによると、ギルドの掲示板は何もクエスト依頼しか貼れないわけではなく、金さえ払えば誰でもチラシを貼っていいのだそうだ。
「冒険者はドロップアイテムよりクエスト依頼で稼いでる人多いらしいんで、よっぽど大丈夫っすよ。
それにあんなおっきな剣、遠目からでも一目でわかるんで、なんならギルドに何日か顔出すだけでも見つかると思いますよ」
「それもそうか」
ギルドに着いた。
と言っても、外観はコンクリート剥き出しの豆腐みたいに四角い建物だ。
中に入ると、やっぱり壁はコンクリート。
とはいえ床やテーブルは木製で、酒場が併設されているので気分はRPGだ。
多くの冒険者でにぎわっていて、まだ昼間だって言うのにガブガブ酒を飲んでるやつもいた。
「あ、ほら、あの人じゃないっすか?」
サナが指差す。
ギルドの中はそこそこ広かったが、サナが言っていた通り巨大な剣を背負ったソロの女戦士はすぐに見つかった。
美人でスタイルが良いこともあってか、めちゃくちゃ目立っている。
にぶい銅色の鎧を着ているし、間違い無いだろう。
「あのー」
声をかけると、やはりマシューだった。
振り返って俺に気づくと、ぱあっと明るい顔になる。
可愛い。
「お前は昨日の! ジネから話は聞いている。まさかあのトロールを一人で倒してしまうとはな」
マシューは俺の手を取ってぶんぶん上下に振る。体温が高くてドキドキした。
「昨日は実力も知らずに馬鹿にしたりして悪かったな。お前は命の恩人だ! 何かおごってやろろう。何が良い?」
マシューにメニュー表を手渡された。
「お、マジか。何が良いかなぁ」
「パイセン」
「ん?」
なぜかサナの機嫌が悪い。さっきまでノリノリだったのに、どうしたんだろう。
まぁいいや。
腹も減ったし、ここはマシューに甘えて少し高そうなステーキでも頼もうか。
「パイセン、精密機器パイセン」
サナが白シャツの袖を引っ張る。いい加減そのあだ名で呼ぶのやめろ。
「なんだよ、お前はさっきパンケーキ食ったろ」
「そうじゃなくて、めちゃめちゃ目立ってます」
「あん?」
ギルドの酒場なんて騒がしいものだろうと思って気にしていなかったが、サナに言われて気がつく。
みんながみんなこちらを見ていた。
「おいおい、あの男が例のダンジョン動画の投稿主らしいぞ」
「まさか。長そでの白シャツに黒い長ズボン、どう見ても会社員じゃねぇか」
「一緒にいるあの女の子、小さいな。娘かなんかか?」
様々な会話が飛び交っている。
悪口を言ったり、敵意をむき出しにしたりするような奴はいないようだが、無遠慮な視線を向けられるのは居心地の良いものではなかった。
「すまない、その子の言う通りだな。ここじゃ落ち着いて話せない。お礼もしたいし、良かったらうちに来ないか?」
「いいのか?」
「あぁ、私は構わないぞ。お前は私やジネを襲うような奴には見えないからな。恋人もいるようだし」
「ち、違いますよっ!」
マシューにウインクされると、サナは赤くなって怒った。
「そうなのか? それにしてはずいぶん仲が良いようだが」
「あたしたちはただ同じ会社の先輩後輩だっただけです」
「そうか。ふむ、それは失礼した」
サナの説明を受けても、マシューは納得がいかない様子だった。
「それなら私がもらってもいいのだな?」
言いながら、マシューは俺の腕に抱きついた。
よろいを着ているので感触は固かったが、マシューの高い体温が伝わってきて、正直めちゃくちゃ興奮した。
「なっ!?」
サナも相当驚いたようで、口を開けたままのけぞって固まる。
「パイセン、なに鼻の下伸ばしてんすか!?」
「お、俺!?」
「ハッハッハ、冗談だ。私は他人の男に手を出したりはしないさ」
マシューにからかわれると、サナはますます赤くなってその場で足踏みした。
「さ、その子さえ良いなら、私の家に行こう。実はジネが君に会いたがっていてな」
「ジネ? ひょっとしてあの青いマッシュルームヘアの?」
「そうだ。ジネは優秀な科学者でな。君のスキルに興味津々のようなんだ」
「俺のスキル?」
そう言えば、昨日のトロール戦ではいろいろと不思議なことが起こった。
転ばないだけの『スタビライズ』のおかげでは無い気がするが、マシューの家に行けば何かわかるかもしれない。
「どうだ? 来てくれるか?」
「あぁ、もちろんだ。サナも来るよな?」
「……わかりました」
サナは渋々、と言った様子で承諾した。
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