第28話 寄坂櫛奈は自覚する
誰彼モカ。芳呉サカナ。寄坂からすれば因縁深い相手だ。
私たちの当面の目的である「この不満の正体」についても、彼が追い続けている「ホワイダニット」についても、彼と接触すれば何かしらの手がかりを得ることができるだろう。だけど――
私はチケットを前にした寄坂を見る。彼は返事をためらっていた。まるで恐ろしいものを見るかのように顔をこわばらせて、私の手元をじっと見つめている。
もし、彼の中の不満の正体が「さみしさ」だったとして、それを自分の生みの親に拒絶されでもしたら、彼はどうなってしまうのだろう。
少なくとも、ひどく傷つくことは間違いない。
私は少し黙り込んだ後、よし! と気合いを入れて立ち上がった。
「とりあえず他を回りましょう! 時間は有限ですし! まずはうちのクラスのお化け屋敷なんてどうです?」
笑顔でそう言ってやると、寄坂は何度か目をぱちくりとさせた後に小さくうなずいた。
「……ん、そうだね」
「はい! じゃあお化け屋敷は本校舎の二階だから――」
案内マップを片手に私は歩き出す。それに引っ張られるように寄坂のホログラムも後ろについてきた。
ふよふよと隣に追いついてきた寄坂を見上げて、私はなんとなく言う。
「手がつなげたらよかったんですけどねー」
「何がいいんだよ、よくないよ」
「あっ、恋人みたいって思いました? やだなあ、迷子になりそうな弟みたいだなって思っただけですよ?」
「なお悪いだろ!」
年下扱いされて、寄坂は全身を使って憤慨する。それがまた子供っぽく見えて、私はくすくすと笑った。
「ほら、お化け屋敷につきましたよ。……大人二名お願いします!」
受付係のクラスメイトに元気よく言うと、彼は私に怪訝な目を向けてきた。
「はあ、二人?」
「はい! 目には見えないけどここにいるんです!」
そう言って隣を指さすと、受付係は顔を引きつらせながらチケットを手渡してきた。
「やめろよ、お化け屋敷に本物のお化け持ち込むの……」
怯えた視線を向けてくる彼の前を通り過ぎ、私たちはお化け屋敷へと入る。すると、それまで黙っていた寄坂が声を潜めて囁いてきた。
「お前……絶対誤解されるからそういう風に僕を扱うのやめろって」
「んー、でも今日は寄坂さんと一緒に学園祭を巡るのが目的ですし」
ちらりと傍らに浮かぶ寄坂を見上げる。
「二人で楽しまないと、一緒に巡ったとは言えないんですよ?」
渾身のどや顔で言ってやると、寄坂はむずがゆそうに顔をゆがめた後、うつむいてぼそぼそと言った。
「……それならまあ、いいけど?」
「はい! いいんです! さあ、恐ろしいお化けが出てきますよ!」
わいわい騒ぎながら進むと、持ち場についていたお化けがタイミング良く飛び出してきた。
「うひゃあ! お化けですよお化け!」
「はあ、何が怖いのそんなの……」
その時、うんざりとした顔で先に進む寄坂に当たりそうなほどすれすれの位置に、呪いの人形がぽとりと落ちた。
人形は床に落ちると、両手両足をバラバラに動かしながら、ケタケタと笑ってこちらに迫ってくる。寄坂は悲鳴を上げた。
「う、うぎゃあ!? 気持ち悪い気持ち悪い!」
「あはは、逃げましょう! こわーいお化けがまだまだいますよー!」
突然壁から出現する手、シンプルに追いかけてくるゾンビ、井戸から這い出てくる幽霊。そのすべてに律儀に悲鳴を上げながら、私たちはお化け屋敷を駆け抜けていく。
やがて出口に到達した頃には、寄坂は縮こまって私の体にしがみついていた。
「寄坂さーん? もう終わりましたよー?」
「うるさい。僕は怖がってなんていないぞ。統計的にお化け屋敷ではこういう反応をするのが正しいからしてるだけで」
「ふふふ、そうですねー」
ニコニコ笑いながら次に向かったのは、謎解きゲームだ。
「昨日は途中リタイアしちゃいましたからね。今日こそはクリアしますよ!」
「はいはい、まあ僕なら楽勝だけど」
その宣言通り、寄坂はスラスラと謎を解いて私を誘導していった。
まるで最初から答えを知っているかのようなそのスピードに、私は思わず疑いの目を向ける。
「まさか寄坂さん、カンニングしてるんじゃ……」
「はあ? そんなことしなくてもすぐ解けるでしょ。君が特別にバカなだけでしょ」
「ば、バカじゃありません! 人よりもちょっと軽挙妄動なだけです!」
「なんでそういう語彙だけはあるんだよ……」
そんな、なんてことない会話をしながらゲームは進み、私たちはついにゴールにたどり着いた。
「おめでとうございます! ゲームクリアです!」
「わーい!」
クリア賞品は、学園祭の間だけ身につけられるホログラムのバッジだった。どうやら自分の眼鏡からの位置情報で、シールが体に貼られているように表示できるらしい。
私は嬉々としてそれを胸に貼った後、寄坂にもバッジを差し出した。
「はい、これなら寄坂さんもつけられますよね!」
寄坂は瞠目した後、おずおずとそれを受け取った。そして、それを自分の胸につけると、私におそるおそる尋ねてきた。
「……どう? 似合うかな?」
「はい、とっても!」
にっこりと笑って返事をすると、寄坂はエラーを起こしたように一時停止すると、すぐに顔を覆って体を丸めてしまった。
「あーだめだ、よくわかんないけど、何? なんだか満たされててむずがゆい……!」
「ふふ、それはですね。『うれしい』っていうんですよ!」
明るく教えてあげると、寄坂は目を見開いて信じられないという表情でこちらを見てきた。
「ありえない……だって、僕の自我は作り物の見せかけだけで……」
「『さみしい』と『うれしい』の二つも感情を抱いているのに、まだ否定するんですか?」
「うっ……」
寄坂は言葉に詰まり、困り果てた表情になる。どうやらそれを認めるためには、彼の中の大きなハードルを超えないといけないらしい。
私はさらに言葉を重ねようとしたが――その時、不意にスピーカーからアナウンスが鳴り響いていた。
『学園祭ライブ入場時間となりました。チケットをお持ちの方はお早めにお集まりください。繰り返します――』
時計を確認すると、もう15時半になっていた。あの二人のライブを観に行くのなら、そろそろ向かわないとまずいだろう。
私はそっと、寄坂の様子をうかがった。
「……どうしますか?」
寄坂は表情を硬くしてスピーカーを見上げていたが、深呼吸をするような動作をした後、おずおずと言った。
「……とりあえず、入場口まで行ってみてもいい?」
10分後、ライブ会場の近くまで来た私たちは、入場口を遠目で眺めていた。隣の寄坂の瞳に浮かんでいるのは、強い不安だ。
……時間ギリギリまで悩ませてあげよう。
そう思って私が沈黙していると、寄坂はライブ会場を見つめたまま、ぽつりと言った。
「……あと数時間で学園祭は終わっちゃうんだよね」
名残惜しそうに言う寄坂に、私は静かに相づちを打つ。
「……はい、でも楽しかったですよね?」
確認するようにそっと尋ねると、寄坂はぐっと顔を歪めた。
「楽しかった。怒ったり、困ったり、うれしいって思ったりして……この時間が終わっちゃうって思うと、すごく、嫌だって思う」
自分の中の不確定な要素に、寄坂は一つ一つ大切に名前をつけていく。そして最後に、寄坂は振り返った。
「これが『さみしい』ってものなら、僕はずっと『さみしい」って思っていたんだなって。そう思った」
自分自身でその結論にたどり着き、寄坂は苦しそうに顔を歪める。
もうすぐ学園祭は終わる。この夢のような時間は終わり、暗くて寂しいあの部屋に彼は戻らなければならない。
私には、そんな寄坂櫛奈を救う術はない。でも――
「寄坂さん!」
大きな声で名を呼ばれ、寄坂はびくりと肩を震わせる。私はそんな彼に、笑顔で手を差し出した。
「学園祭はまだ終わっていません。あなたは今……何をしたいですか?」
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