第00話A 龍王子 紗倉 恋
赤井タケルくんか……。
昔から優しくて格好いいよね。
あのトラック事故以来、会っていなかったけど、またわたしを助けてくれる。
やっぱり、わたしのヒーローは彼だね。
中学のときも芋だったわたしを庇ってくれたし。
そう、中学校のときに会っているのに、赤井くんたら、わたしと初めましてだと思っているんだから!
それに関しては言いたいことが山ほどある。でも、芋なわたしを知らないなら、色々と話しやすいかも。
もう、わたしのどっちつかず!
「赤井くん……ううん。タケルくん」
このくらい攻めてもいいよね?
わたしの王子様。
これからはわたしが彼女になるんだから。
そのための準備も万端。
学園アイドルになったわたしは最強なんだからね!
見ていなさい。
タケルくんの隣に立つのがふさわしいのはこのわたし龍王子紗倉なんだから!
そう言ってアパートのドアを開ける。
小さなトカゲを見つけて心臓がドキッとする。
「わわっ!」
今日はなんだか嫌な予感がする。
朝、学校に行ってみるとタケルくんは他の男子と話していた。
話しかけづらいなー。
そもそも男の子と会話するのって緊張する。
わわ。どうしよう。
わたし、ちゃんとタケルくんと仲良くなれるのかな。
ううん。
諦めちゃダメ。
今日の朝の運勢は吉だったんだから。
ラッキーアイテムのキーホルダーだってつけてきたんだし!
「おはよう。
「おはよー。
「なんだ? 浮かない顔をして」
「うーん。ちょっとね……」
「あー。何かあったんだね」
苦い顔を浮かべる澪。
今日は水色の髪を流して前の席につく。
「聞きたいから座って?」
「……はい」
この子には適わないな。
わたしの気持ち、分かっちゃうんだもの。
タケルくんと会話ができないのが不安になったり、彼と仲良くできる自信がないのを洗いざらい話した。もちろん、他の子に聞こえないように。
「えー。紗倉がアタックすれば、いくら朴念仁の赤井君も籠絡できるって」
「そう簡単にいかないよ~」
だって彼の周りには可愛い美少女がいっぱいいるんだから。
「お。そのキーホルダー可愛いな」
そう言って横を通り過ぎるタケルくん。
ええー! そんなのってずるいよ!
わたしは目をパチパチさせてその後ろ姿を見届ける。
彼にしてみれば気にかけるような話でもないのかもしれない。
でもわたしにとってはとても嬉しかったりする。
「もう! もう! タケルくんたら……!」
ぶんぶんと顔を横に振ると、澪が盛大にため息を吐く。
「紗倉、落ち着きなって」
肩をぽんっと叩く澪。
「えー。だって……」
「嬉しいのは分かったから」
コクコクと頷く澪。
「紗倉は素直で、努力家だし、可愛いもの。きっとすぐに赤井をものにできるよ」
「も、もの……!? 言い方!!」
「あははは。それくらいの気持ちでいきなって。紗倉」
「うぅ。澪は意地悪なんだから……」
ポッと頬を染めると、にんまりと笑みを浮かべる澪。
それにしてもタケルくんは人気があるのか、友達と一緒にいることが多い。
そしてそこに紅一点、
あの子はわたしほどではなくとも男子生徒からかなりの注目度を集めている。学園アイドルまではいかないにせよ、人気があるということはわたしの
でもあんなに素直に、真っ直ぐに接することはできないよ。
「どうすればいいの? 澪!」
「その話だったら、ジブンにいい案があるネ!」
「楓ちゃん、何か策があるの?」
「もちろんネ! これを使うといいヨ!」
そう言って渡してくる四角形の袋。
「なに? これ?」
「楓のバカ! 紗倉はこんなの使わないって。純情乙女なんだから!」
澪がすぐに回収してポケットにしまう。
「え。なんだったの? 教えてよ、澪」
「だー。まだ早いって」
「早いの? 同い年なのに?」
「もう、しつこいと嫌われるよ?」
「むむ。嫌われたくないから黙る……」
「あ、いや、まあ……」
しどろもどろになる澪。
そんな顔がおかしくってつい吹き出す。
「あー。人の顔を見て笑うなんて!」
「ごめん。ごめん。でも可愛い表情だったから」
「ぶー。どうせ不細工ですよーだ」
「澪はそう言うけど、周りの顔面偏差値が高いだけだと思うんだ……」
「それって相対的ブスってことじゃん。酷いよ! 紗倉!」
「え! いや、え! そ、そんなつもりじゃないよ~!」
わたしが慌てふためくと澪だけでなく楓までもクツクツと笑い出す。
フォローしたつもりが全然聴いてくれない。
「うぅ……」
「さすが紗倉ネ。フォローの仕方が下手ネ」
「もう。楓ちゃんは!」
「ふふ」
澪が微笑むと楓もにこりと笑みを浮かべる。
お昼休みになり、わたしは楓、澪、
「ねぇ。紗倉。ここにいていいの?」
「え? どういうこと?」
「いやいや、キミには思い人がいるだろ? なら」
「そうそう!」
「紗倉ちゃん、アタックしないの?」
「え。え? 何をすればいいの!?」
わたしは理解が及ばず慌てふためく。
「いや一緒にお昼食べるチャンスじゃん」
「そこでふーふーとか、あーんとか、」
「え。そ、そんなぁ~」
タケルくんとふーふー、あーん。
かぁぁぁぁと赤くなるわたし。
それもう経験済みなのよ。
でも客観視するとやっぱり恥ずかしい。
でもでも。恋人みたいで嬉しい。
「この子。どうなっちゃったの?」
香織が困ったように眉根を寄せる。
「きゃ、言わせないでよ。バカ」
「バカにバカと言われる筋合いはないよ。このバカ娘」
「ん。もう……」
顔が熱くなり、手で扇いで冷やす。
「きょ、今日のところは勘弁しておくわ!」
「ま、まあ。紗倉がそれでいいならいいけど」
困ったように頬を掻く香織。
「いいの。明日から頑張る!」
「あ。これ一生頑張れないタイプだね」
「そうそう。だからヘタレなのよ。紗倉は」
うんうんと
「へ、ヘタレじゃないもん」
「じゃあ、話しかけなよ」
ウイスパーボイスの香織がそう呼びかけてくる。
「い、行くぞ!」
わたしは席を立ち上がり、窓際の窓側にいるタケルくんを目指す――
けど、くるりと反転。
わたしは自分のいた席に戻る。
やばい。顔をちらりと見ただけでドキドキしてしまう。
「こら。紗倉」
「もう、いじめないでよ。澪」
「ふふ。そんな紗倉も可愛いよ」
ボーイッシュな香織が笑みをにこりと零す。
「あ、ありがとう」
こっちもあまり心臓に良くない気がする。
「もう、どうするのヨ」
楓が突っ伏すような態度で嘆息まじりの声を上げる。
「明日。明日頑張るから!」
「はいはい。期待している」
「期待していない言葉じゃない!」
わたしは思わず声を荒げる。
「変な子と思われたいの? 紗倉」
「むぅ。香織ちゃんの意地悪……!」
小さくうめくわたし。
「ほら。卵焼きあげるから」
そう言ってふわふわな卵焼きをつまんだ箸を伸ばしてくる。
わたしはパクッと食べると咀嚼する。
「もう。もう!」
「はいはい。可愛いよ」
「てきとうだネ~」
楓がからからと笑う。
このグループなんでまとまっているのか分からないけど、一緒にいて気分がいいんだよね。
疲れないし、みんな優しいし。
そのあとも談笑して四人でいたのが嬉しかった。
ちょっと名残惜しいけど、このグループから外れてわたしはタケルくんと一緒にいたいの。
この気持ちに嘘はつけないよ。
もう気がついているから。
この気持ちが〝恋〟だということを。
まあ、一杯のコーヒーを飲めばだいたいの悩みは解決するんだよね。
そう思って、わたしは今日もコーヒーを飲む。
「ん。ブラックは無理……」
「子ども舌だね。紗倉は」
「もう!」
香織ちゃんが意地悪を言う!
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