第00話-B 佐里 ホワイトデー
三月二十日。
ホワイトデーまで四日ほど。
俺はどうするか悩んでいた。
義理とはいえ、佐里からチョコを受け取った。
本命ではないにしろ、お返しが必要だろう。
今後の関係値を保っていくためにも、俺は彼女と一緒にいられるようにしなくてはいけない。
義理だからこそ、薄情なことはしたくない。
血のつながらない関係だからこそ、血のつながった兄妹よりももろいのだ。
「さて。佐里も手作りだったし」
俺も手作りにするかな。
と思いスーパーでお菓子作りコーナーをうろうろとする。
クッキー、飴、マシュマロ。
ホワイトデーのお返しにもってこいのお菓子を想像する。
うーん。でもマシュマロは作れないかな。
一応動画サイトで調べてみる。
お。意外と簡単にできるみたいだ。
でもなー。
やっぱり作りなれたクッキーがいいか。
ハート型とかは佐里も喜ぶだろうな。
喜ぶ佐里の顔を思い浮かべて俺は苦笑する。
チョコチップに手を伸ばすと触れあう手のひら。
「あ。すみません」
「いえいえ。こちらこそ、デス!」
イントネーションがちょっと違うし、髪の色も珍しい女の子が立っていた。
可愛い子だ。
「あー。じゃあ」
俺は上から一つとると、その子も一つとる。
「これも何かの縁ですネ!」
「そうかもね」
名残惜しい気持ちを抱きながら、その場を離れレジを通す。
不思議な魅力ある子だったな。
そう反芻し、帰路につくのだった。
「さて。クッキーの作り方は」
久々にクッキーのレシピを見やる。
レシピ通りに作るのはできるけど。
ちょっと工夫したいな。
チョコチップや紅茶のフレーバーとか?
うーん。いけるかな。
とりあえず試しに焼いてみる。
「うーん。ちょっと薄いな」
まだ四日ある。
おいしいものを作るのには時間も必要だ。
「さて。サプライズだし。そろそろ晩飯を考えるか」
佐里は部活で忙しくしているから、今日も帰りが遅い。
陸上部のエースらしい。
あの小さな身体にそんな力があるのか? と疑問に思うが、ちゃんと食べているところを見ると実感が湧いてくる。
俺も何か打ち込めるものがあればいいのに。
手では買ってきたアオリイカを捌いていく。
今日はイカソーメンと煮物だ。
イカには貝殻だった頃の軟骨があるので丁寧に抜き取る。
中身も表面も洗って、刻む。
そんなこんなしていると、佐里が帰ってくる。
「疲れたぁ~」
ここまで感情を出すようになったのは嬉しいな。
「お帰り。佐里」
「ありがと。お兄ちゃん」
俺が持ってきた麦茶をごくごくと飲み干す佐里。
「そろそろ夕食できるからね」
「うん。ありがと」
素直にお礼が言えるなんて、とてもいい子だな。
感慨にふけっていると、炊飯器が音を鳴らす。
俺は慌ててキッチンへ向かう。
料理を皿に分けていく。
父と母は仕事で帰りがさらに遅い。
だからこうして暇である俺が料理当番を請け負っている。
料理を並べると、ワクワクした様子で待ち望む佐里。
「今日は煮物なのね」
「そうだ。和食で取りそろえてみた。健康にもいいしな」
お麩とネギの味噌汁、煮物、白米、浅漬け、イカソーメン。
二人で食事を進めていくと、俺はおもむろに訊ねる。
「学校、どうだ?」
「ん? しんどい」
「しんどい?」
「なんだか、お兄ちゃんを紹介しろ、ってうるさいの」
「え!」
「何嬉しそうにしているのよ。 お に い ち ゃ ん」
「いや、でも、嬉しいだろ。男として」
「誰にも渡さないんだから」
「え。なんだって?」
「うるさい。このぼんくらお兄ちゃん!」
ひどいことを言われた。
俺、そんなに酷いことをしたか?
でも佐里の友達に手を出すのはやはりマズいか。
「すまん。お兄ちゃんが迂闊だった」
「……」
「気が回らず、すまん」
「まあ、許してやらなくもないけど……」
「本当か!? ありがとう佐里」
「ま、まあ、お兄ちゃんも男の子みたいで安心した」
「……どういう安心の仕方だよ」
ふふと笑う佐里。
「それもそうね! それよりも最近は紫色にするのが流行っているのかな?」
佐里は視線を落とす。
「ああ。でもおいしいだろ?」
「まあ、それに関しては否定できないけどね」
そう言って紫色の煮物を口にする佐里。
美味しそうに食べる妹を見てほっと安心する俺。
こんな穏やかな時間がいつまでも続けばいいのに。
俺は佐里と一緒にいると幸せを感じる。
だから一緒にいたい。
それもこれも家族として存在してくれるのが嬉しいのだろう。
俺はその彼女が好きだけど、それも家族愛だろう。
さて。明日もまたクッキーを作るか。
「うーん。納得いくクッキーが作れないな……」
残り二日。
間に合うか?
いやな予感がしてきた。
でも普通のクッキーはできるんだよな。
これで満足したい気持ちもあるけど。
これだけ? 俺はこれだけのものを佐里に送ろうとしているのか?
「そう言えば、ホワイトデーのお返しって何か意味があったような……」
ネットで調べて俺は戦慄する。
マシュマロは嫌い。
クッキーは友達。
キャンディーが好き。
マカロンが大切な人。
「なるほど」
これではマシュマロとキャンディーはなしだな。
幸いにもクッキーは友達という意味合いがある。
これでいいか?
少し悶々とした気持ちが残る。
「俺、どうしちゃったんだろ……」
以前、一人っ子だったときには味わえない気持ちを感じている。
それは悪いことじゃない。
悪いことじゃないのに……。
「ま、試しにこれも作ってみるか……」
レシピを動画サイトで調べると、俺は初挑戦してみる。
こんなこと、一人じゃ経験しなかったよな。
そう思うと家族って大事なんだと思う。
家族のためなら頑張れる。
家族のためなら努力を惜しまない。
家族のためなら失敗も恐れない。
俺はやっぱり家族が好きなんだよな。
どんな形であれ。
どんな両親であっても……。
ホワイトデー当日。
俺は帰ってきた佐里を迎え入れる。
「佐里、ちょっといいか?」
「なに?」
帰ってきて早々勉強を始める佐里。
そんな彼女の部屋をノックし、入ると言葉を紡ぐ。
「その、ホワイトデーだろ? これ」
綺麗にラッピングしたマカロンをプレゼントする。
「わわ。上手だね。さすがお兄ちゃん」
「これからも、佐里のこと大事にするよ! だから心配しないで!」
まだこの家族になって四ヶ月。
なじめていないかもしれない。
辛いかもしれない。
それでも家族になれたことが幸せであると感じてほしい。
こんな家族で良かったと思ってほしい。
「ふふ。ありがと。お兄ちゃん」
そっと抱きついてくる佐里。
「抱きつくのはなしだ」
「えー。でも兄妹で抱きつくのはありだと思うな~」
「いや、ないだろ」
「でも
「そ、そうなのか?」
「ということで、えい!」
再び抱きついてくる佐里。
「ま、勉強がてら食べてくれ」
そう言ってそそくさと逃げ出す俺。
☆★☆
ワタシ、赤井佐里は非常に喜んでいた。
お兄ちゃんがホワイトデーにお返しをくれたのだ。
これがウキウキしなくてどうする。
しかも〝大切な人〟の意味を持つマカロンだ。
たぶん、偶然なのかもだけど、憎からず思っているからくれたわけで……。
ワタシ、今一番幸せかも。
お兄ちゃんはいつも優しくて格好いいもの。
自慢の兄。
そして血のつながらない兄妹。
そんな彼を見ているとぽかぽかしてくる。
これがきっと恋なの。
嬉しくなり、勉強そっちのけでマカロンを眺める。
少し歪だけど。
手作りだもの。嬉しくないわけがない。
「ふふ。大切な人かぁ~」
この間までクッキーを作っていたのに。
匂いで分かったよ。
でもどうして変えたのか、その気持ちがワタシにとっては嬉しいことの一つだったりする。
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