第4話 日々形作っているもの
すると杏菜は可笑しそうに笑ったが、その後に不思議そうな表情になり、「でも、なんでルビーとサファイアが私たちと同じなんですか?」と尋ねた。
「ルビーとサファイアはコランダムという鉱物で、どちらも『Al₂O₃』と表記できると説明しましたね。そしてルビーとサファイアが内包——つまり、内に秘めているものが違うことで色も変わります。ここまではいいですね?」
「はい」
「杏菜さんと玲菜さんは双子で遺伝子的に近く、ご両親から受け継いだものもほとんど同じなので、確かに似ています。でも二人は、毎日全く同じことを過ごしているわけではないでしょう? 同じこともあるけれども、違うこともあるはずです。考えていることも同じではないですし、経験していることも違います。それはルビーとサファイアに含まれる
「……」
「新体操の練習だって、全て同じメニューをしていたわけではないのでは?」
そう尋ねられ、杏菜ははっとする。
「……私、ボールを使った演技が玲菜より下手で……それで、練習を多くしていました」
「そうですか。頑張ったんですね」
「がんば……った?」
「私はそう思いますが、杏菜さんはそう思いませんか?」
すると杏菜の瞳が急にうるんだ。
「あ、あれ? 涙が……出て……先生、すみません。悲しいわけじゃなくって、そのなんか……ごめんなさい」
「大丈夫です」
流れてくる涙を袖などで必死に拭う杏菜は、気を紛らわせようとしてなのか、心の内を
「先生、私、本当は……玲菜を待たずに帰りたいんです。玲菜の……頑張っている姿と楽しそうな顔を見たくないから。でも、玲菜が『部活終わるまで待っていて』って言うから、私、意地でも残っていなくちゃって思っていて……」
「しかしそれでは杏菜さんが辛いでしょう。『本当は帰りたい』と言うのは難しいですか?」
「だって、それを言ったら玲菜が『新体操を辞める』って言い出すかもしれないじゃないですか……。ただでさえ、私が怪我をしたときも『一緒に辞める』って言ったんですから」
「杏菜さんが恐れていることはそこなんですね」
「え?」
「玲菜さんが、杏菜さんのせいで新体操を辞めてしまうこと」
双子だからこその考え方なのかもしれない、と深山は思った。
ずっと一緒にいるからこそ、片方が辞めてしまったら一緒に辞めるのも当然だと思っているのだろう。そのため玲菜は、杏菜が応援してくれないのであれば、あっさり辞めてしまうに違いない。
だが、杏菜はそれを望んでいない。それはきっと彼女の行動や感情で、妹の進む道を決めつけたくないからだろう。
深山の問いに、彼女は少し考えてから頷いた。
「……そう、ですね」
「杏菜さんの気持ちは分かります。でも、双子だからといって杏菜さんも玲菜さんも、どこまでも同じ道を歩む必要はないんです。違う道を進むことも選択の一つです。ルビーとサファイアのように」
「……先生は、どうするべきだと思いますか?」
答えを待つ彼女に対し、深山は答えは出さなかった。
「それは分かりません。しかし二人の気持ちを尊重した答えが出ることを望みます」
「でもどうすれば……」
「話し合いが必要です」
「話し合い……」
「話さなくても分かることもありますが、話さなければ分からないこともありますよ」
「……」
杏菜は困ったように
「それが難しければ、今は『美術室の教室が閉まるから先に帰る』で良いと思いますよ」
すると杏菜は顔を上げる。
「そうでしょうか?」
「ええ」
すると杏菜は窓から見える体育館を見て、それから自分の荷物をじっと見る。だがそう長い時間でもないころに、彼女はスクールバッグを背負った。
「先生、私、帰ります」
「いいと思いますよ」
「それから……」
杏菜はそう呟き、ふうっと小さく息をはき出すとはっきりとした声で尋ねた。
「私が帰ることを、玲菜に伝言してくれるって言ってましたよね?」
「はい」
「じゃあ……、お願いしていいですか?」
「ええ。玲菜さんに言っておきます」
すると杏菜は大きく頷き、何かを一つ乗り越えたような、覚悟を決めたような凛々しい顔をして、「お願いします。先生、さようなら」と挨拶をした。
「はい、さようなら。気を付けて帰ってくださいね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。