第10話 寄坂櫛奈は走っている
裳末は目の前のコーヒーカップを持ち上げると、その中身を一口飲んでから最中に視線を向けた。
「今回の勝利条件を確認するよ。僕、裳末杏太郎は事件がどうやって起きたのかを解き明かせば勝利である」
「その条件でいいよ。ま、今回のはそこにたどり着くまでに場所も時間も人間も理由も解き明かす必要があるけどねっ」
イタズラっぽく笑む最中を半目で見た後、裳末は特大のため息をついた。
「はいはい、じゃあ早速ホワイダニットから攻めていこうかな」
「おっ、今日はスピーディだね、せんせ」
「ありがたくも君が手がかりを開示してくれたからね。……まずは『吸血鬼案件』ってのは何かって話だ」
裳末はタブレットを操作して、該当の書き込みを表示させる。
5:名無しのモブ生徒 2023/11/5 08:08:14
吸血鬼案件なんだよ!!!分かれよ!!!!
6:名無しのモブ生徒 2023/11/5 09:30:09
>>1
こいつ最高にバカ
どう考えても変なおまじないに頼るのが悪いだろ
「ここから読み取れるのは、吸血鬼とは『教務に言えないようなやましい何か』であり、『おまじないじみた行為である』ということだ。ここまではいいね?」
「はい」
「じゃあ次。このスレッドのURLで他スレッドを検索したら、こんな書き込みがあった」
221:名無しのモブ生徒 2023/11/5 22:34:15
生物レポートのおまじない実行した奴いる?
内容写させてよ
223:名無しのモブ生徒 2023/11/5 22:42:23
>>221
こっちはリスク冒してんだから自分でやれカス
227:名無しのモブ生徒 2023/11/5 22:53:40
>>223
アレに引っかかったお間抜けちゃんカナ?
専スレがあるからこっち行け
https://seiboshi.xxxxx.net/78365243223/
228:名無しのモブ生徒 2023/11/5 22:56:09
>>227
㌧クス 恩に着る
「聖母子学園には珍しい聖人君子が誘導リンクを張っててね。ここからわかるのは『吸血鬼のおまじないは僕の課した生物の自由作文レポートと関係してる』ってことだ。ここまではいい?」
「はい」
苛立ちで頭が冴え渡っているのか、それとも最中がヒントを出し過ぎたのか、裳末は三段飛ばしで推理を展開させる。しかし、そこまで話したところで、裳末の思考は脱線を始めた。
「まったくありがたくもこの僕が全員分のレポートを添削してやろうっていうのに、君たちはそれがどれだけ光栄なことかわかんないの? そもそもここでクソガキどものレベルに合わせてやってる僕に対する敬意が根本的に」
「ストップストップ! せんせ、一回クールダウンしよ?」
最中は慌てて裳末を制止すると、持参していたお菓子の箱を取り出した。
「はい、こちら本日のお茶菓子の瓦せんべいでーす」
「はあ? それ『せぼすい』の土産物じゃない。校章の焼き印を入れたお菓子とか、誰がもらって喜ぶんだろうね。まったく自意識過剰にもほどがある学園だよ」
「はいはい、今出しますからねー」
赤いメンダコがポップな雰囲気で描かれた箱の包装紙を破り、最中は二枚入りのその中身を裳末の手の上に置く。裳末はブツブツと言いながらも包み紙を開いて、瓦せんべいを一枚口に運んだ。
ようやく止んだ不平不満の嵐にホッと胸をなで下ろしつつ、最中は推理を促すべく話題を振った。
「この事件が生物の自由作文レポートに密接に関係しているのは事実だよ。そこで、やさしーい俺はその自由作文レポートの問題文を用意しました」
芝居がかった仕草で最中は一枚の用紙を取り出す。
●特別課題
聖母子水族館における生態系の運用について論じよ。
ただし、下限はレポート用紙換算で五枚とする。
それにちらりと目を通し、裳末はハッと鼻を鳴らした。
「特筆すべきことはないよね。低レベルなバカでも書ける素敵な課題じゃないか」
「多分だけど問題文の書き方がお堅すぎて、そもそも意味が通じてない奴が多いんじゃないかなー」
「これを理解できないならここの大学部に進んでもドロップアウトするのが関の山だよ。ただでさえ判で押したようなコピペレポートがいくつもあるのに採点するこっちの身にも――」
そこまで言ったところで裳末はぴたりと動きを止める。最中は内心、面白くなってきたと思いながら、歌うように尋ねた。
「どうしたの、せーんせ?」
「……今回のレポート、やけにファンタジックな内容の子が多くてね。鯨を調教して水族館の生態系維持に利用するだなんて夢見がちなアイディアを複数人が書いてたんだよ」
「フーン、それで?」
楽しそうに促す最中を、裳末はじっとにらみつける。
「生物レポートのために学生内で共有された情報があり、そこには嘘が混じっていた?」
「はい」
最中は唇の端を持ち上げた。裳末は立て続けに問いかける。
「その情報をばらまいたのは吸血鬼?」
「部分的にはい」
「バカどもは吸血鬼のまいたコンピューターウイルスに感染して、魚とやらが見えるようになった?」
「はい」
「そのウイルスは無作為にばら撒かれた?」
「いいえ」
「おまじないとやらの結果、バカどもの眼鏡に感染した?」
「はい」
そこで裳末は息を吐き、正面から最中に告げた。
「ホワイダニットを回答するよ。魚が見えるようになった生徒は、生物レポートで楽をしようと吸血鬼のおまじないとやらを実行して、間抜けにもウイルスに感染した。どう?」
最中はとても嬉しそうに目を細めた。
「――はい」
裳末はフンと鼻を鳴らすと、まだ苛立ちの残る表情でコーヒーを口に運んだ。
「僕さあ、ここまで話してて一個思い出したことがあるんだよね」
「おっ、なになに?」
「……水族館の連中に、最近、うちの二年生で館内を走る奴が多いって苦情を受けてるんだよ」
忌々しそうに裳末は言い、監視カメラの映像をモニターに表示させた。
「水族館もうちの学園の一部だからカメラも当然設置されてる。で、そこに映っていた間抜けが彼だ」
そこに映し出されているのは、地味な印象を受ける小柄な学生だった。全体的に制服のサイズが合っていないようで、袖や裾が余っている。
「
「ふんふん。その子がどうしたの?」
「まあ見てみなよ」
裳末は再生ボタンを押し、映像が流れ始める。
薄暗い水族館の館内を、
どうやらかなり人目を気にしているようで、たまに人とすれ違いそうになると物陰に隠れたりしている。
映像の時刻は平日の夕方五時。五時半が閉館時刻なので、館内に人はほとんどいない。授業は終わっている時間なので彼がここにいること自体に違和感はないが、やはり
そして、タブレットと眼鏡を取り出して何かを操作し、数分後に慌てて立ち上がって走り去っていった。
カメラは切り替わり、出口を映し出す。
カメラの角度からはわからないが、まるでそこに『何か』がいるかのように、
「君がそれを見てる間に確認できたよ。この
裳末は据わった目で最中を睨めつける。
「その吸血鬼とやらは、水族館の特定の場所にタブレットでアクセスすれば、水族館が持つデータを楽して手に入れることができるというような噂を流した。そんなものがあれば楽にレポートが書けると、それに釣られたバカがそこに赴き、まんまとウイルスを仕込まれて、眼鏡のVRに魚が出るようになってしまった。以上」
悔しそうに、だけどうれしさもにじませながら最中は答える。
「はい。だけど、せんせならもう一歩踏み込んだ仕組みも当てられるよね? 魚は『人の周りにだけ出現』していて、だけど『水族館の空にも出現』したんだよ」
挑発的に尋ねる最中に、裳末はくだらなさそうな目のまま言った。
「ホログラムの発動条件のこと? それならあと一個質問に答えてくれれば特定できるよ」
裳末は手の中でもてあそんでいた二枚目の瓦せんべいを持ち上げた。
「今からこれを食べれば、魚は一匹減る?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます