第32話 普通のチャーハン

「てか。警察に相談するのがいいんじゃね?」

「あー。でもすぐに対応してくれるかな……?」

「それなら俺に手がある」

「さすが赤井くん」

「タケルはずる賢いからね」

 美鈴が言いたい放題言っているが、俺は聞く耳を持たない。

「でも。そのためには龍王子に、一度痛い思いをしてもらうことになる」

「一度、なら……まだ……」


 ☆★☆


「もう帰るぞ。お前」

「嫌だ。わたしはここでみんなと一緒に生きていきたい」

「は。何がだ。金がなければ付き合おうとも思わない、そんな連中だろう?」

「そんなことない。あの人たちはわたしを裏切らない」

「裏切らない? ククク。笑える冗談だ。ああ。そんなことない。友は裏切る。それも金を使わせて、な」

「さ。来るんだ」

 乱暴に龍王子の腕をつかむ父。

「いや! 離して!」

 父は気にした様子もなく、玄関まで連れ込む。

 手を払いのけるのに成功した龍王子は、少し距離をとる。

 と、頬を叩く音が響く。

「誰のせいでおれが酷い目に遭ってきたと思う!」

「し、知らないです。そんなこと!」

「あのクソ妻と一緒にならなくちゃいけなかったんだぞ! 全部、お前が生まれたせいだ! 結婚なんてしたくなかったのに」

「それこそ、勝手です。わたしだって生んでくれと頼んだ覚えはないわ!」

「まだ言うか。クソ娘!」

 握り拳が龍王子の腹を見据える。

 ――マズい。

 俺は間に入り、腹にその直撃を受ける。

「な、なんだ? お前は!」

 驚きの声をあげる父。

「タケルくん!」

 龍王子は慌てて俺に駆け寄ってくる。

「貴様、いつからそこにいた?」

「警察の皆さん、見ていましたか?」

 俺は震える声で訊ねる。

 警察官が三人、顔を見せる。

「これはどういうことですかな? 龍王子あきらさん」

 警察が見ていたのに、驚きを隠せない父。

「これは、すべて娘の教育だ! 言っても分からなければ叩くしかないだろ!?」

「そんな時代は終わったんだよ。クソ親父」

 大河がクローゼットから姿を現す。

「まあ、賭けでしたね」

 綾崎がトイレから出てくる。

「まあ、赤井くんなら大丈夫って信じていたけど」

 色恋さんがシャワー室から現れる。

「お前ら、謀ったな!」

 龍王子父は怒りの滲んだ顔でこちらを睨んでくる。

 おお。怖い怖い。

「暴力をふるっていたね。これで虐待の証明がすんだ」

 美鈴も玄関から顔を覗かせる。

「お兄ちゃんの言う通り、映像も残っているの」

 ベランダから飛び出す佐里。

「バカな。こんな奴のためにそこまでするのか……?」

「あんたにとって価値がないらしいが、俺にとってはじゅうぶんすぎる価値がある。あんたは大人しくつかまれ」

「はは。龍王子財閥のこのおれが捕まる? バカな……」

「地位なんて関係ないんだよ。人はいつも一人だ。だからこそ、寄り添える。あんたは間違っているんだ」

「何を言っている。ケダモノのような凡俗には天才の足を引っ張ることしかできない」

「違うね。凡人がいなければ天才の言葉は、技術は受け継がれていかない。一番大切なのは伝え広める凡人だ。天才は天才らしく凡人に教えるだけでいい」

「バカな。信じられるものか」

「人間であるあんたが人間を信じない。だから間違えるのざ」

「そうだね。僕たちは凡人だけど、天才であるあんたを下した。この意味分かる?」

 俺と言い荒らそっていると、大河と綾崎も声を上げる。

 今度こそ、力尽きたのか、がっくりと項垂れる龍王子父。

「お父さん。今までありがとうございました」

 前に出て深々と頭を下げる龍王子。いや、紗倉。

「お前はもう資金源がなくなる。このアパートにもいられなくなるぞ?」

 クツクツと笑う龍王子父。いや、あきら

「まあ、それなら考えてある。俺の部屋に住めばいい」

「タケルくんの言う通りね。わたしは逃げる道がある。それは父さんが馬鹿にしていた友のお陰です」

「……そうか」

 言葉を失ったようにその場にへたり込む章。

 警察官につれていかれる、その姿は哀れに思えた。

「人を信じることができなかったのだろう。可哀想な人だ」

「そうだね。本当の愛を知っていれば、お兄ちゃんみたいに頑張れたのに」

 佐里がにんまりと笑みを浮かべているが無視する。

「それより大丈夫か?」

 大河が心配そうに俺の腹を見やる。

「ああ。少し痛いが……。ぐっ……」

「赤井くん!?」

「赤井!」

「タケル!」

「タケルくん!?」

「赤井!」

「お兄ちゃん!」

 みんなの叫ぶ声が聞こえる。

 俺は腹の痛みでその場に倒れ込む。



 ☆★☆


 ピッピッと規則正しく電子音が鳴り響く。

 俺は目を開けると、白い天井が映る。視界をくべらせると、ベッドに寝ているらしく、その横ですやすやと眠る紗倉がいた。

「紗倉……」

 俺はその髪をさらりと触れてながす。

「ん。んん……あ。タケルくん!」

 嬉しそうに抱きしめてくる紗倉。

「紗倉。どうしたんだよ?」

「お医者さんは疲労と寝不足から来るものだって。あとお腹は打撲っていう診断だたよ。心配したんだから!」

 もう、と言ってふくれっ面を浮かべる紗倉。

「す、すまん……!」

 焦っていた。

 だって柔らかな膨らみが押しつけられているのだから。

「それに、わたしたちは恋人でしょ?」

「え?」

「ん?」

 俺と同じくらい龍王子がハテナマークを浮かべる。

「ええと。タケルくんにはその意思が?」

「ないな。今のところ」

「じゃ、じゃあなんで一緒に暮らすとか言えるのです!?」

「いや、売り言葉に買い言葉というか……。たはは」

 乾いた笑みを浮かべる。

 が、納得のいかない様子の紗倉。

「じゃあ、なんで紗倉って呼ぶようになったのですか?」

「だって、あの父親と同じとかって嫌じゃん?」

 たっぷりと深いため息を吐く紗倉。

「もう、知りません! みんなわたしたちの関係を渋々承諾してくれたというのに」

「どういうことだ?」

「天然無自覚鈍感系おバカ太郎一号には言いません!」

「な、なんだよ。それ!」

 俺が怒ると、紗倉は少し意地悪な笑みを浮かべる。

「いいじゃないですか。この時間も、わたしは楽しみたいです」

「……そうか」

 そう言われると何も言い返せないよな……。

「赤井くん、起きたんでしょ!?」

「タケル。大丈夫!?」

「お兄ちゃん!」

 色恋さんに、美鈴、佐里までやってくる。

 そう言えばアニメのハーレム系はこんな感じの終わり方だった気がする。

 まあ、悪い気はしない。

 むしろ、みんな慕ってくれているのは嬉しい、が……。

「今日はわたしが看病します」

「家族であるワタシでしょ?」

「何言っているの? 幼馴染みのこの私でしょ?」

「ア、アタシという可能性は……」

 みんな必死で看病を名乗り出ているけど、なんでそんなに元気なんだ。

「少しは一人にしてくれ……」

 それを聞いたみんなはすっと顔を能面にして、ブツブツと呪詛を唱え始める。

「けっきょく」

「お兄ちゃんは」

「誰が」

「好き」

「なの!?」

「えー。なんでそういう話になっちゃうかな~」

「最初から最後まで徹頭徹尾そう言った話だったでしょ!?」

「まったくお兄ちゃんは分かっていないな~」

「まあ、そう言ったところが……」

「そうだよね。うん。知っていた」

 みんな諦めたようにジト目を向けてくる。

 俺が悪いらしい。

 でも思い当たる節がない。

 俺はどうすればいいんだ!?

「ありゃ。美少女がいっぱい」

「大河、手を出すなよ?」

「わかっーってるて」

「本当かな? 僕には分からないけど」

 大河と綾崎も見舞いに来ていたらしい。

 つくづく仲間思いな奴らだ。

「ここのチャーハンはうまいらしいぞ」

「食べにいくぞ」

 俺は大河に誘われるままついていく。

「あー。お兄ちゃん!」「赤井くん!」「タケル!」「タケルくん!」

 女子の呼び止める声が聞こえるが、俺は無視した。

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