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「つまり、その方は」 

僕は丸メガネに白衣という風貌の、研究員の男と問診室のような場所で対峙していた。

「貴殿が、いつか死を選択することが分かっていた、ということですかな」

男は一言ずつ読点を打つような調子で、噛み締めるように話す上、常に僕と目を合わせてこようとするので少し辟易して、部屋の脇にある年代物の加除湿器に目をやりながら答えることにした。

「解りません。ただ走馬灯を見ていたら、予言のことを思い出しました」

走馬灯を見ていたら。この言葉の、妙な響きが小さな部屋を満たす。

「予言、と言われましても」

研究員は困ったような表情をすると、ストレスが溜まった時の癖なのか、白衣の襟のところをくねくね曲げ始めた。しかし、頭ごなしにこちらの意見を否定しない点に僕は好感を持った。

「その予言というのは、いつ、されたものなのでしょうか?」

これに対する答えは持ち合わせていなかった。

僕は改めて、そもそも自殺をする予定だったこと、予言はこの研究所を訪れろという内容であること、予言の主が誰なのかもわからず、いつの出来事なのかもわからないことについて話した。

研究員の男は頷きながら黙って聞いていたが、僕の説明が終わったことを見てとると、説明する前から決めていた文言のように、

「分かりました」

と言った。

男は続ける。

「仮に、貴殿の言う通り、そのお方に、予言能力があったとしましょう。しかし、なぜこの研究所を、指定されたのでしょう?」

それについては半分解りかけていた。何より、この研究所の名前は昔から知っていた。

「やはり、タイムマシン、でしょうか」

「そうだと思います」

この研究所には、世界で唯一のタイムマシンがある。直近十年の過去まで遡れる代物で、国主導で開発されたのが二〇一〇年くらいだから、逆算してだいたい二〇〇〇年には未来人が訪れたとニュースになっていたはずだ。

「そうなると、そのお方は、あなたに時遡させるつもりだったのでしょうね」

じそ、と男は発音した。時間を遡る。タイムマシンが開発されてから普及した単語だ。今のところタイムマシンは未来へ行けないから、この単語が適切だった。

「失礼ですが、貴殿の、お年は」

僕はいつのまにか、普通に男と目を合わせていることに気がついた。

「二十七歳ですが」

偽りなく答えると、

「お若いですね」

と返ってくる。男も見かけは若そうだったが、髪型だけは一昔前の俳優のようなセットだった。

「どうして聞くんです?」

男はその質問には答えずに、少し鋭い目になって、

「仮に、最大の十年前に戻ったとして、何をなさるつもりなのですか?」

と聞いた。実際、僕にとって一番聞かれたくない質問がそれだった。予言を思い返すと「死にたくなったらこの研究所に行け」程度のもので、それ以上の指示があったかどうかは思い出せなかった。そうして黙っていると、

「まあ、行かないと、解りませんよねえ」

男は勝手に納得してくれたようで、机の上のカルテのような用紙にチェックをつけ始めた。僕はずっと気になっていたことについて質問することにした。

「あの、質問があるのですが」

「なんでしょう?」

「どうして話を聞いてくれるんですか?」

つまり、僕以外にも過去に行きたい人間はたくさんいるはずで、僕だけのためにここまで時間を割くなんておかしい、ということだ。

「確かに、現在、タイムマシンの利用は研究目的に限られています。ここ四年、民間人による時遡は一度も行われていません」

「では無駄足ということですか?」

すると意外な答えが返ってきた。

「いいえ。貴殿がここを訪れた時点で、タイムマシンに乗って頂く事は確定しています」

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