売られた花嫁~引きこもり探偵の冒険9~
藤英二
売られた花嫁(その1)
例によって、日が暮れるころに起き出して冷蔵庫を漁った。
4年前に脳梗塞で倒れて半身不随になった母親は、懸命にリハビリに励んだかいあって、最近になってようやく調理ができるまでに回復した。
だが、じぶんの分しか作らない。
顔を合わせると、口癖のように学校へ行けと言っていた母親も、最近では匙を投げたのか何も言わずに自室に閉じこもったままだ。
・・・つまり、母子そろって引きこもりということ。
冷蔵庫には食材が何もなかった。
台所でカビの生えかかった食パンをかじり、マグにたっぷりドリップしたコーヒーを自室で飲むしかなかった。
煙草を一本吸い終え、PCを立ち上げてネットサーフィンをしたが、特段おもしろいニュースもトピックもなかった。
このままだと、緩慢に自殺しているような気がしてならなかった。
まだ22才だが、・・・それがどうした。
これからの人生には、何の夢も生きる目当てもなく、漠とした不安しか感じなかった。
・・・何度も読んだ、カフカ全集をまた一巻目から読みはじめた。
どこに何が書いてあるかほとんど知っているが、毎日同じコースを散歩するように、読みなれた文章をたどった。
そんなふうにだらだらと時間をつぶしていた夜中の1時すぎ、家の扉をどんどんと叩く音がした。
自室の窓を開けて玄関のポーチを見ると、白いドレス姿の若い女が玄関の前に立っていた。
窓を開けたのに気がついた女は、こちらに駆け寄ってきて、
「痴漢よ!」
目を剥くようにして叫んだ。
「ここに評判の犬がいるらしいわね。・・・ちょっと貸してくれない」
女は、勝手なことを口走った。
「急いで!まだその辺にいると思うから」
いちおう探偵事務所なので、可不可貸し出しの契約書にサインしてもらわなければならないが、こんな緊急時にどうするかマニュアルは作ってなかった。
とりあえず、部屋の片隅でスフィンクス座りをする可不可に電源を入れ、玄関に回って扉を開け、女を中に招き入れた。
女の後ろ姿を見ると、白いタイトなワンピースの背中から腰にかけて泥がべっとりとついている。
「ん、もうっ、この先の駐車場で襲われて・・・」
女の怒りはおさまらない。
たしか夕方に驟雨があったので、駐車場の地面はたっぷり水を吸ったはずだ。
ふと廊下を見ると、母親がタオルを数枚持って立っていた。
そのタオルで女のワンピースの背中と裾の泥を拭ってやると、女の後ろ髪にも泥がべっとりとついているのに気がついた。
タオルを替えて髪の泥を拭うと、
「痛い!勝手に触らないで!」
女は、ヒステリックに叫んだ。
「変な痴漢ね。・・・押し倒しておいて、パンストごと下着を奪って逃げたのよ」
泥を拭ってもらった礼も言わずに、女はひたすら怒り続けている。
たしかに、駅からこの辺にかけて、最近痴漢がひんぴんと出没しているので注意を呼びかける町会の回覧板が回って来ていた。
・・・それも、この女が遭遇したように、下着だけを奪う変態の痴漢だ。
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