第5話 これからとメスガキの後輩
「遅かったじゃないっすか、パイセン」
茶色の髪をツインテールにまとめた子どもみたいな背丈の女が待ち構えていた。
こんなときでも生意気な笑みを浮かべている。さすがに少しイラついた。
「なんだよ、最後に俺を馬鹿にするために、わざわざ待ってたのか?」
「ハズレです。あたしは精密機器パイセンと違って性格悪くないので」
「ならなんだよ」
「わからないんすか?」
サナが背筋を伸ばして平らな胸元を強調する。
「そのまったいらな胸がなんだよ」
「ぶっ殺しますよ!?」
マジギレされた。今のは俺が悪い。
「社員証」
サナは不機嫌そうにほほをふくらませる。
「あ? って、おい、まさか──」
「やーっとわかったんすか? 今ごろ気づくとか、パイセンの脳みそざぁこざぁこ♡」
「はぁ!? ってことは、あの動画お前の仕業か!!」
「ぐ、ぐるぢい……」
つい勢いでサナにつかみかかってしまった。健康的な肌が急速に青ざめていく。白シャツのえりを引っ張り上げたせいで首が締まったらしい。
「あぁ、悪い」
解放してやると、サナは必死の
コイツの余裕ないところ見るとなんだかスカッとするのは、俺にSの素質があるからだろうか。
「しかし、お前どうやって俺のパソコンに入ったんだよ」
「はぁ? パイセンってほんっと機械音痴っすね。てか、言われなかったんすか?
クラウドっすよクラウド。そこからダウンロードしただけです」
そう言えばあのクソ上司もそんなこと言ってたな。
「なんなんだよ、そのクラウドって」
たずねると、サナは呆れ果てた顔で大きなため息をついた。
「つまり、パイセンが撮った動画はパイセンが帰ってくる前に社内の人たちなら誰でも見られる場所に送られてたってことです」
「へぇ、便利な時代になったなぁ」
「パイセンがウンチ……音痴なだけで、クラウドなんて前からありましたよ」
「で? 結局なんでこんなことしたんだよ。お前だけならともかく、俺まで巻き添えにしやがって。これからどうすんだよ、マジで」
サナは途端にしたり顔になった。
「そのことなんすけどぉ」
言いながら、サナはポケットからスマホを取り出す。
画面に表示されているのは数字だった。頭に¥がついているので、何かの金額らしい。
「なんだそれ」
「あたしが編集したパイセンのダンジョン攻略動画の収益っす」
「は……?」
「すごいっしょ、あたしの編集技術」
「え、なに、動画投稿しただけで金になるの?」
サナはその場でずっこけた。
「いやそっからっすか」
「え、てかこれ何桁? いちじゅうひゃくせん……万!? 一晩で!?」
ドヤ顔に戻り、サナは得意げに語る。
「ふふん、精密機器パイセンじゃ無理でしょうね。あたしの編集技術と影響力あってこそっす」
一晩のうちに編集してアップした動画がこんだけ伸びてるあたり、確かに編集技術はすごいのだろう。俺でもわかる。
が、
「編集技術はともかく、お前に影響力なんかあるのかよ」
「じゃーん!」
今度も画面には数字が映っていた。¥はついていない。
「あたしのSNSアカウントっす。ま、機械ウンチのパイセンにはこのすごさ、わかんないっすよね? ぷぷぷ、ざぁこ♡」
ムカついたが、それ以上に感心した。
機械音痴な俺だが、SNSくらいはさすがに使っている。
今朝だって電車の中で見た。
それに高校のときクラスで人気者だった自称インフルエンサー?の男より、サナの方がずっと多い。
「まぁすごいのはなんとなくわかったよ。けど、トレンド1位の動画でこの金額じゃあ、食っていくのは厳しいんじゃないか?」
いくらサナの編集技術や影響力がすごくても、サナが上げた俺のダンジョン動画の収益はブラック企業の安い賃金で働く俺たちの月収に遠く及ばない。
同じ人物の話題でトレンド1位をそう月に何度も取れるわけがないので、これでは暮らせない。
「動画だけなら、パイセンのおっしゃる通りです。で、す、が! パイセン、時代はダンジョン配信っすよ!」
「配信? あぁ、生放送のことか? 確かにSNSとかで生放送してる人はよく見かけるけど、あれって稼げるもんなのか?」
「パイセンって、なーんもわかってないんすね?」
わざわざ頭を下げた上で下から顔をのぞきそんできた。しかもドヤ顔である。
いちいちあおってくるのいい加減やめろ。話が進まないだろうが。
「そこらへんの詳しい計画は話すと長くなるんで、どっかオシャレなカフェにでも場所変えましょうよ」
「それもそうだな。クビになった会社の前じゃテンション上がんねぇわ」
俺はサナに連れて行かれるがまま、こじゃれたカフェに入ることになった。
これからどうなるのだろう? まだわからない。
ただ、俺はずっとサナを馬鹿にしていたことを反省した。
コイツは、俺なんかよりずっとすごいやつだ。
ダンジョン行く前の俺が聞いたら、ひっくりかえるだろうが。
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