第11話 山仲美世は信頼できない
時間は下って現在。
そこで言葉を切った和菓子先生に、私は勢いよく尋ねた。
「えっ、そこで話止めちゃうんですか!?」
「だからヒントだって言ってるでしょ。全部言ったら謎かけの意味ないじゃん」
「そんな……たったこれだけの情報で私が推理できるとでも!?」
「バカの自覚があるバカは厄介だな……」
やれやれと和菓子先生は息を吐く。私は反射的に食ってかかった。
「バカじゃありません! 素直に自分の能力を評価できると言ってください!」
「無敵かよ、コイツ……。まあいいや、もう一個情報を与えてから謎解きに入ろうかな」
和菓子先生はそう言いながら、またホログラムを出現させる。手に持っているのはおせんべいだ。話の中にあった通り、やっぱりおせんべいがマーカーなのだろうか。
「君、今あのキーホルダー持ってる?」
「はい! ICチップ入りのクラゲのキーホルダーですよね!」
「うん?」
和菓子先生は動きを止めて私を見た。私はいそいそとキーホルダーを取り出して、先生に差し出す。
「はい、クラゲのキーホルダーです!」
「ど、どう見てもメンダコちゃんのキーホルダーだろ!?」
「メンダコって何ですか? クラゲの仲間ですか?」
私の返答に先生はあんぐりと口を開けた後、頭を抱えた。
「嘘だろ……。メンダコちゃんは『せぼすい』のアイドル枠なのに知らないとか」
「いつの話してるんですか? 今のメインは鯨らしいですよ?」
「メンダコちゃんもショップに並んでただろうが!」
「あっ」
私は思い返して納得する。このクラゲのキーホルダーと同じシリーズの商品がショップに並んでいたということは、アイドル枠というのは本当なのだろう。
「メンダコっていうのは深海に住むタコの一種なんだよ。水槽だってあっただろうが」
「あはは、先生ったらからかわないでください。こんなタコがいるわけないじゃないですか。私はキクラゲがクラゲじゃないことも知ってるんですよ?」
「逆になんでそっちは知ってるんだよ、腹立つな」
なんだか幼ささえ感じるジト目で和菓子先生は私をにらみつけてくる。顔が童顔なせいで全然怖くなかった。
「とにかく! 吸血鬼はそのメンダコちゃんに呪いをかけた。メンダコちゃんに『ある儀式』をすると、かつて起こしたイタズラを再現させるようにね」
「スイッチってことですか?」
「その通り。かつてのイタズラの被害者たちも同じ儀式を実行して、いろいろな呪いを受けた――イタズラに引っかかったってこと」
ふむふむ、と私は考え込む。
私がしたスイッチとなる儀式と、かつての被害者たちがしたスイッチとなる儀式は同じ。つまり――
「私と被害者の行動の共通点を探せば、自然と仕組みにたどり着くってことですか?」
「その通り」
にこりと満足そうに、和菓子先生は笑った。
「ええっとー……」
私は斜め上を見ながら考え込み、とりあえず思いついたことを言葉にした。
「私と被害者の
「なるほど。続けて?」
「はい! 私の眼鏡に魚が見えるようになったのは、水族館から出て空に鯨を見てからです。
そこで一旦推理は止まり、私は考え込む。
私たちは鯨を見てから魚が見えるようになった。あれがきっかけなのは間違いない。……でも本当に?
頭の片隅でちらついた手がかりの端をなんとか掴み取る。
確かに私は空飛ぶ鯨を見た後に、友人たちの周囲に魚が泳いでいることに気付いた。だけどそれはきっかけではないのでは?
「先生、うみがめのスープの質問いいですか?」
「どうぞ。君に使いこなせるならね」
いちいちこちらを揶揄う言葉を口にする先生に、私は思いきって尋ねる。
「空飛ぶ鯨の目撃は、スイッチとなる儀式ではない?」
和菓子先生は目を見開くと、おお、と素直な感嘆の声を上げた。
「やるじゃん、よく気付いたね。答えは、はい。鯨の目撃はスイッチではないよ」
「やっぱり……!」
私は得意げな気分で再び考え込む。
鯨の目撃はスイッチではない。ただ、スイッチを発動させてから最初に見たマーカーというだけの話だったのだ。
「空の鯨は、空にマーカーがあったから出現したんですね?」
「はい」
「実際のスイッチはその直前に発動した?」
「はい」
徐々に先生を追い詰めるのが楽しくて、私は自然と笑顔になってしまう。対する先生もとても楽しそうだ。
さて、その直前にあったことといえば――
私は自分の行動を思い返す。水族館でミュージアムショップに寄って、そのまま退場口に向かった。学生証を出口にタッチするためにポケットに手を入れて、あのキーホルダーが落ちそうになった。そして――
「学生証と一緒に、キーホルダーも出口にタッチした……」
「正解。やればできるじゃん」
和菓子先生はいつも通りのにまにました笑顔で、だけどとても嬉しそうに勝算の言葉を口にする。その顔を見ていて、私はふと思いついたことを口にしてみることにした。
「先生」
「なーに?」
「ホワイダニットを先に答えていいですか?」
和菓子先生は虚を突かれた顔をした後、おだやかに「どうぞ?」と言った。私はそんな先生の目を見ながら問いかける。
「和菓子先生は、先代の和菓子先生とただ楽しく遊びたかったんですよね?」
決めつけるような言い方になってしまったが、先生はそれを否定しなかった。ただその瞳に優しさと、ほんの少しの寂しさをにじませて答える。
「60点」
「えーっ」
高いのか低いのか判断しづらいラインを告げられ、私は不満の声を上げる。和菓子先生はくっくっと喉を鳴らして笑った。
「たしかに暮吉最中の動機の大半はそれだよ。だけど、それじゃあまだ、わざわざ吸血鬼の不在証明なんてワードを使って勝負を持ちかけたかの説明にはなってない」
「それはそうですけどー……」
唇を尖らせて不服を申し立てる私に、先生は軽く笑いながらおせんべいを手渡してきた。
「はい、サービス賞だよ」
受け取ったそのおせんべいの周囲には魚のホログラムが泳いでいた。やっぱり、おせんべいそのものがマーカーなのだろうか。いや、だとしたら、学校中におせんべいがないとおかしいし、空におせんべいが浮いていたことになる。
おせんべいを手のひらで隠すと案の定ホログラムは消える。私は首をひねった。
「うーん……?」
「ふふ、ほらほら考えて。最初の鯨はどんな風に現れた?」
「どうって……」
記憶を掘り起こす。たしかあの時、大きな風が吹いて一瞬目を閉じたんだった。そして、風が止んだら鯨は消えた。
風によって見えるようになるもの。あの場所にそんなものなんて――
「――あっ!」
私は素っ頓狂な声を上げてそれに思い至る。風が吹くと姿を現し、止むと消える。それは――
「水族館の旗だ……!」
「ご名答。つまり、マーカーは?」
旗に描かれていたマーク。それは『せぼすい』のロゴでもあり――この聖母子学園の校章でもある。
「マーカーは校章で、校章つきの旗や、胸に校章がついた制服や、校章の焼き印が入ったおせんべいに反応してホログラムが出現した!」
「よくできました。花丸をあげるよ」
和菓子先生は本当に嬉しそうにゆっくりと拍手をする。下手をすると、満点を取った生徒を褒めるときより良い笑顔かもしれない。
しかし、そこで私はふと考え込む。
「でも先生、私一個わからないことがあるんです」
「わからないこと?」
そんなものあったかなあと首をかしげる先生に、私は深刻な顔で尋ねた。
「空飛ぶ鯨が水槽の鯨と同じ見た目だったってことです! あれってもしかして、水槽の鯨をもとにモデリングしたってことですかね……?」
うんうんと頭を悩ませる私に、和菓子先生はしばし唖然とした後、ぶふっと噴き出して爆笑しはじめた。
「あーっ、何笑ってるんですか! こっちは真剣なんですよ!」
「だ、だって、んふっ、そんなことある!?」
腹を抱えて笑いながらも、和菓子先生はタブレットを操作し、何かを検索している。やがて、お目当てのページにたどり着いたのか、先生はタブレットをこちらに差し出した。
■水槽の治安維持はおまかせ!? 水中ロボット導入の水族館に突撃取材
S県にある聖母子水族館には、世界初の水中警備ロボットが導入されている。
ロボットの名称は『クジラA3号』。
この水族館の目玉である大水槽の生態系を守る番人だ。
この水族館ではクジラA3号を決まった時間に遊泳させることによって、水槽内の環境を自然に近い形に調整しているのだ。
水族館を運営する聖母子学園の技術提供によって、来場客の目には本物の鯨のように見えるホログラムが投影される仕組みになっており――
「……えっ?」
間抜けな声を上げて固まる私に、先生は笑っているのを隠しもせずに言った。
「君は本当に信頼できない語り手だね。もう少し周りを観察できるようになってからまたおいで」
第二問 空鯨の前庭錯誤 完
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