第26話 お兄ちゃんの女子力が高すぎる件について!

 俺が料理を始めると、隣の部屋で佐里と色恋さんが会話をしていた。

「お兄ちゃんのどんなところが好きなの?」

「へ? えぇえ!? そんなんじゃないよ」

 色恋さんが戸惑ったように声をあげる。

「嘘はなしで」

「ちょい待ち! 俺の前で何を言わせようとしているんだよ、佐里」

「いいじゃない。ワタシの恋敵ライバルなんだから」

「ら、ライバル……?」

 言っている意味が分からないぞ。

 なんで義理の妹が色恋さんを敵視しているんだ?

「それよりも勉強しろ。佐里はこのままじゃ、うちに来られないぞ!」

「……はぁーい」「やるよ!」

 ジト目を向けながら不満そうに呟く佐里と、やる気いっぱいの色恋さん。

 拗ねるようにこちらを見やる佐里。

「そろそろできるからな」

「わーい。楽しみ♪」

 これで拗ねなくなるのだから、本当現金な奴だ。

 できあがった紫色のカツ丼を机の上に持っていくと、二人は目を輝かせる。

 もはや紫色の料理はうまい、という感覚である。

 毒されたとも言う。

 とにもかくにも、うまそうに頬張る二人の姿を見て微笑ましく思う。

 俺も食べ始めるが、なかなかにうまくできた。

 この幸せを噛みしめるような味。

 なんとう幸福感だろう。

 食べ終えると、佐里と色恋さんが満足そうにお腹をさする。

「なんだか女子っぽくないな」

 俺がそう漏らすと、さっとかしこまったような態度をとる二人。

「赤井くんの料理がおいしすぎるのが問題なの!」

「そ、そうよ。ワタシだって好きで食べているんじゃないんだからね!?」

 なぜか批判される俺。

 佐里のそれはツンデレなのか?

 疑問は尽きないが俺は片付けを始める。

 と、色恋さんが立ち上がる。

「アタシ、皿洗いする!」

 今からでも女子力を見せつけたいのか、そう名乗り出る色恋さん。

「わわ。ずるい! ワタシもやる!」

「そうか」

 このまま任せるのも悪い気はするが、罪悪感を消せるなら手伝わせるか。

「じゃあ、二人にお願いするよ」

 俺はそう言うと机を軽く拭く。

「あ。そんなこと!」

「お兄ちゃんの女子力が高すぎる件について!」

 ぷくっとふくれっ面を浮かべる佐里。

 ちょっと可愛いのが許せない。

 皿洗いを始めた二人を背に、俺は勉強を始められるよう、いくつかの参考書を選ぶ。

 その後、二人の勉強を見ることになった。

「お兄ちゃん。この解き方分からない」

 そう言って佐里がむむむと顔をしかめる。

「どれどれ?」

 俺は佐里に頭を寄せて、問題を見てみる。

「ああ。ここはXに代入してみて」

「なんでXで表すのさ?」

「え。ええっと……」

 なんのためにXにするのか、それは分からない。

 そう習ったから、とは言えない。

 何か答えがあるといいのだけど。

「た、たぶん。のちのち意味があるんだよ」

「そうなのかな?」

 またもや不満そうな顔をする佐里。

「それにしても近いね。赤井くん、アタシの問題も見て」

「ん。ああ。悪い」

 そう言って色恋さんに近寄る。

「ここはネアンデルタール人だね。覚えておくと良いよ」

「ところでなんで勉強するんだろうね?」

「え。ええっと。それは俺たちの職業の幅を広げるために役立つ、と言うか……」

「えー。でも社会にでて、ネアンデルタール人って使うの?」

「そ、それは……?」

 色恋さんの質問に答えられなくてドギマギする。

 そんな勉強会を終えると、俺は色恋さんを送り届けるため、夜道を歩く。

「しかし、あんな可愛い妹がいるなんてね。罪作りな男の子」

「そうか? うるさいだけだぞ」

 強がって見せるが、内心冷や汗を掻いている。

 俺が佐里にドキドキしたことがあると知られるのはマズい。

「ふふ。隠さなく……。まあそっか」

「? なんだよ?」

 疑問符を浮かべていると色恋さんが俺の唇に指をあてる。

「赤井くんがそんな調子なら、アタシにもチャンスはあるってことね!」

「チャンス?」

 なんのチャンスだ?

 今日やったことと言えば勉強。

 俺の成績を超えられるとでも思っているのか?

 本気を出すんだぞ?

「わ、分からなくてもいいから!」

「なんだか、顔が赤いぞ。はっ! ま、まさか俺に怒りを覚えて……」

 俺がチャンスなんてないと思わせていたのか。だったら怒らせるのも無理はないな。

 あんなに顔をまっ赤にして否定するところから見て、かなりの負けず嫌いなんだな。

 なるほど。それなら仕方ない。

「俺も本気で挑むからな!」

「ほ、本気!?」

 困惑した様子を浮かべる色恋さん。

「そ、そんな本気で来られても困るぅ……」

 手を抜け、ってことか?

 しかし、みんなの意識を変えるには俺が頑張らないといけない。

「いや、手を抜くつもりはない」

「そうなんだ。そんな気持ちで来られるなら、アタシも……」

「そうだよな。お互いいい結果になることを祈ろうぜ?」

「ん?」

 疑問符を浮かべる色恋さん。

「え?」

 なんで今更困惑しているんだ?

「ま、まあ。いい結果、ね……。結果……?」

 だいぶ混乱しているみたいだが、大丈夫だろうか?

 どこに引っかかりを覚えているんだ?

「勉強の話だろ? 別に可笑しいことは言っていないじゃないか」

「あー。デスヨネー」

 棒読みになる色恋さん。

 その目からは光が消えていく。

「あ。家、ここなんで」

 色恋さんが豪邸の前に止まり、門をくぐる。

「え。お金持ち?」

 札を見るとそこにはちゃんと《色恋》と書かれている。

 こんな名字だから、間違えるはずもないだろう。

「お金持ちよ。悪い?」

「いや、悪くはない、けど……」

「もう、分からずや!」

 そう言って玄関のドアを開ける色恋さん。


 俺は帰ると、佐里が拗ねた顔でベッドの上に転がっていた。

「さ、佐里……?」

「お兄ちゃんが色恋ちゃんの顔色をうかがっていて不服です」

「そ、そうなのか? お、お兄ちゃんが帰ってきたぞ~」

「褒めてください」

「よ、よく頑張ったな。これなら俺と同じ学校に行けるかもな!」

「ぶぅ。お兄ちゃんは何も分かっていません」

 未だに不服そうに唇を尖らせている。

「いや、ええ……」

 何をどうしたらいいのか、分からずに困惑する俺。

 一応、俺の部屋に泊めているという時点で甘やかしているのだが、そのことに気がつかない二人であった。

 そう言えば子どもの頃、美鈴みすずの頭を撫でたら喜んでくれたな。

 俺は佐里の頭を撫でる。

「よしよし。いい子だ」

 目をまん丸にする佐里。

「えへへへ」

「なんだか子どもみたいんだな」

 無邪気な姿にほっとした俺はそう口走る。

「ぶぅ。子どもじゃないもん」

「そうだな。ごめん」

 確かに子ども扱いは失礼か。

 そう言って撫でるのを止めようとすると、

「でも女の子は子どもに戻るときもあるのです」

「お、おう……?」

「だから、なで続けるの!」

「わ、分かった!」

 俺は再び撫で始める。

「男の子だって、プラモデルとか見ると子どもに戻るじゃない」

「そうだな」

 言われて気がつく。

 確かに大人っていうほどいないよな。

 どこか童心を忘れずにいて、それでもなお大人としての威厳を見せる。

 そんな気がする。


 それにしても、いつまでなで続ければいいんだ?


 俺は風呂にも入りたいのだけど。

 いつまで経っても嬉しそうに目を細めている佐里がいる。

 こんな妹の表情は久々に見た。

 少しときめいている自分がいる。

 いや待て。

 相手は妹だぞ。

 そんなことを思うなんて彼女に対する不義理だ。

 よくない傾向だ。

 俺はそのあとたっぷりと反省したのである。

 それもなで続けながら。


 まあ、佐里は嬉しそうにしていたけどね。

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