第2話 暮吉最中はゲームを持ちかける
「僕さあ、僕より賢いガキが嫌いなんだよね」
ブラックコーヒーを不味そうにすすりながら堂々と言い放った教師を、彼の隣に腰掛ける少年はきょとんと見返した。
ここは生徒指導室。時刻は11時過ぎ。ソファの上で行儀悪くあぐらをかくその少年――2年B組出席番号7番、
並の女子よりも長い金髪にだらしなく着崩した制服という、ある意味では生徒指導室にふさわしい見た目をしている彼であったが、彼は別に呼び出されてここにいるわけではない。好き好んで居座っているのだ。
対する
しかしこの
生徒からの人望は皆無で、保護者からの心証も極めて悪い。
人格がカス。指導者のゴミ。教育に関わるべきでないクズ。この世の全てが気に入らない偏屈者で、一呼吸ごとに文句を垂れて皮肉を言う。
そんな不毛と八つ当たりを人の形に固めたような男に、紙パックのミルクティーを片手に
「え、じゃあ和菓子せんせは俺のこと大好きってこと?」
「君のことが大嫌いってことだよ。この賢いだけの不良少年が」
不機嫌そうに吐き捨てる
「そんなに照れないでよ、オッサンのツンデレなんて流行らないぞ、このこのー!」
「顔をつつくな微妙に痛い。これが照れてるように見えるのなら、君は脳みそごと交換したほうがいいよ。クソくだらない青春を謳歌する恋愛脳のクソガキどもの方がまだマシだから、ちょっと頼んで取り替えてもらいなよ」
「和菓子せんせ、本当に青春ってやつが嫌いだよね。どんな悲惨な学生生活送ったらそうなんの? 教えてよ」
「はあ……。悲惨も何も、なんにもないよ。知ってる? 青春と書いて、時間とリソースの浪費って読むんだよ。ほら、君もさっさとこの部屋を出て馬鹿馬鹿しい青春を謳歌してきなよ。友達ならいくらでもいるでしょ」
「いねーもん。友達はせんせだけだよ」
しれっと言われた言葉に
「あー、それはごめん。元気出しなよ」
「……ん」
二人の間になんとも言えない沈黙が流れること数秒。不意に
「なーんてね。いるに決まってんじゃん! 俺、これでも人気者だよ? せんせと違ってねー」
「はあ?」
謀られていたことを悟り、
「でさ、せんせより賢いガキがどうとか言ってたけど一体どうしたの?」
「……自覚がおありでないなんて本当に救いようがないね。君が毎回、施錠してあるはずの生徒指導室のドアをハッキングして侵入してくる件に決まってるだろ」
「あーそんなこと」
「一介の生徒である俺に開けられるほど雑魚な電子錠なのが悪くね?」
「その論理が文明的な人間社会で通用するわけないでしょ。社会不適合者の君には分かんないかもだけど」
「生徒の自主的な学びのための尊い犠牲ってことにしようよ。大体、最初にこの部屋に招き入れてくれたのは和菓子せんせでしょ。責任を取るべきだと思うんだよね」
「君は何? 自分のこと、餌付けされた可哀想で可愛い野良猫だとでも思ってるの? 自己評価が高すぎない?」
うだうだと屁理屈をこねる
「というか、その和菓子せんせって何さ、僕の名前にみじんも掛かってないよね?」
「え? 掛かってんじゃん」
「せんせの名前ってあんたろうでしょ。あんこみたいな響きだから、和菓子せんせ。どう? ウィットに富んだ気の利いたニックネームだと思わね?」
「あのねえ、これは
「オッケー。じゃあ俺クソガキだし、和菓子せんせ呼び許してくれるんだ。ありがと!」
「許してない」
「えー。だったら
「……その中ならまだ和菓子がマシに見えてくるほどネーミングセンスがお亡くなりになってるね。畏怖すら覚えるよ」
「お褒めいただき恐縮でーす」
「褒めてない」
不機嫌そのものの眼差しを
それどころかどうやら
「もー和菓子せんせってば、文句言ってばっか。せんせ、どうせ学生時代にあだ名つけられたことないでしょ。友達いなさそうだもんね」
「はあ? そんな経験ない方がいいでしょ。僕は賢明だから、周囲の低レベルなガキどもからは距離を置いてたからね」
「大丈夫だよ、せんせ。俺がせんせの友達になったげるからね」
「なに急に……気持ち悪いからその目で見ないでくれる?」
ぞわぞわと鳥肌を立てながら、
「大体君、何の目的でここにいるのさ。学生の本分である勉学に励んでおいでよ。今、授業中だよ?」
「えーやだ。数学の中戸先生好きじゃねーもん」
ストローの端をがじがじと噛みながら、
ただしそれは一般的な感性の視点であって、今目の前にいる
「それよりさ! 俺とゲームしようよ、せんせ!」
「ゲーム? 仮にも生徒指導担当の僕の前でゲーム機を取り出そうなんていい度胸だね。没収するから早く出しなよ」
「しみじみ思うけど、本当に仮にもだよね」
「うるさい」
「あと、ゲームっていってもさ、ゲーム機使うようなやつじゃないよ」
「……だったらどんなゲームだって言うのさ」
警戒の目を向けてくる
「せんせ、俺が卒業するまでに、吸血鬼の不在を証明してみせてよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます