売られた花嫁(その43)

家に帰って、すぐにこの話をすると、

「人間の世界では、不可解なことが起こりますね」

可不可は首をひねった。

「えっ、どっちの話?」

とたずねると、

「両方です」

「ああ、どっちもね。・・・でも辻本さんが鍵を飲み込んだ話は分かりやすいよね。木下社長にさんざんいいようにされた恨みから鍵を飲み込んで首を吊ったと、泉田さんが遠まわしに教えてくれた」

「でも、無理矢理飲ませてから自殺に偽装して吊り下げたとも考えられます」

と反論する可不可と言い争ってもしかたがないと思い、

「でも、MIKIさんを無罪放免した」

と言うと、

「代わりに木下氏を取り調べ中です。自殺ほう助の線はまだ残っています。それと誰が火を点けたかは未解明です」

と、可不可はここでも反論した。

いつ果てるともない議論になると観念したので、キッチンに入ってコーヒーを淹れ、自室にもどり、等々力の放火殺人の話に切り替えた。


「三か月前に夫人と離婚していたということは、木下社長はいつでもMIKIさんと結婚できたはずだ」

と話すと、

「離婚したことをMIKIさんに言おうとしない木下氏は、悪質な嘘つきです」

可不可は、木下社長を断罪した。

「でも、100日後には結婚すると約束した」

「それは甘いです。MIKIさんを、辻本氏に平気で花嫁として売りつけた卑劣漢が、100日後に結婚するはずがありません」

「でも、木下社長と夫人が離婚して、夫人が成瀬氏と再婚したのを、誰にも言わずに秘密にしていたのは解せないね。・・・借金のカタに、夫人を成瀬氏に売り飛ばした。それこそ、夫人も売られた花嫁だ。黙って成瀬氏夫人に収まった夫人も夫人だが・・・」

と、険しい顔をして腕を組み、首をひねると、

「ふたりの間には、愛があった」

可不可は何のてらいもなく、愛ということばを口にした。

「誰と誰の間に?・・・まさか成瀬氏と夫人の間に?笑わせるねえ」

と、吐き捨てるように言うと、

「いや、木下氏と令夫人の間にです」

と可不可は真顔で言った。

「平気で妻を売る夫に、愛想づかしをするだろう。・・・ふつうは」

「離婚して他の男と結婚しても、愛情がある場合があるかもしれません」

「たしかに、未練からか腐れ縁からか、離婚してもひとつ屋根の下でいっしょに暮らす夫婦もなくはない。木下社長と夫人と成瀬氏は、ある種の奇妙な三角関係とも言える。・・・でも、離婚と結婚を秘密にしておいたのが分からない」

「成瀬氏側にも秘密にしておきたい事情があったのかもしれません。たとえば、前の奥さんや親戚筋との遺産相続の問題とか。それとも、変態趣味で、他人の奥さんを奪うスリルを味わい続けたい・・・。ああ、裕史さんのおっしゃる奇妙な三角関係、ですか」

可不可は、アンドロイド犬にしては大胆なことを口にした。

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