第三問 人工知能の実体反証

第12話 山仲美世は読み間違える

 定期考査。それは学生である以上、避けようのない地獄の関門。


 ただでさえ主要五教科の点数が平均点ギリギリの私、山仲美世にとって定期考査は苦悩に満ちたイベントだ。


 その上、聖母子学園高等部のテスト科目には一般的な高校にはない科目がさらに一つ存在する。


 その名も悍ましき『情報倫理』。


 常々友人たちから、一般常識が欠けている、馬鹿、間抜け、考え無し等々という汚名をほしいままにしている私は、この『情報倫理』が一等に苦手であった。




問5 人工知能と会話をするとき、会話相手が人工知能か人間かを見分ける方法を簡潔に述べよ。(配点20、部分点あり)




「うぐぐぐぐ……」


 タブレットに表示された問題文に、私は小さく唸りながら頭を抱える。


 他の科目と『情報倫理』のテストの違いは、持ち込み可、検索可であることだ。なんなら、最悪コピペであっても満点ではないが許される。


 つまり、このテストで問われているのは、いかにして正しい情報をネットの海から探し当て、それを回答できるかという部分なのだ。


 この情報社会において一番重要なスキルは、「嘘を嘘と見抜くこと」に尽きる。昔の偉ぶった人の名言らしいが、その授業は寝ていたのであまりよく覚えていない。


 ともあれ、『情報倫理』という科目は、電子技術が多用されているこの聖母子学園で暮らしていく上で最重要必須科目であるとも言えるだろう。


 それはそれとして、自分は全ての教科を丸暗記の力業で乗り越えてきた人間なので、こういった応用性を問われる問題は私にとって鬼門なのだ。


 しかしテストはテストなのだから回答するしかない。配点も大きいから、せめて部分点はもらわないと。


 私は大きく息を吐くと、検索欄に単語を打ち込んで電子の海にこぎ出した。






 午前中でテストが終わり、私は自分の机に突っ伏していた。撃沈、というやつである。


「終わった……何もかも……」


 魂が抜けてしまっているがごとく脱力する私に、昼食のパンを手にした奈月が近づいてきた。


「あーあ。美世がまた死んでる」


「美世ちゃん、『情報倫理』苦手だもんねー」


 一緒に近づいてきたのは同じく友人の佐夜だ。その手には開封済みの大量のウエハースが入ったビニール袋がある。


「そんな情弱じょうじゃく美世ちゃんにウエハースのご進呈でーす」


「わあ、ありがとう!」


「立ち直りはやっ」


 どさっと佐夜に手渡されたウエハースを早速頬張る私に、奈月はあきれた目を向ける。


「それ、いつものカード付きウエハースの余り? アンタも懲りないわね……」


「ふふ、コンプリートへの道は険しくとも、オタク心としてやめられないのよねー」


「別に良いけどさ……。佐夜、まさか昼ご飯ウエハースだけじゃないでしょうね」


「そのまさかでーす。カルシウム入りだからちょうどいいでしょ?」


 そんな会話をしながら、私たちは机を向かい合わせて、昼食をとり始める。周囲のクラスメイトも、各々弁当を食べ始めたり、寮か別の場所で食べるのか教室から出ていったりと、自由に過ごしている。


 今日の授業はこれで終わり。長かったテスト週間はあとは最終日の明日を残すばかりだ。


 私はあらかじめ買っておいたパンの袋を開けながら、二人に尋ねる。


「みんな、『情報倫理』の最終問題どうやって答えた? あの、人間と人工知能の見分け方ってやつ」


「ああ、あれねえ……」


 奈月は途端に遠い目になる。どうやら彼女もうまく回答できなかったようだ。


 一方、自信満々な表情をしているのは佐夜だ。


「ふっふっふ、二人とも予習が甘いよ?」


「えっ。この問題、授業で何かやってたっけ?」


 記憶の中を検索するが、『情報倫理』担当の気難しそうな外部講師の顔しか浮かばない。実際のところ、『情報倫理』は彼の本来の専門分野ではないらしく、彼の授業は単調で眠くなることで有名だ。


 そんなこんなの理由で、私が居眠りしている間に先生が話したことだったのだろうか。


 私がそうやって考え込んでいると、佐夜はタブレットに何かを表示させて見せつけてきた。


「じゃんっ! 今期覇権アニメの『邪神AIちゃんの憂鬱』ですっ」


「はあ?」


 奈月は十割が呆れで構成された低い声を上げる。しかし佐夜はそんなことではへこたれない。


「この『邪憂じゃゆー』は、はるか太古から存在する名状しがたき邪神がひょんなことから己の分身を情報ミームとして電脳世界に放つことから始まるハードSFなんだけど-」


「タイトルとのミスマッチがすごくない?」


「そこはマーケティングってやつよ。で、問題なのは第五話! この話で、主人公は通信相手が偽物のAIか、本物の人間かを判別しなきゃいけなくなるの。そこで主人公はこんな質問をしたわけ。『三日前の俺の夕食を教えてくれ』ってね!」


「はあ」


 よくわかっていない声で返す奈月と、得意顔の佐夜を、私は見比べる。


「え? どういうこと? 全然わかんない」


「ふっふっふ。つまり主人公はね、本物の人間は知ることが出来なくて、なりすましているAIだけが知っている情報を質問したのよ。それについて答えられればお前はAIだってね!」


「へぇーなるほどー」


「つまり……今回の設問の答えは『AIにしか答えられないことを尋ねる』ってこと!」


「そうなんだ。佐夜ちゃんすごーい!」


 素直に感嘆する私に対し、奈月は冷めた目で息を吐いた。


「自信満々に言うから何かと思えば……。それってIT技術とか関係なく、よくあるミステリーみたいに『犯人しか知らない情報を言わせた』だけじゃない。今回は『情報倫理』のテストなんだから、もっと汎用的で技術的なところを問われたに決まってるでしょ?」


「えーっ、でも現実問題、そういう状況になったら有効だと思わない?」


「思わないわね。今時のAIは賢いもの。『何を言ったら自分は不利になるか』までは、自分で基準を作ることができつつあるのよ」


「それはそうだけどー。でもそれはシンギュラリティ問題にも関わってくるじゃん? 結局のところ、今の技術ではシンギュラリティを越えているように挙動をさせることはできるけど、実際問題、かつて夢想されたような形では自己改良はできていないんでしょう?」


上、同じ挙動をするのだからこちらの対策としては越えたものとして考えるべきでしょ。まあ今のシンギュラリティの問題は、無数の場合分けと概念定義で構成された会話AIがあったとして、そこに『自我』はあるのかってことに行き着くけど」


「意識の有無ってこと? そこはさー、夢を持とうよ」


「人類にとっては悪夢だと思うけどね」


「悲観的だなー。古典SFの読み過ぎじゃない?」


 スラスラとかわされる応酬をBGMに私はもぐもぐと菓子パンを咀嚼し、ごくりと飲み込む。


 そこであることに気付いて、私は素っ頓狂な声を上げた。


「――あっ!」


「うわっ、なになに?」


「びっくりしたー……。何? また忘れ物でもした? 寮の鍵閉め忘れたとか?」


「私……問題の意味、取り違えてたかも!」


「はあ?」


 明後日の方向から飛んできた私の言葉に、奈月はほとんどすごむような声色で尋ね返してくる。私は問題文を慌ててタブレットに表示させた。




問5 人工知能と会話をするとき、会話相手が人工知能か人間かを見分ける方法を簡潔に述べよ。(配点20、部分点あり)




「てっきり、この人工知能ってホロで浮かび上がって口パクおしゃべりするタイプのAIだと思ってて、それで……」


「まさか、見た目でホロと現実を方法を書いたんじゃないでしょうね」


「そのまさかです……」


 がっくりと肩を落とす私に、奈月と佐夜は大きくためいきをつく。


「ホンット、アンタは予想の斜め上をいく間抜けね」


「今回のテスト範囲は人工知能の仕組みなんだから、問われているのは機械の頭脳部分であってインターフェースじゃないってわかんないかな普通……」


「うぐ、言われてみればその通りです……」


 ぐうの音も出ない正論に私は縮こまる。奈月は紙パックの紅茶に細いストローをぷすっと刺した。


「まあ、アンタが間抜けなのは今に始まったことじゃないし。ちなみに何って答えたの?」


「触ってみればわかるって書いちゃった」


 奈月と佐夜は二人でちょっと噴き出して笑った。


「んふっ、そ、そうね、ホロは触れないもんね」


「もー、美世ちゃんは可愛げのある馬鹿だなー」


「ええーっ! だったら二人はどう答えたっていうの!」


 ぷんぷん怒りながら尋ねると、二人は考え込んだ。


「ホロと実体を見分ける方法? 確かに触るのが一番手っ取り早いけど、もしそれを禁じ手にするなら私は視覚から矛盾をついていこうかな」


「んー、私だったら聴覚かなー」


「え? え?」


 よくわかっていない私に奈月はやれやれと息を吐くと、鞄の中から化粧ポーチを取りだした。中に入っているのはギリギリ化粧品ではないと学校に認められている鏡やヘアピンやコームだ。


「問題。このポーチの中の何かを使えば、触らずに相手がホロだと証明できる。何だと思う?」


「ええー……」


 おかしなことになってきたなあと思いながら私は考え込む。


 鏡、ヘアピン、コーム、薬用リップ、ハンドクリーム、日焼け止め。


 同じような中身のポーチは自分も持っているが、そんな便利な使い方ができるものがあっただろうか?


 うんうん考え込む私に、奈月はさらに付け加える。


「まあ、テストはまだあるし、お遊びとして考えてみなよ。見事当てられたら、なんでも言うこと聞いたげる」


「うぐぐ……頑張ってみる」


 ほとんどにらみつけるようにポーチの中身をのぞき込む私に、奈月は「ああそうそう」と切り出した。


「それよりアンタ、前に学園の吸血鬼って言ってたけど、アレまだ探してたりする?」


「えっ?」

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