第29話 中間テスト最終日
風邪でダウンした次の日。
俺は少し良くなった身体で学校へ向かう。
だがまだ頭痛はする。
風邪薬で少し楽になったが、未だ万全とはいえない。
「おいおい。少しは休めよ」
「いいや、補講なんてことになったら最悪だからな」
俺は頭をふるふると横に振り、大河の好意に返す。
「まあ、せっかく来たんだ。頑張れよ。赤井」
背中を押してくれる綾崎。
「ありがとな。お前らが友達で良かったぜ」
苦笑交じりに会話を終わらせると先生が入ってくる。
その手にはプリントが握られている。
「今日はテストの三日目だ。中だるみするんじゃないぞ!」
そう告げるとプリントを配り始める。
「合図したら開始だ」
ごくりと生唾を飲み下す俺。
「始め!」
時計に合わせて、合図をだす先生。
渡された問題用紙には見慣れた文字が散見される。
これならいける。
頭痛を耐えながらも、問題を解いていく。
社会、数学、生物。
それぞれを解くと、いつの間にかお昼になっていた。
熱に浮かされ、うまく解けたか自信がない。
トボトボと帰宅していると、隣に美鈴が駆け寄ってくる。
「その。大丈夫?」
そう言ってすぐに鼻水をかむ俺。
「大丈夫に見えるか?」
「……今日も看病するね!」
「お願い、しようかな……」
さすがに頭がぼーっとしてきた。
「よし。じゃあ、まずは帰るよ」
俺の腕を支えながら、アパートに向かう。
フラれたことなんてなかったかのように俺を連れていく美鈴。
一ヶ月も経っていないというのに、なぜこんなに隣にいてくれるのだろう。
不思議に思いながらも、歩き続ける。
アパートにつくと、まだ佐里は帰ってきていないらしく美鈴が昼飯を作っている間に着替えをすませる。
昨日は色恋さんに裸を見られたからな。
恥じらう俺たちはさぞ滑稽だっただろう。
しかし――。
「龍王子が来ると思った」
「悪かったわね。私で」
不満そうに唇を尖らせる美鈴。
「あ。いや、そういう意味じゃないけど……」
「そういう意味でしょ? にぶちん」
なんで怒られたのかは分からないが、料理が出てきた。
「食べられる?」
美鈴がこんなに優しいのはいつ以来だろう。
昔はよく風邪を引いていたから、何度も看病してもらったっけ。
「フーフー。はい。あーん」
「え。で、でも……」
「はい、あーん」
「あーん」
俺は美鈴の頑なさを知っている。
前々からそうだった。
一度、決めたことは何があっても曲げない。そんな奴だった。
だからこそ、今回の告白の件が嘘っぽく感じるのだった。
食事を終え、薬を飲むと俺は鼻水をすすりながら、ベッドに横になる。
――そう言えば龍王子を見かけなかったな。
すっと眠りにつくと、昔のことを思い出していた。
後輪がバーストしたトラック。
幼稚園バッグ。
したたる血。
倒れ込む女性の人。
同い年の女の子が泣き叫ぶ。
けたたましく鳴り響くサイレンの音。
そう昔の話。
封印していた俺の嫌な思い出の一つ。
忘れかけていた光景。
愛している――。
忘れていた言葉。
☆★☆
翌日になり、試験四日目を迎える。
頭痛は未だにする。
最高のパフォーマンスではないが、やるしかない。
問題用紙と向き合い、解いていく。
ぼーっとした頭だが、意外と覚えているらしく、難なく進めていくことができた。
だが、最後の古文のとき、ピンチを迎えた。
極度の疲労と緊張が一気に押し寄せ、ただでさえ風邪を引いていた。
テスト中にクラクラとめまいがして、倒れる。
今までのテストが全て無駄になった瞬間である。
俺は保健員の色恋さんに連れられて教室を出る。
「俺、やっちまったよ……」
「しかたないよ。風邪だもの」
「俺、噂通りの八股野郎になってしまう。そしてキミたちをそんな外道の恋人だと思わせてしまう……」
「まあ、別にいいんだけど。噂通りでも」
小さくうめく色恋さん。
その声は自分の聞き間違いだと思う。
だって色恋さんが俺に惚れているわけがないからな。
美鈴は急に気持ちを伝えてきたけど、俺はフラれたショックからまだ立ち直れていない気がする。
それでもこんな風に会話ができるのは、龍王子がそばにいてくれたから。
偽の恋人として俺を支えてくれていたから。
「もう帰りなさい」
先生がそう言い、テストの終わった教室へと向かう。
「色恋さん、ごめん」
「いいよ。一緒にダメ人間になろう?」
「ごめん」
「いいって」
それでも申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
俺、どうお返ししたらいいんだろう。
痛む頭で考えても良い結果はでてこない。
帰り支度を整えていると、色恋さんが話しかけてくる。
「一人では帰らせないから、アタシもついていくね」
「え。いいよ。そんなの」
「いいから。途中で倒れられた方がよほど後悔するよ」
それもそうか。
ここまで関わっておいて、それはないか。
「分かった」
素直に答えると、俺は色恋さんと一緒に家に帰る。
「ここまで来たんだから、少しは看病させて、ね?」
「ああ……」
テストを投げ出してしまったことを今日ほど憎んだことはない。
これでは一位をとるのは難しいだろう。
落ち込んでいると、色恋さんがベッドの淵に座る。
「あまり、落ち込まないの」
色恋さんの手が伸びて俺の頭を撫でる。
引き寄せられたことによって色恋さんの胸が近くに当たる。
ふにゃふにゃで暖かい。
とてもいいことだと思います。はい。
俺は心の中で感謝する。
「やれるだけのことはやったんでしょ? ならいいじゃない」
色恋さんは嬉しそうに微笑む。
「あなたの頑張りは誰かが見ているんだから」
「そう、かな……?」
みんな退屈な日常を過ごしており、噂話とか、そう言ったスキャンダルが好きなのだ。まるで娯楽のように消費される。
それがどれだけ相手を傷つけることになっても。
「さ。お粥だよ~」
「最近、お粥しか食べていないな……」
「……それって他の子が来た、ってこと?」
「え!?」
「だって、自分で作るならお粥にしないでしょ?」
「あ……」
バレた。
これはまた修羅場になりえるのか?
冷や汗を掻いてきた。
きっと風邪のせいだろう。
「さ。食べさせてあげる。これは他の子もやらないでしょ?」
「へ?」
上擦った声が漏れる。
「あー。したんだ!」
ぷくーっと頬を膨らませる色恋さん。
「あーん」
「……」
「あーん!」
「分かったよ。あーん」
パクリとお粥を食べる俺。
なんだかなー。
俺ってどんだけ子ども扱いされているんだよ。
ちょっとショックだよ。
「……うぅ」
なんだろ。
涙が流れてきた。
頑張って勉強したのに。
こんなことで全てが台無しになるなんて。
不甲斐ない。
こんなんで俺、誰かを守ることなんてできるのかよ。
「赤井くん……」
「俺、頑張ったのに。みんなを守りたいのに!」
「大丈夫。大丈夫だから」
そう言ってギュッと抱きしめる色恋さん。
ミントのような爽やかな香りがただよう。
「頑張った。頑張ったね。もう無理はしなくていいんだよ?」
「ぅう……」
小さく泣いたあと、俺はハンカチで拭う。
「ごめん。ありがと」
ギュッと抱きしめていた色恋さんは離れ、少し顔を赤らませる。
「噂なんて気にしなくていいの。アタシは傍にいるから」
「そうか」
でも俺はきっと……。
「うん」
「あー。お兄ちゃんがまた誰か連れこんでいる!?」
玄関を開ける音がしてから少し。
佐里が大声で牽制している。
「赤井くん、いやたけるくんの看病をしていました♪」
強気な色恋さん。
そんな彼女も魅力的だと思う。
でもなー。仲良くして欲しいんだけどな。
「むぅ。お兄ちゃんがまたたらし込んでいる!」
唇を尖らせて怒り続ける佐里。
不甲斐ない兄ですまない。
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