番外編
第00話-A 佐里 バレンタイン
これは龍王子紗倉と偽の恋人になる前の話。
「お兄ちゃん。今日も料理作って!」
甘えてくる義妹を押しのけるだけの胆力もなく、ずるずると従っていた昼下がり。
俺は得意のハンバーグを作り終えて、食卓に並べる。
「さすがタケルさん、いつも通りおいしそうだね」
「いいだろ。美味しいんだし」
素っ気ない態度をとると少し不満そうにする佐里。
「そういえば、明日から台所使いたいんだけど?」
料理下手な佐里には珍しく料理をしたいらしい。
「なんだ。急にどうした?」
「いや、来週バレンタインじゃん」
「あー。好きな子でもできたか?」
「ええと。うーん。どうだろうね」
「なんだ、煮え切らないな。まあ好きにするといい」
「そ、そうじゃなくて!」
俺の袖をつまむ佐里。
ちょっとドキッとした。
「チョコの作り方、教えて? 来年からはちゃんとしたの、作るから」
「? 何を言っている。まずは今年を成功させてからだろ?」
苦笑を浮かべる俺は、ガシガシと頭を掻く。
「分かったよ。教える。それでいいんだな?」
「は、はい!」
いつも以上に気合いの入った佐里だった。
翌日。
俺と佐里は午前中から買い出しに向かっていた。
「ところで、相手の男の子はどんな味が好きなんだ?」
「え? 味? チョコでしょ?」
「お前。チョコにもホワイトとかブラックとか、カカオの割合だってあるんだぞ?」
「そ、そうなんだ。知らなかった……!」
今知ったらしく少し恥ずかしそうに俯いている。
「だって。好きな人はチョコ受け取ってくれるか、分からないんだもの」
いじらしい表情を浮かべる佐里にぐっとくる俺。
「いいじゃん。チョコもらって嬉しくない男子なんていないぞ」
「そ、そうなんだ。タケルさんも?」
「ああ。大喜びするね! チョコをもらったぞー! ってな」
「そっか。なら安心だね」
鼻歌交じりでチョコを選び出す。
「ちなみに、タケルさんはどんな味が好きなの?」
「え。俺?」
「男子中学生代表ということで」
「そ、そうだな……」
実を言うと甘いホワイトチョコが大好きなのだが、ブラックチョコの方が格好いいよな。
「ブラックチョコだな」
「そっか。じゃあ、これを買う」
佐里はチョコを何種類かいれていくと、満足げに微笑む。
「これで美味しいチョコ作れるね!」
まあ、作るというが、溶かして固めるだけなのだが。
料理嫌いの佐里には向いている練習かもしれない。
そしてその日の午後。
「ふぇぇぇん。分からないよぉ~」
佐里が泣きながらチョコを溶かす。
が、火力が強すぎてすぐに焦げてしまう。
「火を弱めないと! それからヘラで全体的にかき混ぜるんだよ」
湯煎で失敗する人、初めてみた。
「というか、鍋にチョコを直接いれるんじゃない!」
「どうすればいいのよ。タケルさん」
「こうやってボールで湯煎するのさ」
俺は棚に閉まってあった金属ボールを見せる。
「え。そんな方法があるの!?」
「ああ。というかこれが普通だぞ」
「そ、そうだよね! 分かっていたよ! うん」
なぜか強がってみせる佐里。
そんな背伸びした姿も可愛いけど。
その後もチョコ作りを教えていく。
「チョコ難しい……」
型に流し込むが、それも歪な形になる。
根本的に料理への苦手意思がそうさせているのかもしれない。
「気楽にやろうか?」
「え。で、でも……」
俺は頭をガシガシと掻き、考える。
今まで一度もこう言わなかった佐里だ。
きっと初恋の人なのかもしれない。
「その初恋の彼を思うと力が入るのかもだけど……。でも、気持ち落ち着こう、な?」
「むむむ。その人、料理が上手なんだよね。だから中途半端なものは送りたくない、かな……」
「そっか」
相手が料理上手だと、どうしても女子力という言葉が思い浮かばれる。
女子力の低い女子と女子力の高い男子。
字面的には反対なのかもしれないけど、今のご時世、逆だってこともあり得る。
「何も、女子が料理上手である必要ないじゃん?」
「むむむ。そうだけど……」
ここまでしつこいのは久しぶりだ。
そこまでして送りたい相手がいるのか。
まあ年頃の女の子だしな。それに男の俺に料理を請うなど、彼女のプライドが傷つくだろう。
それでもなお、教えて欲しいのだ。
その気持ちは大切にしないと。
「分かった。もうちょっとだけ続けてみようか?」
「うん。うん!」
少しテンションの上がった佐里は冷蔵庫に閉まっていたチョコを取り出す。
「じゃあ、混ぜ混ぜするね!」
「いいや、そのまえに湯煎だ」
一から教え始める俺。
それから二時間ほど、たっぷり教えたが、佐里の頭はパンクを迎えていた。
でももともと興味のある分野は勉強熱心な方なんだが……。
「しかし、そろそろ夕食にするか」
「ん。ワタシはこのままチョコ作る」
「いや、コンロが足りないんだよ」
「えー。でもワタシ……」
「分かったよ。そこまで言うなら任せる」
今夜はカレーにするか。
チョコを混ぜている隣で俺はカレーの具材を煮込む。
「きゃっ!」
佐里の飛んだチョコが、そして調味料が煮込んでいる鍋の中に入ってしまう。
調味料の色合いなのか、紫色に染まっていく。
「こ、これは……!」
「ご、ごめん。タケルさん」
俺は少し味見をしてみる――が、
「こ、これは……!」
「ごめん。おいしくないよね……」
「うまい。最高だ!」
「え?」
「お前も食べてみろよ」
俺は皿に移すと佐里に渡す。
「こ、こんな料理!」
口に運ぶと、目をキラキラと輝かせる佐里。
「これ、美味しいよ! タケルさん!」
「だろ? これ行けるぞ」
「さ。そろそろ夕飯にしよう。チョコ作りはそのあとだ」
「うん。分かった。お兄ちゃん」
「おにい……?」
「あ。ごめん。いや、だよね……?」
「いや、いい。呼びやすいように呼んでくれ」
「そ、そう? お兄ちゃん」
少し嬉しい気持ちがあるほぼ同性代の子から自分を慕ってくれるような発言。
もちろん異性として意識はできないが、それが返って好都合だと思えた。
これから、俺は兄。佐里は
うまいうまいと言いカレーを食べ終える頃には、俺はソファでうとうとと船をこいでいた。
そこに何かが触れた気がした。
☆★☆
タケルさんの顔を見ていると、『お兄ちゃん』と呼ばれるのが嬉しいらしい。
中学校でもワタシはアイドルと言われるほどの
いわゆる学園アイドルだ。
そんなワタシを兄妹という理由だけで溺愛してくれるタケルさん。
そのタケルさんが作ってくれたハンバーグも、カレーもおいしかった。
彼には何をやらせても一番になる力を持っている。
だけど、それを快く思わない連中も多い。
出る杭は打たれる。
なんて言うけど、なぜそうなるのか、ワタシには分からなかった。
誰がそんなことを決めたのか。
誰が何の得があってそう言いだしたのかは知らない。
人が頑張っているのに、それをバカにするなんて許せないじゃない。
だから平凡の姿をかぶろうとしているタケルさんを放っておけなかった。
その辺りがワタシが彼を好きになった理由。
うとうとと眠っているタケルさん。
そんな中、ワタシはうまくチョコを作れた。
ソファで眠りこけているタケルさんの隣に座る。
頭を肩に預けるとすやすやと眠るタケルさん。
その膝元にできあがったチョコをラッピングしたものを置く。
「こ、これは本命なんだからね!」
寝ていることを確認してそう告げると、ワタシはそのまま待機する。
なんだかすごく幸せな気分だ。
チョコ、おいしいといいなー。
そんなことを思いながら、ワタシもうとうとし始める。
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