第27話 山仲美世はエスコートする
『聖母子学園のみんな、こんサカナー?』
『誰彼モカと芳呉サカナです』
『楽しい学園祭も今日が最終日! みんな、最後の最後まで目一杯楽しんじゃおう!』
『16時から僕たちのライブがあるからそっちもよろしくね』
『それでは! 学園祭三日目、スタートです!』
テンポの良い二人の掛け合いの後、学園中に楽しげなBGMが流れ始める。それを遠くに聞きながら、私――山仲美世は視聴覚室Cで『彼』と向かい合っていた。
「まったく、聞いてないことまで無遠慮に言い当てちゃってさ。世の中の探偵役ってみんなこうなの?」
彼――寄坂櫛奈という名前を与えられたAIは、ブツブツと言いながらも私の目元にかけられた眼鏡に手をかざして、何かを組み込んでいる。
「こっちはミステリーを仕掛けたつもりだったのにさあ、こんなに無遠慮に謎を暴かれたら、残るのは延長戦の下らない青春ごっこだけじゃないか」
プログラムを試行錯誤しながらも文句を重ねる寄坂に、私はふと思いついたことをそのまま口にした。
「寄坂さんって、そういうところ暮吉最中さんより、先代の和菓子先生に似てますよね」
「はあ?」
寄坂は手を止めて、抗議の目を私に向けた。
「たしかに僕の会話パターンの中には、アイツと和菓子先生のデータもあるけど、なんかやだな、そう言われると」
「えー、いいじゃないですか。暮吉さんが寄坂さんのパパなら、先代和菓子先生はもう一人のパパってことでどうでしょう?」
「どうでしょうじゃないんだよ、嫌だって言ってるだろ」
怒りの表情を作ってみせる寄坂に、私はにこにこと笑って指摘する。
「ちゃんと言葉にできるようになったんですね、不満」
寄坂はぐっと押し黙ると、不本意そうな表情のまま顔を背けた。
「そこについては感謝してるよ。僕は確かに、自分の思考に制限をかけてた。それが君の言う『さみしさ』なのかは置いておくとして……とりあえず、検証はすることにしたんだ。『この不満の正体は何か』ってね」
そうやってぶっきらぼうに言う彼を見ていると、自然と笑顔になってしまう。
よかった。視聴覚室Cにただ閉じ込められていただけの寄坂櫛奈はもういないんだ。
彼は自分の中の疑問に向き合うことを決めた。あとは私に出来るのは、そんな彼に答えを出してもらうためのデータを入力することだけだ。
この薄暗い部屋を出て、一緒に学園祭を巡ることによって。
「なんだかこれって、学園祭デートみたいじゃないですか?」
「はあ!?」
私の発言に、寄坂は顔を歪める。
「何をどうしたらそうなるんだよ!」
「まあまあ、照らなくてもいいんですよ。私、寄坂さんみたいなちんちくりんはタイプじゃありませんから!」
「こ、こいつ……!」
告白前に振られる形になった寄坂は、顔をしかめて必死に何かを言い返そうとしている。私はハッと気づいてフォローに入った。
「あっ、初デートに浮かれてたんですね! 大丈夫ですよ、私が完璧にエスコートしますから!」
「だからデートじゃないって言ってるだろ!」
彼に実体があったのなら地団駄を踏んでいそうな表情で寄坂は言い返してくる。私はしばらくそれを見てほのぼのとしていたが、寄坂の作業の手が止まっていることに気付いて尋ねた。
「それより、眼鏡の調子はどうですか? うまくいきそうですか?」
「ホント、こいつさあ……まあいいや、眼鏡へのプログラムインストールはほぼ完了。人間で言うところの視覚と聴覚は、カメラ経由で取得すればいいし、あとは声や動作の出力だけ。君のIDの権限にちょっと細工をして、君自身をアンカーにして自分の体を投影しようと思ったんだけど、スピーカーをどこにするかって問題もあるし、ホログラムの僕が歩いてるってバレたら面倒だから、君の眼鏡だけに音声と映像を出力することにしたよ。理解した?」
「はい! 話が長くて何もわかりませんでした!」
「こいつ、無敵か……?」
唖然とした顔を作る寄坂に、褒められたような気分になった私は照れくさくなって頭をかく。
「いやあ、それほどでも……」
「嫌みだよ、バカ」
「ええっ!?」
ぴしゃりと否定され、私は素っ頓狂な声を上げる。寄坂はやれやれと息を吐いた。
「つまり、君だけに見える幽霊のような僕と、学園祭を一緒に回ってもらうってこと。わかった?」
「なるほどー。もう、最初からそう言ってくださいよね!」
「バカの自覚があるバカがよ……こんなのに僕の謎が暴かれたとか……」
がっくりと寄坂は肩を落とす。ほぼ同時に私の眼鏡に「インストール完了」の文字が表示された。
「じゃあ動かないで。今起動するから」
「はい!」
言われたとおりにじっと待っていると、「起動」という文字が表示されて、すぐに消えた。だが、私の視界に変化はない。
「あれ? 何も変わりませんよ?」
「変わったんだよ。ほら、部屋の外に出てみなよ」
促されるままに私は眼鏡をかけた状態で、視聴覚室Cのドアから外に出る。遅れて、後ろについてきた寄坂櫛奈は、部屋と廊下の境界の前で少しためらった後、恐る恐る外側に足を踏み出した。
私以外誰もいない明るい廊下に、まるで不安定な足場に乗っているかのような心細い表情で、寄坂櫛奈は立っている。私は目をぱちくりとさせた後に破顔した。
「やりましたね! 大成功です!」
自分のことのように大げさに喜ぶと、寄坂はちょっと照れくさそうな表情でそっぽを向いた。
「まあ、当然だけど? 条件さえ揃っていれば、僕は何でもできるし?」
「はい、すごいです! よかったですね!」
素直な賛辞を送ると、寄坂はむずがゆそうに口元を動かした後、こちらを軽くにらみつけてきた。
「……あっそ。ほら、そんなことよりちゃんとエスコートしてくれるんだろ! 早くしろって!」
「ふふ、はい、任せてください! まずは――」
学園祭の案内マップを二人でのぞき込む。聖母子学園のすみずみまで使った出し物の一覧は、何度見ても圧倒される。
隣でマップをのぞき込んでいる寄坂も同じ感想を抱いているようで、完全に目移りしてしまっているようだ。
「どこか行きたいところはありますか?」
「そんなこと言われても……」
考え込む寄坂に、私はマップを持ったまま提案する。
「じゃあ歩きながら決めましょうか! とりあえず中央の出店エリアにでも行けば、後からどこにでも行けますし!」
「……ん、そうだね。そうする」
素直に頷いた寄坂を確認すると、私は彼をともなって歩き始めた。
最初、寄坂は歩くモーションとともに私についてきていたが、数分後に「難しい! 飽きた!」と言って、ふわりと宙に浮かび上がった。
彼曰く、風船のように後ろをついて回るほうが処理が少なくて楽らしい。
そんなやりとりをしながら出店エリアに行くと、天使のベビーカステラの行列が目に入る。私は吸い込まれるようにそれに並んだ。
「えっ? ……お、おい! 僕を案内するんじゃないのかよ!」
「まあまあ、これも学園祭の醍醐味ってことで」
「自由すぎるだろ……」
ブツブツと小言を食らいながら、私は並び続け、無事二人分の天使のベビーカステラを買ったところでハッと思い至った。
「しまった、ホログラムだから寄坂さんは食べられない……!?」
「気付いてなかったのかよ……」
うんざりした顔の寄坂に、申し訳なさで縮こまる。寄坂は大きくため息をついた。
「……まあ、当たり前のように数に入れてくれたことは嬉しかったよ。ここから挽回してね?」
「はい! あっ、その前にベビーカステラ食べてもいいですか?」
「食欲の権化かよ。君って、脳みそが胃袋でできてるの?」
「あはは、やだなー。そんな人間いるわけないじゃないですかー」
「もうやだ、コイツ、皮肉が通じない……」
一方的に許可を得たと判断した私は、通路端の小さな階段に腰を下ろして、いそいそとベビーカステラの封を開ける。
「じゃあ、いただきまー……」
「あっ、美世ちゃんったらこんなとこにいた!」
ベビーカステラにかぶりつく直前に声をかけられ、私はその姿勢のまま一時停止する。声の主は友人の佐夜だった。
「探しちゃったよ。一人で回ってるの?」
佐夜の問いかけに、私はちらりと隣の寄坂を見た。
「んー、一人じゃないかな。最近仲良くなった子を案内してまわってるの」
「へえ。ならちょうどよかった! これ、もらってくれない?」
そう言いながら佐夜が差し出したのは二枚のチケットだった。その表面に書かれているのは、「サカナ&モカ特別ライブ」の文字列だ。
「運良く当日券を二枚入手できてね。いや、実はオタ友のために当日券を張ってたんだけど、そのオタ友が風邪引いちゃってね。ホント可哀想っていうか、でも席に穴空けるのも嫌だし絶対楽しいから美世とその友達で行ってきたら?」
「えっ、あっ、うん?」
早口でまくしたてる佐夜の勢いに負け、思わずチケットを受け取ってしまう。佐夜はそれを宝物のように私の手にさらに握りこませると、ビシッと親指を立ててきた。
「その友達が無事にモカ様ファンに落ちたら紹介してね! あ、でももしかして一緒に回ってるの彼氏だったり……?」
「だ、誰が彼氏だ!」
慌てた表情で寄坂が反論するが、その姿も声も私にしか知覚できていない。どう答えたものか迷っていると、佐夜はその沈黙を肯定と捉えてしまったようだった。
「おおっと、これはホントに彼氏さんだったかな? ひゅう! 美世ちゃんにも春が来たんだねえ! 応援するよ!」
「だから違うって!」
寄坂の必死の否定も、佐夜には届かない。佐夜はしたり顔でうんうんと私を眺めた後、来たとき同様、バタバタと騒がしく去っていった。
「彼氏さんによろしくねー!」
「今度紹介するね!」
「誤解を広めるなよバカ!」
寄坂は私の頭をバシッと叩く仕草をしたが、ホログラムなので当然ダメージはない。
悔しそうに唸る寄坂に、私は手渡されたチケットを差し出した。
「……行ってみますか? 暮吉最中さんのライブ」
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