第13話 吸血鬼は10年前に死んだらしい
突然もたらされた手がかりに、私は一瞬で今までの問いかけを忘れて食いついた。
「探してる! 何かわかったの?」
「わかったというか、セボちゃんでスレ検索したら普通に出てきたというか……」
奈月はすいすいっとタブレットを操作し、私に画面を見せてきた。
【都市伝説】聖母子学園の吸血鬼って知ってる?
画面上部にあるスレッドタイトルに、私は納得する。
なるほど、たしかに目当ての情報がありそうなスレッドだ。普段、セボちゃんに常駐しているわけではないので見逃していたのだろう。
私はタブレットを受け取り、ドキドキしながらスレッドを開いた。
1:本当にあった怖い名無し 2033/11/1 22:45:03
たしか10年前に実際に出現したんだよね
文化祭で大暴れしたとか
2:本当にあった怖い名無し 2033/11/1 22:53:45
バーカ 当時の生徒のイタズラだろ
3:本当にあった怖い名無し 2033/11/2 07:33:23
10年前に死んだ生徒の幽霊だって俺は聞いた
「……生徒の幽霊?」
思わぬ追加情報に私は目を丸くする。そんな私に、奈月は画面をスクロールさせながら付け加えた。
「なんでも、実際に生徒の行方不明事件はあったらしいのよね。ほら、こっちの書き込み」
11:本当にあった怖い名無し 2033/11/3 19:45:07
学校に消されたY君だろ?
名簿には名前も顔写真もあるし、
課題やテストもちゃんとこなしてた形跡があるのに、
卒業文集には名前がない
12:本当にあった怖い名無し 2033/11/3 20:22:23
>>11
知ってはならない秘密を知って消されたとか!?
13:本当にあった怖い名無し 2033/11/3 21:00:34
>>11
ただの転校か退学だろ バーカ
14:本当にあった怖い名無し 2033/11/3 21:12:43
>>13
お前がバカ
転校や退学の形跡もないんだよ
学校の内部情報覗いた俺が言うんだから間違いない
15:本当にあった怖い名無し 2033/11/3 22:09:08
>>14
おまわりさんこいつです
16:本当にあった怖い名無し 2033/11/3 22:13:22
>>14
通報しますた
「へえ……存在を消された生徒かあ」
「ただの都市伝説よ。どうせ、寮からリモートで授業受けてた生徒の噂に尾ひれがついて――とかでしょ」
「えーっ、なになに、何の話? 私をおいてかないでよーっ!」
それまで様子をうかがっていた佐夜が強引に私たちの間に割り込んでくる。私は苦笑いをしながら体を引いた。
「ごめんごめん、実は――」
和菓子先生からの出題であることは伏せて概要を語ると、佐夜はむっと難しい顔をした。
「もーそういうサブカル情報は私に聞いてくれればいいのに! いい? 吸血鬼の特徴はたくさんあるんだけど、有名なところだと日光や銀に弱くて、流水を渡れなくて、鏡に映らなくて、それから最近は少しメジャーになってきたんだけど『招かれた場所にしか入れない』ってものがあってねー!」
「へー、佐夜は物知りだねー!」
「また始まった、オタクトークが……」
目を輝かせる私とは対照的に、奈月はうんざりした顔を隠しもしていない。
その後、五分近くにわたる演説の末、結論は予想外のところに着地した。
「つまり、吸血鬼キャラの頂点は
「んー、なるほど?」
途中から全部意味がわからなかったので、首をかしげながら私は適当に相づちを打つ。奈月は嘆息した。
「はいはい。っていうか、
何気なく口にしたその言葉に、佐夜はカッと目を見開いた。
「よくぞ聞いてくれました! モカ様は低音から美少年役までこなす超実力派声優で」
「しまった、スイッチ入れちゃったか……」
頭痛を堪えるようなポーズを取りつつも一応話を聞いてくれるのが奈月のいいところだ。私や佐夜の素っ頓狂な行動にもなんだかんだ最後まで付き合ってくれるので、密かに聖人と呼ばれているらしいというのは本人には内緒だ。
良い友達を持てて幸せだなあ。
そんな気分でほのぼのといちごミルクをすすっていると、突然私のタブレットにリマインダーがポップアップした。
そこに書かれていた文字列は――『天使のバゲット予約〆切』。
「あーーっ!」
突如大声を上げた私に、奈月と佐夜はなんだなんだと振り向く。私はそんな二人にタブレットの通知を見せた。
「天使のバゲットの予約、忘れてたー!」
天使のバゲット。その名も麗しきそれは、毎月一回第三金曜日に購買に入荷する大人気サンドイッチである。
その名の通りバゲットパンで挟まれた具材はどれも絶品で、あまりの人気っぷりに抽選予約で勝利した者しか食べられないという伝説の一品。それこそが天使のバゲットなのだ。
もうかれこれ10年以上、この人気は続いているらしいことからもその味が折り紙付きなのはうかがえる。
「あー、購買の予約端末に学生証タッチしないと予約できないんだっけ」
「昔、ハッキングされた対策らしいよ。10年前だったかな?」
ほのぼのと話す二人に対し、私はすばやく所要時間を計算する。
現在時刻、12時20分。
受け付け終了時刻、12時30分。
この教室から購買までの距離、徒歩10分。
「――まだ間に合う!」
ガタリと勢いよく立ち上がった私に、奈月と佐夜はひらひらと手を振る。
「ガンバレー」
「幸運を祈るぜいっ!」
「ありがと! うおーっ、当てるぞー!」
「気合い入れて確率が変わるわけでもないでしょうに」
奈月の呆れ声を背中に聞きながら、私は早歩きで購買を目指して足を進め始める。
この聖母子学園において、廊下を走るようなバカは存在しない。ほぼ全ての廊下に監視カメラが設置されているのだから、そんなことをすれば一発減点で、悪質なら反省文だ。
なお、真のバカはどこまでなら早歩きとして認識されるのかチキンレースを繰り広げているらしいが、それはまた別の話。
とにかく、わざわざ好き好んで叱られる趣味はない私は、一般的に見て早歩きと呼べるスピードで廊下を進んでいった。
聖母子学園高等部の建物は大きく分けて三つある。
一つ目が普通教室のある本校舎。
二つ目が特別教室や部活動の部屋がある第二校舎。
三つ目が食堂と購買のある食堂棟である。
私たちのいた2年B組の教室は、4階建ての本校舎の2階にあり、購買がある食堂棟へは階段を下りて1階へと行き、渡り廊下を通って行く必要がある。
運動部で鍛えた肉体のアドバンテージを大いに活用し、私は廊下をのしのしと歩いて行く。
私のまとう天使のバゲットへの熱意に気圧されたのか、自ら道を譲る生徒もちらほらいた。
そしてたどり着いた購買。その入口に設置されたICカード読み取り端末に、私は学生証をタッチさせる。
ピーという音が鳴って、画面に予約完了の文字が表示された。
「よかった、間に合ったー……」
ホッと胸をなで下ろして私は学生証をしまい込む。その瞬間、ちょうど後ろを通りがかった生徒たちの会話に私は目を見開いた。
「なあ、吸血鬼の教室って知ってる?」
「何それ。七不思議みたいなやつ?」
「そんな感じ。なんでも、吸血鬼の洗礼を受けたICをどこかにタッチすると、願いを叶えてくれる吸血鬼がいる教室に行けるんだって」
「はあ? そういうのは小学生で卒業しろよなー」
わいわいと騒がしく通り過ぎていく生徒たちの声に、私は振り向かないまま耳を澄ませていた。
吸血鬼。洗礼を受けたIC。タッチする。
その行為に、私は心当たりがある。
私は胸ポケットからクラゲのキーホルダーを取り出す。前回の事件で、これを水族館の出口にタッチしたら、魚のホログラムというイタズラが再現された。つまり、これをまたどこかにタッチすれば、もしかして私は吸血鬼の教室とやらに行けるのでは?
例えばそう、目の前の予約端末――だとか。
私は跳ね回る鼓動をそのままに、おそるおそるキーホルダーを端末に近づけてタッチした。
ピーという音が鳴り、予約完了の文字が出る。
「……あれ?」
てっきり何かのイタズラが発動するものかと思っていたが、エラーすら吐かずに予約ができてしまった。
拍子抜けになりながら、私はキーホルダーをしまいこむ。
「そんなにうまくいくわけないかー」
ぶつぶつと言いながら振り向いた私の視界に飛び込んできたのは――壁際に浮遊する一つの矢印だった。
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