第31話 ヒーロー

 佐里の愛の告白を受けて、俺は困惑していた。

「ワタシ、本気だから」

「いや、本気だったら困るんだが……」

 俺は冷や汗を拭いとる。

「お兄ちゃんは格好いいもの。みんなにモテるのは分かるけどね」

「モテる? 俺が?」

「まさか、まだ気がついていないの?」

「ど、どういうことだ?」

「ま、言わないであげる」

 佐里は唇に手を当ててしーっとする。

「本気だからね。他の人には譲らないよ。お兄ちゃん」

 他の人が誰だか分からないが、困ったことになった。

「なら、佐里はもとの家に帰るべきだな」

「えー! なんで!?」

「俺はお前を家族としてしか見られないし、そんな俺と一緒にいてもしょうがないだろ」

 前にドキドキしたことがあるが、あくまでも佐里は義妹だ。そんなのはダメだ。

 良くない。

 理性が働くほどには客観視している。

 そこまでのめり込んでいない。思い詰めていない。

 俺には佐里を受け入れることはできない。

「ごめん」

「何、言っているの。お兄ちゃんが悪いわけじゃない、でしょ……?」

 涙声で俯く佐里。

「ごめんね。今日は家に帰るよ」

 そう言って駆け出す妹。

 俺は追おうとはしなかった。

 一人で泣く時間も必要だろう。

 残された俺はどうしたものか、と頭を抱える。

 たぶん、このまま龍王子を一人にするのは良くないと思う。

 でも拒絶していた。

 そばにいてやらなくてはいけない。

 癒やされる方法はあまり知らないが、俺なりに工夫するべきなのかもしれない。

「佐里……」

 意外にも妹への思いは吹っ切れていないのかもしれない。

 まあ、妹に手を出す訳にはいかないからな。

 俺は家族は大切にしたいんだ。ごめんな。

 心の中で謝ると、俺は大河と綾崎に連絡をとる。

「俺だ。大変なことになった協力してくれ」

『なんだよ。さっさと言え』『できるだけのことはするよ。なんだい?』

「ありがとう。二人とも」

『だから言えって』

「龍王子が一人暮らしをできなくなるかもしれない」

 そう告げると二人は息を呑む。

 龍王子と同じアパートって話していなかったな。

 そこは伏せて、龍王子の父の話をした。

『ほう。ならお前がヒーローになるんだよ!』

『行ってこい。そして話をつけろ。お前ならできるはずだ』

『そうだ。そうだ。行って抱きしめてやれ。あとゴムも忘れるな』

「お前ら……」

 言いたい放題言いやがって。

「まあ、俺にできることをするよ」

『はん。お前は変なところで優柔不断だな』

『それにかっこつけたがりだし』

「うっせーよ」

 真っ直ぐに台所に向かう。

「さて。最高の飯をつくるか」

 ジャガイモに、タマネギ、ニンジン、夏野菜。

 俺にだって女の子一人救えるんだって、証明しなくてはな。

 あのトラックのときとは違うんだ。


 ☆★☆


 わたしは父親が嫌いだ。

 なんでもかんでも自分一人で決めて、従わなければ暴力を振るわれることも多々あった。

 だから母親にお願いして逃げるように一人暮らしを始めた。

 父はわたしを道具としてしか見ていない。

 一流企業の社長とか言っているけど、わたしにはどうでも良い。

 そのはずだった。

 父は他の企業と合併するさいに、わたしを差し出した。

 父にはすべてお見通しだった。

 まだ十六歳だけど、結婚を勧められていた。

 わたしに選ぶ権利なんてなかった。

 進学校である高校に入学を決められ、そしてそこで一位をとり続けることでわたしの居場所を得た。

 そんなある日、わたしは小学校のときのヒーローに出会った。

 トラック事故での彼の活躍は格好良かった。

 今でも変わらぬよさがあり、わたしはすぐに彼を助けようと偽の恋人を名乗りでた。

 それは彼の弱味につけこむような嫌な方法だったかもしれない。

 彼が放っておくとは考えにくかったから。

 でも彼のお陰でわたしは少しの間、幸せを得ることができた。

 そんなおり、黒い噂を耳にするようになった。

 それもタケルくんの機転で回避できた。

 八股疑惑を払拭するため、頑張るという。

 全てはわたしのため。

 だからわたしはこれで最後の我が儘にしようと思った。

 わたしはやっぱり父のものなんだって、分かったから。

 わたしにはそれくらいしかできない。


 しくしくとすすり泣いていると、玄関のチャイムの音が鳴る。

 またお父さんなのかな。

 不安で押し潰れそうになる胸に手をあてて歩きだす。

 のぞき穴から見ると、そこにはタケルくんがいた――。


 ★☆★


「カレー、作ってきたぞ。食べよう?」

 鍋ごと持ってきた俺はにこやかにドアをノックする。

「龍王子!」

「分かりました」

 ガチャッと音を立てて扉を開く龍王子。

「さ。うまいもん食べて元気だそう!」

「うん。ありがとうございます」

 少し砕けてきたな。

 いつも敬語なのに、少し抜けている。

 それが微笑ましく思う。

 俺は台所で紫色のカレーをご飯によせる。

 そして食卓へと持っていくと、目の端を赤くしている龍王子の前に差し出す。

 何も言わなくていい。

 何も聞かなくていい。

 俺はただそばにいればいいんだ。

「相変わらずの紫ですね……」

「これがうまいんだよ。食べてみろ? 飛ぶぞ」

「飛ばなくていいです」

 少し膨れる龍王子。

 パクッと一口食べると、味を占めたのか、勢いよく食べ始める。

 俺としては嬉しい反応だ。

 二人で食べていると、会話もなく。でもそれが心地良かったりするのだった。

「なんで何も聞かないのよ。馬鹿」

「言いたいことなのか?」

「それは……」

「俺は言いたくないなら無理して聞かない。言いたくなったときに言えばいいだろ?」

 片付けをしながらそう言う。

 四人前あったカレーは胃袋の中に消えていった。

「……わたし、お父さんに虐待を受けていたのです」

「……そっか」

「だから、逆らうのが怖くて。それに言うことを聞かないと何をされるか分かったものじゃないのです」

 訥々とつとつと言葉を紡ぐ龍王子。

 その横顔は悲しそうでもあり、辛そうでもあった。

「なら、逆らおうよ」

「え……?」

「窮鼠猫を噛む。って、弱い者でも大きな力に立ち向かわなくちゃいけないときがある」

「そ、それは……」

「あとは俺がなんとかする。だから、一言言ってくれ。それで俺はヒーローになれる」

「そ、そんなこと……」

 龍王子は否定的な色を浮かべる。

 俺の手を握る龍王子。

「うん。分かった。わたし、まだここにいたいです」

「なら、力になるよ。それに俺だけじゃない」

「おう! お困りのようだな!」

「僕もいるよ」

 大河に、綾崎。

「龍王子ちゃんには負けたね」

「でも私も協力するよ。主人公ヒーローがやる気出したんだもの」

 色恋さんに、美鈴。

「もう、ワタシだけハブらないでよ!」

 佐里もいる。

「みんなお前の友達だ。仲間だ。協力してくれるさ」

「み、みんな~ぁあ!?」

 声を上げて泣き始める龍王子。

「さ。みんなで対策を考えよう」

 あれやこれやと怒号の飛び交う会議が始まる。

 父をどう説得するのか、どう落とし前をつけるのか。

 それを重点的に話し合う。

 みんな龍王子紗倉さくらを助けるために集まってくれたのだ。

 仲間がいなくちゃここまで頑張れていない。

 俺も、龍王子もきっとそうなのだ。

 まだ、何か方法があるはずだ。

 俺には分からなかった方法が次々と上がってくる。

 作戦会議は深夜遅くまで続いた。

 みんなが疲労困憊になって来た頃を見計らって、俺自慢のおにぎり(紫)をだす。

 喜んで食べ始めるみんな。

「なんだろう。紫色が美味しそうに見えるなんて……」

「ふふ。わたし、カレーが好きでした」

「これからも食べる機会はあるよ。だろ? みんな」

 こくこくと頷くみんな。

 その光景を見て龍王子は涙を浮かべる。

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