鋼鉄の魔女

@remonpurin829

鋼鉄の魔女


 リーナ・ノア・アルリアが血の匂いに慣れたのは何歳の頃だろうか。

 彼女の隊服が初めて命の原液を吸ったのはいつ頃だっただろうか。

 何十人も、何百人も殺し続けて、異名が付いた事もかつては誇らしかったが、今思えば何と虚しい名前なんだ。


 リーナがやってきた事は単純だ。

 銃を構えて激鉄を起こし、引き金をするりと引き絞るだけ。

 そうするだけで一人の敵兵の人生を踏み躙る事が出来た。


 そこに命の重さは感じなかったし、悲鳴も聞こえてこない。

 命を金に換算する仕事。つまり傭兵だ。


 毎日戦場に出た。

 世界では未だに戦争が繰り返されている。仕事の場所には事欠かない。

 出陣する度に相手を殺し尽くした。いつしかリーナの前に立ち塞がる者などいなくなって。


 金と、名声と、無価値な自信だけが体に充満していた。

 下品な金勘定、誇りの無い戦い。

 それを是とする自分の生き様。


 溜まっていく鬱憤は煙草の様に彼女の体を蝕み、気が付けばリーナは購入した一軒家に閉じこもり、日々を過ごす様になっていた。

 齢15にして、彼女は初めて平和を知ったのだ。


 そこには腹の底に響く様な銃撃音も、戦場に渦巻く阿鼻叫喚も、血土に擦れる靴底の嫌に粘着質な音も、何も無かった。

 静寂があり、日々があり、平和があった。


 リーナは金だけは持っていたから、一等地に家を購入して日々を謳歌していた。

 戦場ではとてもじゃないが味わえない美味な食事。柔らかなベッド。温かい風呂。


 何とも幸せで、気楽だった。

 このままゆるやかぼんやりと余生を歩いて行こう、そう考えるくらいには。


 一年が経った。

 ……何とも暇な事だ。退屈過ぎて刺激が欲しくなる。

 かといって仕事はしたくない。


 ということでゲームを買った。

 誰とやる訳でも無いが、暇つぶし程度にはなるだろう。

 そういった情報に疎いリーナでも知っている程有名なソフトをいくつか購入し、時間を潰す様になった。


 二年が経った。

 ゲームの腕は上達し、対戦系のゲームではどれも最上位と呼ばれるランクまで上り詰めた。まあコレくらいは簡単だ。リーナには時間も忍耐力も有り余っていたから。


 最上位ランクに上がった時は嬉しくなった。

 興奮して、周りを見渡して。


 殺風景な部屋が視界に飛び込んできた。

 自分は一人、静かに生きている。

 自分を知る人間は無く、話し合える人間もいない。


 独りぼっちだ、私は。


 物心付いた時から父も母も持たなかったリーナはその時、初めて寂しいという感情を自覚するに至った。


 ゲームをするのも虚しくなって、リーナはベッドに寝転がる。

 天国の様に感じていたベッドも、その日は何だか冷たく感じられた。



 朝になって眼を覚まし、滅入る気を払拭しようと外に出た。

 今は夏。蒸し暑く、リーナが一番嫌いな季節だ。


 戦場でも夏は地獄だった。周りの兵士は臭いし、少し着込むだけで汗がダラダラと流れ出てくる。長時間動くと頭がガンガンと痛くなってくるし、本当に最低の季節である。


 白い半袖Tシャツに水色の短パン、安っぽいサンダル。オシャレのカケラも無い格好で外に繰り出したリーナはそこで運命の出会いを果たす事になる。

 それは壁に貼り付けられた一枚のチラシ。


「時給1100円? バイト募集中……?」


 時給1100円がバイトの中でもかなり良い部類なのは知っている。

 だがリーナの目を引いたのはそこじゃ無い。


「メイドさん求む。お試し期間アリ。メイド服だけでも着に来ないですか? ……。何だこの巫山戯た広告は」


 おおよそ正気で作った求人とは思えない内容であった。

 給仕では無くメイド募集。それに加えてお試し期間まで付いており、更にはコスプレ感覚でメイド服を試着しに行くだけでも良いらしい。


 怪しさ満点。狂ってる。


 リーナは刺激を求めていた。

 平和も悪く無いが、偶には良いだろう。


 軽い気持ちだ。本当に試着しに行ってやろう、この求人を出した奴の顔を拝みに行ってやろう、と。


 書かれていた住所はリーナの家から徒歩で十分のほど近い屋敷だった。

 なるほど、確かに豪邸だ。給仕を欲しがるのも頷ける。


 だがここまでの豪邸なら態々バイトを雇わずとも、正規の給仕を雇えば良い。やっぱり怪しさ満点だ。

 リーナは警戒を解かず、それでいて少しの高揚を抱えながらインターホンを押した。


「求人を見て来た。メイド服とやらを着せてみろ」


 バイト面接に来た人間とは思えない傲岸不遜な態度。

 そもそもアポイントすら取っていない。弾かれてもおかしく無いが……


『良いですよ。待ってて下さい』


 そんな返事が来た。

 声は女性らしい柔らかな声質で、何の躊躇もなく家に引き入れるとは……危機感が無いな。


 そうこうしている内に扉が開いた。

 中から飛び出して来たのは美しい少女。

 亜麻糸と見紛う程の光沢を放つ金色の髪、小ぶりで整った鼻と口、人形の様な顔立ち。


 何よりその瞳に惹かれる。

 例えるなら星空。満天に煌めく星々をぎゅうっと詰め込んだかの様にきらきらと輝いている。


「おはよーです! メイドさん候補ですね!?」


 しかも凄く元気。

 正直このテンションに付いていくのは疲れる。変人という予想はやはり間違っていなかったな。リーナは心の中でそう呟いた。


「いいや違う。メイド服を見に来ただけだ。さっさと着せろ」

「ふむふむなるほど、分かりました! ではこちらへ〜」


 少女は踊る様に歩を進め、リーナを家の中へと招き入れた。

 警戒心が無いにも程がある。今までどうやって生きて来たのか不安になるレベルだった。


「お前、不用心が過ぎるぞ」


 余計なお世話だが、これは流石に言わせてもらう。

 それが少女の為にもなるだろう。


「ふふっ、優しいんですね!」


 少女は軽やかな笑みを浮かべ、リーナの方へ振り向いた。

 リーナを捉えたのは蒼色に輝く一対の宝石。

 どこまでも深く、先の見えない宇宙の様な瞳。


「大丈夫です。私にはコレがあるので!」


 少女は目元を指してそう言った。

 そして何事もなかったかの様にまた歩き始める。

 リーナは少女に、人という枠組みを超越した“何か”を感じたが、だから何だという話だ。


 人でも、例え人を超越していたとしても。

 ここは私の間合いだ。殺すのに然程時間は掛からない。

 今殺されるなら、所詮そこまでの人間だったというだけ。リーナとしてはそんなモノよりメイド服の方が余程気になった。


 メイド服、リーナは実物を見た事が無いが、ゲームのキャラが着ているのは見た事がある。何とも魅力的な服装だった筈だ。それを着てみたいのも当然の話だろう。


 全く当然の思考では無いのだが、リーナもまた変人の一人だという事だ。


 屋敷の中は整理整頓がされているものの、埃が積もっている場所もよく目に映る。

 手入れが行き届いていないという印象を受けた。


「そうです、人手が足りなくって〜」


 少女は振り向きもせず、事も無げにそう言った。

 さも、貴方の考えている事は全部分かっていますよ、という様に。


「ふむ。一人か?」


 それに対してリーナは何の驚きも無く言葉を返す。

 それは一つの意趣返し。リーナの意地だった。


 少女はバッと振り返り、驚きを顔に貼り付けてリーナを凝視した。

 あり得ない者を見た、そんな表情だ。


「……驚かないのですね〜」

「驚いているぞ。そういうものだ、と受け入れただけだ」


 その答えを聞き、少女は初めて心の底からの驚きを顔に浮かべた。


「不思議な人ですね」

「その言葉はお前に返そう」

「ふふふっ、そうかも」


 少女は打って変わって落ち着いた雰囲気になった。

 先ほどまでの活発さは息を潜め、水を打ったかの様な静謐さを纏う。


「仮面が剥がれたじゃないか、お嬢ちゃん」

「ええ、見事に剥がされてしまいました」


 少女はくすくすと楽しげに笑い、たどり着いた扉を開けた。


「ほら、衣装部屋です。ここにお求めのメイド服がありますよ」

「やっとか。家が広すぎるのも困りものだな」

「えぇ、特に一人で住んでいるとそう感じますよ」


 開けた扉の先に広がっていたのは幾つもの衣装が収納された、所謂衣装室だった。

 何百着もの服が一挙に保管されていて壮観だ。


「確かここら辺に……、あった。これですね」

「おお! これがメイド服か!!」


 少女が取り出したのは機能的なメイド服、つまりクラシカルスタイルの物では無く、可愛さだけを追い求めたクラシックロリィタである。

 従来のメイド服よりは黒が多めに使われているが、その分彩られた白がよく映えている。


 肩出しにミニスカ、性癖が詰めに詰め込まれたメイド服だ。もう殆どコスチュームだが、その素材は高価の一言。これ一着で下手したら車が買えそうだ。


「良いのか?」

「勿論です。着替えはあちらで」


 リーナはメイド服を手に取り、少女に示された部屋でサッと着替えた。

 作りはそこまで複雑な物では無く、簡単に着る事が出来た。

 これを着るだけで何だか自分が高級品になった様に錯覚する。


「ほれ、どうだ?」


 早速更衣室を出て少女に見せびらかす。

 自画自賛だが、リーナは自分の見た目に自信があった。透き通る青髪は絹の様に柔らかだし、顔は間違いなく美人に分類されるであろう自覚もある。そのスタイルの良さも相まって、リーナは17歳にして妖艶な色気を醸し出していた。


「正直言って最高ですね。ぐっじょぶです」

「ふはは、そうだろうそうだろう!」

「むっ、ダメですよ? メイド服に身を包んでいる時はいつでもお淑やかに、嫋やかに、優雅に舞う蝶のようでないといけないんです!」

「あ、あぁ。分かった、分かったから」


 少女の余りの熱量に押され、リーナはつい了承してしまった。

 それに、少し面白そうじゃないか。

 メイドというのを演じてみるのも。


「初めましてお嬢様。私、リーナ・ノア・アルリアと申します。以後お見知りおきを」


 ゲームで覚えた台詞をスラスラと唱えて優雅に一礼。

 こういうのは得意だ。

 傭兵時代も礼儀が必要になった時はいつも美しい礼で乗り切っていた。


「おおっ! 正しくメイド! 完璧じゃないですか!」

「いえいえ、私などまだまだ。お嬢様には及びません」

「何たる役者魂……私、感動しちゃいました……」


 少女は心の底から感動した様に胸の前で手を組み、目をうるうるさせながらこう言った。



「決めました! ノア、私のメイドになって下さい!」

「え……」


 リーナは驚いて口を噤む。

 まさかこの演技だけでメイドになって欲しいと言われるとは……。


 個人的にこの少女のことは好ましく思うし、この短いやり取りでも多少の情はある。ならば答えは一つだろう。




「いや、普通に嫌だけど。めんどくさい」


「えええええええええ!」





 一年が経った。



「ちょ、ちょ、甲羅はダメですって!」

「はははっ! 知らんな、喰らえ!」

「いやぁぁぁぁぁぁ」



「ほら、ノアは双剣なんだから尻尾を切って下さいよ!」

「何を言っている。狙うなら急所だろう」

「いや尻尾が欲しいのぉぉぉぉぉ!」



「分かりますかリーナ、貴方の負けは決まっています」

「何を言う、今からヨットを出せば良いだけの話だ」

「ふふふ、果たして出来るかな……ぁぁぁああああ!」

「悪いな。私は天才なんだ」



「スマッシュ! スマッシュ!」

「ほい、ジャスガ。よわよわでちゅね〜」

「ぎにゃああああああ!」



 なんか仲良くなっていた。

 結局リーナは少女、星空ユラギの申し出を断った。

 日々に刺激は欲しかったが、仕事は面倒だ。


 だが、リーナは思い出したのだ。

 そういえば、一緒にゲームをする仲間が欲しかったんだ、と。


 それからだ。リーナは自分のゲームをユラギの屋敷に持ち込み、一緒に遊ぶ様になった。どうやらユラギは遺産を相続したから裕福らしく、仕事もしておらず、学校にも通っていないらしい。

 お互い18歳。まさかのタメ。

 二人は毎日の様にゲームをしたり、衣装部屋の服でコスプレをしたり、買い物に行ったりして遊んだ。


 気がつけばリーナはユラギに心を許す様になり、己の大事な人にしか呼ばせないリーナという名前を呼ばれても不快に感じなくなっていた。


「今日のご飯は何ですか?」

「そうだなぁ、シチューにでもするか」


 ユラギは料理が出来ない。それに掃除も苦手だし、というか家事全般ダメダメだった。その点、リーナはそれらを一通り出来る。

 聞けば今まではコンビニ弁当だったと言うではないか。

 それはダメだとリーナが奮起し、料理を作る様になったのだ。

 ついでに掃除もするし、洗濯もする。


 そう、リーナは気が付いていないが、彼女がしていることは殆どメイドだった。

 だが、それは彼女らが主従関係という訳では無い。


 お互いを思いやり、結果的に落ち着いた関係性。

 それがお嬢様とメイドであり、唯一無二の友だった。


「えへへ、私、リーナのシチュー大好きです」

「そりゃ良かった」

 

 ユラギは幸せそうな笑みを浮かべ、リーナの腕に抱きついた。

 リーナの身長は175。対してユラギは153しかない。

 ソファーの上、リーナに優しく包まれるこの時間がユラギは大好きだった。


「ねぇ、やっぱり私のメイドになってくれませんか? 毎日私に手料理を食べさせて下さいよ」

「なんだそれ、告白か?」


 ユラギは真剣な顔をして、真っ直ぐリーナに向き合った。

 お互いの目と目を合わせ、リーナが逸らせない様に両手で頭を固定する。


 リーナを見つめるのは星空の様な深い蒼。


「……そうだと言ったら?」


 沈黙を破ったのはユラギの方だった。

 その声色は余りに真剣で、冗談と言うには無理がある。


「……やめだやめだ。こういうの苦手なんだよ」


 リーナは、無理やり目を逸らした。

 ユラギの両手を掴んで離し、ソファーから立ち上がる。


「じゃあ食材買ってくるわ。話はまたその後な」

「え?」


 リーナはソファーで固まるユラギの頭に手を置き、ゆっくりと撫でた。


「メイドになってやるっつってんだよ。ユラギ、お前だけのメイドにな」


 ユラギは瞳の中に大粒の涙を溜め、くしゃりと笑った。





 リーナはシチューに必要な食材を買い終わり、帰路に着いていた。

 もう心は決まっている。リーナはユラギと過ごす日々にこれ以上ない幸せを感じていたのだ。


 ユラギが望むならメイドにでも何にでもなってやる。それであいつが喜ぶなら万々歳だ。そんな風に考える様になってしまった。


 今回の具材は奮発した。きっと今までで一番美味しいシチューになるだろう。

 どんな笑顔を見せてくれるだろうか、美味しいと喜んでくれるだろうか。


 そう、思っていた。



 日常は容易く崩れ去る。

 平和は絶望の上に建てられた偽りに過ぎぬ。


 知っていた筈なのに。

 戦場に身を置いていたリーナは、それが骨の髄まで染み込んでいた筈なのに。


 幸せに浸かり過ぎた。平和に身を置き過ぎた。

 それが戦場で何十人と殺して来た彼女へ与えられる罰なのだろうか?


 ツンッ、と嫌な匂いがした。

 何かが焦げる様な匂い。それは間違いでなければ……



 ……ユラギの屋敷がある方向から漂って来ていた。


「クソッ! ユラギ!」


 リーナは両手に持った袋を投げ捨て、全力で駆ける。

 彼女が辿り着いた時、屋敷は既に燃え盛っていた。


「おい、おい! ユラギ、どこだ! 返事をしろ!」


 大きな扉をこじ開け、燃え盛る炎をものともせず飛び込む。

 身を低くしながらも速度を落とさず、リビングルームへと向かった。


 そこで見つけたのは夥しい量の血痕。

 何かを引きずったかの様な血の跡はユラギの部屋の方まで続いていた。


 リーナはそれを追い、扉が開いているユラギの部屋に駆け込んだ。


「あ、あはは、きてくれたんですね……」


 そこにいたのは床に座り込み、ベッドに背を預けたユラギ。

 ユラギの服には血が滲み出ており、顔も青ざめている。


 直感した。

 戦場で何度も何度も見たことのあるモノ。


 即ち、確定された死の予感だ。


「な、何があったってんだよ!」


 リーナは急いで手当てをしようと駆け寄った。

 だがそれを止めたのは他でも無いユラギ。

 リーナの胸を震える手で抑え、緩やかに首を振った。


「い、嫌だ! 死なせねえ!」

「ごめんなさい、……もう、だめ、みたい……」


 ユラギは震える声で言葉を紡ぐ。


「……けほっ、……どうしても、りーなとの、おもいでだけはまもりたくって……」


 ユラギが傍から取り出したのは何本かのゲームソフト、二人で買ったお揃いのキーホルダー、そして……畳まれたあの時のメイド服。


「わたしがね……わたしがばけものだから……。わたしがさわったものはぜーんぶもやすんだって。じょうかするんだって」

「な、何を言って……」


 リーナは全く状況が飲み込めなかった。

 ユラギが話すのを止めなければ、と思う気持ち。今話さなければ、永遠に話せなくなってしまうかもしれないという葛藤。


 その二つがぶつかり、それ以上に大きな感情がいくつも飛び出してくる。


「わたしね……こころがよめるんです。だから……ば、、もの、だっ、って」

「そんなのとっくに気づいてた! そんなので、その程度で化け物だと!」


 ユラギはこんな状況でも、ゆっくりと口角を上げた。

 それは彼女の愛した人が、自らの死を悼んでくれることへの感謝だった。


「ねぇ……りーな、……わたしの、めいどさん。……さいごに……りーな……の、はれ、すがたを……みせて、ほしい」


 ユラギはメイド服を指差して言った。

 こんな状況で何を馬鹿なことを、とは思わなかった。


 ただ、願いを叶えてあげたい。

 その想いだけがリーナを突き動かす。


「分かった。見ておけよ」


 リーナはその場で服を脱ぎ、メイド服を纏った。

 黒を基調にしたクラシカルロリィタ。あの日、あの運命の日と同じメイド服だ。


 リーナはメイド服に身を包み、ユラギに覆い被さって膝を着いた。

 そして耳元で囁く。


「お嬢様、お休みの時間です。どうか、安らかに」

「え……えへへ。……しょー、じき……いって、……さいこー、ですね」



 その日、星空家の屋敷は全壊。

 だが屋敷の主である星空ユラギの遺体は今も見つかっていない。





 一人の少女がいた。

 その少女は全てを奪われ、そして誓った。


 必ず復讐は果たす。

 そしてその暁には、自らの主人の元へ。


 情報は集めた。

 主人を殺め、屋敷に火をつけたのは裏の連中だ。

 心を読む。この理外の力が存在していれば、いずれ自分たちの罪がお天道様の下へ晒される。そう考えた彼らの一方的な殺人。


 主人が心を読めるというのは有名な話だった。そのせいで、世話係や給仕が誰一人近づかなかった。


 誰もが恐れていたのだ。

 星空ユラギが持つ、心を読む力を。





 舐めやがって。

 ユラギを馬鹿にしやがって。

 

 少女、リーナはメイド服を纏った。

 手に持つのはかつての相棒、スルトフラカルA21。純真なる黒の名を冠する、全長1メートル半の巨大なスナイパーライフルである。

 金属特有の肌に張り付く冷たさ、鈍重で暴威を感じさせる重量。


 すぅ、っと息を吸う。

 これから、復讐劇が始まる。


 今回の事件はかなり力を持つ組織が起こしたらしい。

 その構成員は少なく見積もって一千人。


 全員殺す。

 事件への関与だとか、そんなことは関係ない。


 誰が事件に関わったのかは分からないのだ。

 ならば殺す。絶対に逃さない様に。


 だから見ていて下さいお嬢様。


 少女、リーナ・ノア・アルリアは一つ息を吐き、激鉄を引き起こした。






 その日、裏組織“ブラッドハウンド”では集会が行われていた。

 年に一度の大集会、組織の構成員全員が一同に会する大イベントである。


 勿論、その分警戒も厚い。

 警察が来るかもしれないし、対立しているヤクザの襲撃も有り得る。


 故に構成員の内、戦闘を担当するおよそ600人は防弾チョッキと防弾ヘルメットを着用し、銃器を携帯していた。

 集会場を狙撃できるポイントの見張りも欠かさずに行っており、その場の安全は確保されている。


 ブラッドハウンドのボス、多々良は最高の気分だった。

 長年、目の上のたんこぶだった星雲家は消えた。今ではブラッドハウンドの発展を邪魔する者など誰もいない。


 構成員、総勢1037人が綺麗に整列する姿は圧巻の一言。

 マイクを持ち、高揚と共に演説台に立って。


 次の瞬間、轟音。

 そして着弾。


 多々良は反応することも出来ずに脳漿をぶち撒け、つまらない人生を終えた。

 その場は一瞬静まり返り、次第に全員が動揺を隠しきれず、騒ぎ立てる。


 だが次の瞬間、それらの騒音を黙らせる様に轟音が鳴り響く。

 今度は構成員達の中央へ着弾し、三人の命を散らした。


「馬鹿な! 狙撃可能地点は全て裳抜けの殻な筈だ!」


 部隊長が叫ぶが、その言葉を嘲笑うかの様にまた轟音、そして着弾。

 悲鳴が跋扈し、命が擦り減らされていく。


 だが、地獄はこれからだ。


 ダンッ、とまた轟音が響き。

 今度は五つの地点で爆発が起きたのだ。


「は?」


 惚けている部隊長の脳天をぶち抜く一筋の光。


 リーナ・ノア・アルリア、2670メートル先からの超遠距離狙撃。

 かつて戦場で誰よりも畏れられた伝説の傭兵。


 彼女のいる戦場には決して近づくな、とまで言わしめた幻の狙撃手。

 “鋼鉄の魔女”、リーナ・ノア・アルリア。


 此処に再誕。


「散れ! 障害物に身を隠せ!」


 何とか動き出した部隊長の一人が声を張り上げる。

 それに突き動かされ、全員が散り始めた。


 だが許されない。

 逃げようとした者から死んでいく。

 もう逃げ場など無い。そこは既に魔女の箱庭。


 リーナの狙撃可能距離は5200メートル。

 それはリーナが類稀なる狙撃の才を持つことも理由であるが、やはり最も大きな理由は彼女の持つライフルにあるだろう。


 スルトフラカルA21、この世に一丁だけしか存在しない、リーナの為だけに製造されたスナイパーライフルである。

 そのライフルは無駄を極限まで省き、ただ飛距離と威力だけを追求した結果生まれたモノだ。余りに速い弾は風に強く影響され、狙ったところに撃つのは至難の業。


 だがその代わりに与えられた圧倒的な暴力。


 放つ弾丸は防弾チョッキなど意にも介さず、ブチブチと肉を食い破る。

 スナイパーライフルでありながら、その威力は一般的なアンチアテリアルライフルを僅かに上回る。


 銃身は全て鋼鉄で構成され、銃弾も従来の物より更に強力。

 正しく兵器。人に向けられる様な物ではない。

 そして勿論、スルトフラカルが使い手に興す衝撃は凄まじい。

 普通の人間が撃てば両腕が弾き飛び、二度と使えなくなるであろう暴れ馬。


 だが、スルトフラカルはリーナを選んだ。

 いや、最早これは選んだという陳腐な言葉で言い表せる事象ではない。


 俺を使え。俺を使っていいのはお前だけだ、と。

 そうリーナに己が身を託したのだ。


 そしてリーナはその期待に応えてみせた。


 スルトフラカルにスコープは無い。肉眼で3000メートル近い距離に点在する標的を視認。素早く演算。ミクロン単位で体を制御し、角度を調整。激鉄を起こし、引き金を引く。轟音。


 この間僅かコンマ一秒。


 放たれた弾丸が相手に着弾するのを確認する前に、襲い来る衝撃を逆に利用する。

 勢いそのままに体を回転させ、激鉄を起こす。

 そしてぴたり、と止まった時、その銃口は次なる獲物に向けられていた。


 また轟音。

 獅子の咆哮にも似た、衝撃すら感じさせる爆音だ。


 それを五連続。

 リーナは一秒も経たぬ内にスルトフラカルを六度、撃ったのだ。

 もはや曲芸。いや、魔法の域である。


 着弾を確認すると、猫の様にしなやかな動きでビルとビルの間を飛び回り、次の狙撃スポットへ向かう。

 それもスルトフラカルを背負ったまま。とんでも無い事だ。


 ブラッドハウンドが狙撃可能地点として見ていたのは精々が五百メートル付近。

 だが鋼鉄の魔女を前にして、その予測は何の意味も持たない。


 リーナの肉眼が捉え切れる距離であると同時に、スルトフラカルの銃弾が減衰無しで届く5200メートル。これよりも短い距離ならば、リーナの放つ弾丸が外れる事は“有り得ない”。


「最期にドス黒い花を咲かせてみなさい。それだけが手向けです」

 

 ただ刈り取っていく。

 無感動に、非情に、それでいて鮮烈に。

 障害物に隠れようが関係ない。それごとぶち抜けば良いだけの話。


 これは作業。スルトフラカルを握れば己の勝利が確定する。

 そんなことはとうの昔から分かりきっている事実だった。


 大凡600人。

 狙撃を始め、僅か5分で殺した人間の数だ。


 このまま進めば10分も経たずに全員始末出来る。

 だが、現実はそこまで甘くない。


 断続的に鳴り響いていた轟音が、止んだ。


「……弾切れですか」


 スルトフラカルの銃弾は特別製だ。

 リーナが傭兵時代に確保していた物以外、この世に存在しない。

 始める前から当然想定していた。


 恐らく弾切れになる。

 そして、そこからは己の手で命を刈り取らねばなるまい。


「さて、ここからが本番です。行くとしましょう」


 リーナはメイド服の上からベルトを巻き、少し考えて止めた。

 そんなの全然優雅じゃない。ユラギが好きだったメイドらしくない。


 どこまでもお淑やかに、嫋やかに、そして何より優雅でなければならない。

 それが星空ユラギの専属メイド、リーナ・ノア・アルリアの選び取った生き様だった。


 結局持ったのはコンバットナイフを二本だけ。

 お揃いのキーホルダーをポケットに入れ、空を見上げた。


 雲ひとつ無い晴れ渡る蒼空。

 これならユラギも天国からよく見えるだろう。


 リーナは駆ける。戦場へ向かって。

 死ぬかもしれない。いや、恐らく死ぬだろう。

 近接戦闘はリーナの本分では無いのだから。


 それでも良い。

 死んだら死んだで会いに行こう。


「始めましょうか」


 お嬢様。貴方に捧ぐ、鎮魂歌です。





 戦場にはどこか安堵が溢れ出ていた。

 横を見れば仲間が死に、気がつけば自分も死んでいる。そんな地獄がやっと終わったのだ。


 何が起こっていたのかは正直分からない。

 それでも訪れたこの平穏が、状況への恐怖へ強烈に効いた。


 場は沈静化し、定められたリーダーの指示通りに動く。

 だが彼らは知らない。


 今からが真の地獄だ。


 それとも聞こえないというのか?

 一歩、また一歩と迫り来る────




──────死神の足音が。


「けはっ!」


 一人の構成員の首からナイフが生えて出た。

 それと同時に隣にいた男の手首が切り落とされ、流れるように振るわれた刃が心臓を刺し貫く。


 既に亡き者となった二人を踏み台にして跳躍。独りの死神が降り立った。


「囲め! 撃ち方構え!」


 指揮を取る男は直ぐ様反応し、リーナを囲ませる。盾と銃を構え、防弾チョッキを着込んだ戦闘員が十数人。


 それに対し、リーナが纏うは薄皮一枚。

 だがそれが何よりリーナに力を与える。

 メイドにとっての戦闘装束なのだ。


「名前と所属を答えろ」


 リーダーの男が質問を投げかける。

 この状態になって、こちらの敗北は消えた。後は状況の把握に務めなければならない。


 そう考えての言葉。



 あぁ、全然駄目だ。なってない。


 分かってない、身に沁みてない。


 眼の前にいるのがこの地球という星において、ぶっちぎりの危険度を誇る生き物だということを理解していない。


 リーナが目を見開く。

 その瞳は────




───星空を詰め込んだ様に煌めいていた。




「ノア。ノアール。貴方達を黒く染めあげる者の名です」


 リーナの姿が掻き消えた。

 いや、そうではない。


 消えたと一瞬思ってしまう程の速度で身を低く沈めたのだ。それこそ地を舐めるように低く。


 銃を向けていた戦闘兵ですら、とても反応出来ない速さ。


 全身をバネの様に縮め、開放。

 正面にいた男の目にナイフを投擲。思わず反応してしまった男の首を掻き切った。

 まずは一人目。


 勢いそのままに体当たり。八極拳の鉄山靠に似た構えで押し出し、腰に挿してあったハンドガンを抜き取る。

 リボルバー式の物で、ずっしりと伝わってくる重みが心地よい。


 勿論防弾チョッキを着込んだ人間に対し、ハンドガンは致命傷になり得ない。


 ただそれは使い手がリーナ以外であった場合、であるが。


 死体と化した男を盾に銃弾を防ぎ、近くにいた戦闘員へハンドガンを向ける。


 そして早撃ち。

 瞬く間に両腕の肘を撃ち、銃を握れなくした。


 顎を蹴り上げ、露出した首にナイフを捩じ込む。これで二人目。


 息を吐くリーナに何処からか銃弾が迫る。

 それは狙撃。彼らが確保していた狙撃ポイントからの凶弾であった。


「構えてから撃つまでに何秒掛けているんですか。少々ノロマ過ぎますよ」


 迫りくる銃弾に対し、リーナがしたことは簡単だ。右手に持ったハンドガンで銃弾を薙ぎ、軌道を変えて敵戦闘員に当てた。


 ただそれだけ。リーナからすれば出来て当然の技術。


「ひしゃげましたね。何とも脆い事で」


 勿論ハンドガンは損傷したが、リーナは衝撃を受け流している。

 二人目の死体からアサルトライフルをもぎ取り、身を低くして構えた。


 瞬時に呼吸を整え、漫然と周囲を見て状況把握。

 己に向けられている銃口は52、その中でも“殺す覚悟”のある銃口は24。技術の練達を感じられるモノは12。


 更に狙撃手が一人。そいつは同じ高さの場所からライフルを構えている。全くもって脅威では無い。


 状況整理完了。

 なるほど、中々に絶望的だが……


 ……殺してみせる。


 アサルトライフルはコルトの系統か。

 誰でも使い易く、それなりの火力がある。


 なるほど、練度の低い雑兵に持たせるには丁度よい塩梅の物だろう。


 アサルトライフルは他の銃に比べると雑に使っても強い。それだけその銃自体が持っている力が高い水準にあると云う事だ。


 つまり、効率的に使ってやれば何より化ける銃だと言える。

 そんな代物を、人を殺すという事に賭けては並び立つ者がいないリーナが持っている。


「死の宴です。精々悲鳴を上げなさい」


 リーナは銃口を小刻みに動かしながらアサルトライフルを連射した。


 放たれた銃弾は近くにいた戦闘員を四発で仕留めきる。

 狙うはこめかみ一点だけ。

 バラける銃弾を全て同じ場所へ撃ち込み、ヘルメットの装甲を抜いた。


 その余りに理から外れた銃制御を前にして、彼らは絶望に動きを止めてしまう。


 それが致命的だった。

 一人、又一人。人を撃ち殺す覚悟がある奴から殺されていく。


「さっさと撃て! その銃は何のためにある!!」


 指揮を取る男の声で何とか持ち直すが、その頃には十五人が撃ち殺されており、残っているのは覚悟の足りない者が大勢。


 何とか銃は構えるものの、引き金は引きっぱなし、まともに狙えてすらいない。

 だが、その中にもやはり覚悟を決めている奴はいる。彼らはきっちりと盾を構え、リーナに照準を合わせて来る。


 その数は合計で13。

 対してリーナはメイド服。一撃でも急所に貰えば即死。


 だがリーナは退かなかった。退けなかった。

 あの時のユラギの声が今でも脳にこびり付いている。鼻の奥に棲みついて離れない血の匂い、瞳に刻まれて未だ褪せる事のない死に姿。


 許せない。


 許せるものか。


 よくもユラギを、無二の友を、認めた主人を。


「あああああああああ!!!!」


 リーナは震える体を一喝。気合いで抑え込み、前方を睨みつけた。

 そして始まる銃撃戦。


 13の銃口から放たれる絶死の凶弾はしっかりとリーナに向かってくる。

 負けじとリーナも銃を構え、引き金を引いた。


 空中で幾十、幾百と火花が散る。


 彼らはその時、奇跡を見た。


 空中で銃弾が弾き飛ばされている。

 それも、一つも逃す事なく正確に。

 一体何が起こっているのか、いや、状況を見れば分かる事だ。


 撃ち落としている。

 リーナの体にはたった一筋の弾丸も届かない。


 それに加え、リーナは反撃まで行っていた。

 幾らリーナとは言え、銃の性能に違いは無い。ならば決め手になるのは使い手のテクニック。


 リーナは一人、対して相手は13人。それに加えて意図せぬ素人の弾丸も飛来する。

 相手にしようと考えるのも烏滸がましい人数差。


 だがリーナは踊る様にステップを踏んで的を絞らせず、更には“跳弾”を利用して一つの弾丸で二つ、三つの弾丸を撃ち落としていた。



 神業。

 この言葉は彼女の為にある。



 十、二十、三十、とリーナは敵対者を殺害していった。

 当然リーナも人間だ。集中力は途切れ途切れだし、体力も限界をとうに超えている。


 全ての銃弾を捌き切れる訳では無い。

 視界は霞み、意識は薄れ、自分が本当に生きているのかさえ曖昧になってくる。


 敵は未だに数多く、とても殺し切れる人数だとは思えない。


 だが止まらない。

 リーナは動かなくなった左脚を引き摺り、上がらなくなった右腕を無理やり動かして突き進む。


「があああああああ!!!!!」


 首を掴み、頸動脈に歯を立てて食い破る。

 眼窩に指を差し込み、脳をぐちゃぐちゃに掻き回す。


 これで、合わせて九百人は殺したか。


 どこまでも泥臭く、全く優雅では無い。

 リーナが志していた気品のあるメイドの姿とは似ても似つかない、悍ましい気迫。




 すまないユラギ。

 こんな無様を晒してしまって。


 これは私の復讐だ。私のエゴを煮詰めた、ドブの様に薄汚い殺戮劇。

 ユラギの為じゃない。私が、リーナが、ユラギのリーナとして自分を認める為の戦いだ。


 一千人を越す人間を殺すと決めた。無理だと分かっていて尚決行した。

 それは誰が為に?


 それは私の為に。

 誰がユラギを悼む? 誰が彼女の無念を晴らす?


 私だ。ユラギの唯一無二の友、リーナ・ノア・アルリアだ。

 私だけにその権利がある。


 そう吠えた。


 そう哭いた。


 独善的で、醜い、私の中に渦巻く感傷。


 寂しい、寂しいよユラギ。

 私はお前といるのが1番の幸せだったって言うのによ!


 なんで居なくなっちまったんだよぉぉぉ!!



「うああああああああ!!」


 リーナは吼えた。

 流血が止まらず、激痛が走り続ける体を動かして立ち向かった。


 刺す。薙ぐ。抉る。裂く。削る。撃つ。

 殺す。殺す。殺─────────






────────カチッ、と音が鳴った。



「とんでもねえバケモンだぜ。お前は」


 ブラッドハウンド最後の生き残り。指揮をしていた男だった。

 リーナの頭には銃口が押し当てられている。


 どうやっても……詰み。


 気合いではどうやっても補えない、生物としての限界。

 リーナは自分の体がほんのぴくりとも動かなくなるのを感じていた。


 もう動けない。少しの力も入らない。


 あと一人、あと一人なんだ。

 頼むユラギ。あと一撃、力をくれや。


「流石に終わりだ。諦めな」


 男はゆっくりと引き金を引き絞り、銃声。

 リーナの頭から脳漿が飛び散り、眼球が抉り出る。

 衝撃で数メートル後ろに吹き飛び、何度も転がって倒れ伏した。



 だが────



「おいおい、嘘だろ……」



 ──────終わらない。


 リーナは頭の半分から脳が飛び出した状態でありながら、立ち上がった。

 その眼は虚ろで、本当に物が見えているのかも怪しい。


 だが立っている。


 リーナは、間違いなくそこに立っている。

 そして、その手にはスナイパーライフルが握られていた。


 そう、地上に一人だけ居たスナイパーが使っていた物だ。

 リーナが死に場所に選んだのは、スナイパーライフルの近くだった。


 これなら殺せる。

 例え戦場の何処に生き残りが居ようとも。


「計算してたってか? この状況で? ほんとに人間かよ……!」


 驚愕する男だが、リーナの耳にその声は届いていなかった。

 リーナの心に去来するのはユラギに対する想いだけ。


 守ってやれなくてすまない。共にいてやれなくてすまない。


 私は、ユラギのメイド足る姿を見せられただろうか。


 私は最後まで優雅で居られなかったが、それでもお嬢様は私を許してくれるだろうか。


 私は、もう……



  ……貴方の下へ、行って良いだろうか?


 


 戦場に一つの銃声が響き渡る。


 そして鋼鉄の魔女、リーナ・ノア・アルリアの物語も幕を閉じた。



 伝説の傭兵、鋼鉄の魔女、リーナ・ノア・アルリア。

 記録によると彼女は単騎で裏組織、ブラッドハウンドへ襲撃。

 計1037人。その構成員の全てを殺害したという。

 

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鋼鉄の魔女 @remonpurin829

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