第25話 縦社会とネット社会

 土曜日の午後。

 俺と佐里は近くのスーパーで買い物をしていた。

「今日はジャガイモが安いな。コロッケにするぞ」

「わーい! 三大食欲が満たされるぅ!」

 なんだよ。三大食欲って。

 よく分からないが喜んでくれているのは事実だ。

 コロッケってけっこう手間がかかるから、そんなに作れないんだよな。

 明日が日曜だし、大丈夫だろ。

「あ。アニメ《ディレイ》のパッケージだ!」

 ディレイ。

 大人気アニメのタイムリープものだ。原作はゲームだが、選択肢の広さとその難易度の難しさからゲームとしては難しい。

 だがストーリーの作り込み、構成、伏線回収、タイトル回収、キャラの個性などなど。

 様々な魅力を秘めた最高のアニメだった。

 そのアニメとコラボしたお菓子のパッケージがアニメ調に描かれている。

「いい?」

 怖ず怖ずと訊ねてくる佐里。

「分かった。一個だけだぞ」

「わーい! ありがと! お兄ちゃん」

 嬉しそうにカゴに入れる佐里。

 なんだか娘みたいだな。

 いかん。変な庇護欲がかき立てられる。

「よしじゃあ、レジにいくぞ」

「その前に醤油が残り少なかったよ?」

「お。サンキュー。醤油を買うぞ!」

「ゴー!」

 ノリノリな佐里だった。

 醤油をカゴにいれて今度こそ、レジに向かう俺。

 と前の人が可愛い女の子だ。

 俺の学校の制服を着ている。

 ふわっとしたオレンジ色の髪をなびかせている。

 目は若干つり目。蒼い瞳に吸い込まれそうになる。

「ん? あ。冷蔵庫くん!」

「え。俺のことを知っている!?」

「そりゃ、同じ学校なら知らない方がおかしいって!」

「あー。そうか」

 あの学園アイドルである龍王子紗倉さくらと八股をかけていた上、毎日モテ術を磨き、筋トレのために冷蔵庫を背負い、ゲームを六時間たしなむ変態という噂だ。

 面白がって広めるお陰で本来の噂を吹き飛ばした。

 ――が。

「アタシは狩野かりのかえで。色恋チャンのお友達ダヨ!」

「あー。見たことあると思ったら……」

「お兄ちゃん、誰?」

「こちら同じクラスの人」

 俺が身体をよけて、見えるようにしてやる。

「アラ。可愛い。この子もあなたの恋人ナノ?」

「え、ええっと……?」

 困ったように眉根を寄せる佐里。

「いや、普通に妹だよ」

「フーン」

 ジト目を向けてくる楓。

「可愛いネ。好きヨ。この子」

 楓はそう言い会計を済ませる。

 俺たちの会計の番が回ってきて、楓は最後に手を振って離れていった。

「ふう。なんだか嵐みたいな子だったな」

「お兄ちゃんの浮気もの……」

「なんか言ったか?」

 あまりにも小さな声で言っていたので聞き逃した。

「なんでもなーい!」

 そう言ってぷいっとそっぽを向く佐里。

 素直な佐里にしては珍しいな。

 レジを通すとエコバックに買った物を入れて俺が持つ。

 と、隣で俺の袋の半分を持ってくれる佐里。

「お兄ちゃん、無理しすぎ」

「……悪い」

 妹が手伝いたいと言うのだ。

 それに甘えるのも家族だろう。

 俺は彼女の気持ちを尊重し、たいして重くもないエコバッグを二人で持つことにした。

 なんだか狩野さんが言っていたように恋人みたいだな。

 まあ、こんなことを義妹に言ったら引かれそうだけど。

 苦笑を浮かべて俺は隣の佐里を見やる。

「どうしたの? お兄ちゃん」

「いや、なんでもない」

「そう? ならいいけど……」

 疑問符を浮かべている佐里だったが、それもすぐに興味を失い訊ねてくる。

「明後日のテスト、頑張ってね。お兄ちゃん」

「ああ。もちろんさ」

 今度は手加減なしでいく。

 大河や綾崎の言う通りにしてみせる。

 それに色恋さんも言っていた気がするし。

 まあ、本気を出したくないが、噂を打ち砕くにはこれくらいしないと。

 じゃないと龍王子と色恋さんとで三股疑惑が湧いてしまう。

 みんなに迷惑をかけるわけにはいかない。

 俺はなんとしても彼女を守ってみせる。

 彼女? 誰だろう。

 俺は誰を守りたいんだ?

 色恋さん? それとも龍王子?

 分からない。

 でもやるときはやるんだ。


 翌日。

 俺は色恋さんを誘っての勉強会を始めていた。

 場所はいつものファミレスで。

 この間の相談のお礼もかねておごる話になっている。

 勉強を続けていくと色恋さんの弱点が分かってきた。

「おい。この問題も解けずによく高校に進学できたな」

「辛辣! 赤井くん、もっとオブラートに包んでよ!」

「あー。悪い。俺はデッドボールしか投げられないんだ」

「そんなことないでしょ!? 優しいとき、あるじゃん!」

 そんなこともあるかもしれないが。

 苦笑を浮かべていると色恋さんも苦笑を浮かべる。

「そうだ。あのあと、悩みは解決したの?」

「いや、今は考えないようにしている。テストが近いからな」

 あ。なんだかこれって自分のことを言っているってバレる?

「そう言っていたぞ。うん。あいつもテスト頑張っているからな!」

「そうなんだね」

 なんだか棒読みに近い声が聞こえてきたけど、納得していないのか?

 まあ先延ばしにしているのはホントだけど。

「じゃあ、次の教えて♡」

「まあ、いいけどさ……」

 なんとなく危険を感じつつ、勉強会は進んでいった。

 昼食も食べつつ、すっかり夕暮れになっていた。

「妹ちゃん、お腹空かせているんじゃない?」

「ああ。かもな。って、妹がいるって言ったっけ?」

「ふふ。何故でしょうね?」

「からかうなよ」

「そう言えば、もう一度、赤井くんの手料理食べたいな~。ファミレスのよりおいしいし」

「そりゃ作りがいがあるこって」

「ふふ。何そのいいまわし」

 口元に手をやる色恋さん。

「……じゃあ、今晩食べていくか?」

「え」

「いや色恋さんがいやならいいけど」

「――行く! 今から行こっ!」

「お、おう……!」

 そんなに俺の料理を気に入ってくれたのか。

 それは嬉しいけど!

「今からか。ちょっと早めに食べるか。いいぞ」

「――やったっ」

 小さく頷く色恋さん。

 俺は帰りにスーパーに寄り、食材を買い足す。

 そして自分のアパートに向かう。

 ここで龍王子と出くわさないように!

 そう願いながら俺は色恋さんを201号室に招き入れる。

「お帰り、お兄ちゃん」

 そう言ってこちらを見ると、食べていたアイスを零す。

「え。またかわいい子を連れこんでいる!?」

 佐里はショックを受けたように目を見開く。

「あ。いや、俺の料理が食べたいっていうから。今夜だけだ」

「そう、なんだ……」

 ショックを受けたような顔をする義妹。

「こちらが妹さん?」

「ああ」

「初めまして。色恋三咲みさきです。よろしくね!」

「佐里です。よろしく」

「ん?」

 ちょっと小首を傾げる色恋さん。

「佐里ちゃん。年上の人には敬語を使うべきだと思うんだけど?」

「そんな時代はすぎたの。今は誰でも平等に発言できる良い世界だと思わない?」

 陸上部で縦社会に染まっている色恋さんからしてみれば、信じられないものらしい。

「先輩、後輩の区切りはつけておくべきよ。年長の声は聞くべきでしょう?」

「それは老害の意見だね」

「ろ、……!」

「ワタシたちはネットで勉強したの。敬語がなくても社会は成り立つ、ってね」

「むむむ。このひねくれ具合、佐里ちゃんは面倒くさい女の子だね」

「め、めんどう!?」

 その言葉にショックを受けたのか、アイスをまたも零す。

「そ、それくらいにしてくれ。俺の妹なんだ。少しくらい許してやってくれ」

「な、何よ。それ」

 怒りで震える色恋さん。

 と。マズいことを言ったかもしれない。

「さ。料理作ろう」

「お兄ちゃんのヘタレ」「赤井くんのヘタレ」

 二人の声が綺麗にハモる。

 俺、そんなにヘタレか? まあヘタレか。

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