第3話 行方不明の宝物

 社の中で、二人はザックを下ろすと、思い思いに食事の準備を行う。

 真帆は、OD(アウトドア)缶用のシングルバーナーの上にシェラフを置き、アルファ化米と粉末スープでリゾットを作る。

 亮はお湯を沸かし、カップラーメンに注ぎ、アルファ化米を湯で戻し、ご飯を作る。

 二人は思い思いに食事をする。

 亮は、真帆の視線が斜め上に向いていることに気がついた。どうしたのかと思い、彼女の目線の先を見る。

 すると天井と壁に間に絵が描いてあることに気づいた。

 亮も、その絵を見る。

 長い年月を経ている為に色あせているが、人が海へと入って行くのを陸地から見送る人々が描かれている。

 そして、そこには黒装束に身を包んだ者の姿が一人あった。

 亮は、真帆に尋ねた。

「この絵は、いったい何なんだい?」

 亮の問いに、真帆は口を開く。

「恐らく。ここで行われていた何かの儀式を描いたものね。一人は海に……。いえ、山に海は無いから渓谷だと思うけど、それにしては、水の幅がありすぎて不自然ね。

 それはともかく、入水する人を、村人が見送り、黒装束の人物は恐らく儀式を執り行う人でしょう」

 彼女は民俗学者として、様々な伝承を研究してきた。その中には、このような絵や彫刻といった芸術作品も多く残されている。

 そういった知識が役に立つのだ。

 亮は、真帆の話を聞いて、改めて絵を観察する。

 確かに言われてみれば、そんな雰囲気が感じられた。

 そして、亮は気づいた。

 ――これって、ひょっとしてこれが、自分が探す行方不明の宝物・不老長寿伝説と関係しているのではないかと思った。

 『山老記』は劣化によって断片的な情報しか書かれておらず、老人達がどのようにして不老長寿を得たのか詳細については不明だ。

 亮は、真帆に尋ねることにした。

 すると真帆は、熟考してから答える。

「かも知れないわね」

 彼女が言うには、この絵は、日本の古い信仰の一つで、山に入って行った人は、そのまま帰ってこないという伝説に基づくのではないかと言う。

 古くから人々は、森林に暗く覆われた山の威容を恐れてきた。山の周りに住む民は、その畏敬を信仰に発展させ、山には神や霊が宿り、死んだ人間の魂も山へ昇ると考えるようになる。

 また山に住む木樵きこりや猟師たちは、生業なりわいに恵みをもたらす神として山を信仰していた。

 6世紀の仏教伝来以降は、山岳信仰と習合成立した修験道が誕生する。

 修験者は山に分け入り、滝に打たれ、険しい崖を登るなどの厳しい修行をし超自然的な能力(験力げんりき)を得ようとした。

 また山には怪異や妖怪の伝説が多いのも特徴だ。

 その最たるものは天狗だ。


【天狗】

 日本の伝承に登場する神や妖怪ともいわれる伝説上の生き物。一般的に山伏の服装で赤ら顔で鼻が高く、翼があり空中を飛翔するとされる。

 俗に人を魔道に導く魔物とされ、外法様ともいう。


 山村で子供がいなくなる神隠しは、天狗の仕業だと考えられた。

 山は、山の神と山岳宗教を生み出した聖域なのだ。

 言わば神の住む世界に、人間という俗物が入り込んだ形になる。

 ならば修験者が験力を得たように、何らかの《力》を得ても不思議ではない。

「おそらく、この村では老人を渓谷に流していたのよ。姥捨てされた高齢の老人達ばかりの村よ、病気やケガをすれば治療もできない。かと言って山を下りて人里に助けを求めることもできない。そこでこうした儀式を行って自殺に追い込んでいたのね」

 亮は、納得すると同時にある疑問が浮かぶ。

 ではなぜ、200年も生きたという伝承が残っていたのだろうか?

 亮は、真帆に問いかける。

 すると真帆は、少し考えた後に答えた。

 その答えは、亮が予想していなかったものだった。

 真帆は伝承にある異界について口にした。

 伝統と伝承の多様さは神秘的ではあったが、見方を変えればそれは異様でもある。

 見えない世界をたえず想像し、神が作り上げた、このおそろしき世界に入り込んだ気がした。

 それは――。

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