第24話 紫弁当
「こ、これは……!」
ごくりと喉を鳴らす色恋さん。
「紫弁当!? それも女子向け!」
白米。なすと豚肉の甘辛煮。卵焼き。ほうれん草のおひたし。リンゴ。
もちろん、これら全てが紫色に染まっている。
我ながら超大作といえる弁当だ。
色恋さんはその色を見て困ったように笑うが、さっそく箸をつけてみる。
「うん。おいしい……!」
驚いたような顔をして箸を進めていく。
手を止めることなく、がっつく色恋さん。
その姿はワンちゃんのようだった。
「そんなに焦ると喉に詰まるぞ?」
「ぅぐ……!」
さっそく詰まらせたらしい。
俺は学食にある無料の水を差し出す。
それを飲む干してようやく落ち着く色恋さん。
「それで、話ってどったの?」
「あー。昨日話した友達がな」
「はいはい。友達友達」
「その友達に義理の妹がいるんだが、ドキドキしてしまったらしい」
ブーッと水を吹き出す色恋さん。
「そ、そんなぁっ!!」
「ああ。ありえないよな。妹なのに」
「そうじゃ、な、そうなのかな……?」
困ったように眉根を寄せる色恋さん。
「ま、まあ。妹に恋するってフィクションだものね」
色恋さんの声音が戸惑っているように聞こえる。
もしかして色恋さん、焦っている? なんでかは分からないけど。
「あー。で、その妹とどう接していいのか、わからなくなったらしい」
「今まで通りでいいと思うな~。うん。だってそれ以上いったら大変なことになるもの」
「そうか。ならそうする」
「やけに素直だね~。お姉さん、心配になっちゃうよ~」
そう言って足を組み直す色恋さん。
日に焼けた褐色の肌と衣服で日焼けしていない太ももが見えて、ドキッとしてしまう。
目に毒だな。
視線を逸らすと、色恋さんがにたりと笑みを浮かべる。
「あれあれ? 今、どこを見ていたのかな~?」
「う、うっさい」
「ふふ。ここ、見ていたんじゃない?」
スカートを少しめくる色恋さん。
「ば、バカ。やめろ」
「ふふ。可愛い……!」
色恋さんによるセクハラを終えると、教室に帰る。
「おいおい。色恋が顔を赤らめているじゃないか!」
大河がそんなことを言い出す。
「ま、」
恥ずかしい行為をして挑発していたからな。
パンツ見えていたし。ピンクかー。
「しかし、色恋ちゃんがねー」
綾崎はニタニタと笑みを浮かべる。
「なんだよ。綾崎まで」
「いいや、別にぃ~?」
ニヤけている二人を置いておくとして。
次の授業の用意を始める。
さて。
大河にも綾崎にも発破をかけられたように、俺も本気で勉強するか……。
気合いの入れた俺は、それから勉強を進めていく。
帰り道、なんの因果か、龍王子と一緒になる。
「よっ」
ペコリと会釈で返す龍王子。
「さ。帰りましょう」
「ああ」
同じアパートだし、同じルートをたどるのは自然だが。
それにしても会話がない。
「そ、そうだ。勉強はどうだ?」
こんなの中学から一位であった龍王子に聞くことではないだろうに。
「ふふ。進んでいますよ。両親との約束でもありますし」
「そうか。俺も頑張っている。龍王子には負けないぞ」
力こぶを作って見せる。
「物理、ですかね?」
クスクスと笑みが零れていく。
「ああ。この拳で勝利を勝ち取る!」
「タケルくんって頭いいのに、そんな風には見えないですよね」
「え?」
「あ。バカにしているわけじゃありません。親しみやすいというか、なんというか、暖かい?」
「暖かい?」
思わずオウム返しをしてしまう俺。
「いいんです。わたしはそう思ったというだけですから」
「そうか」
俺はなんとなしに受け止めるが、少し気持ちが和らいだように感じる。
暖かく感じるのは同じなんだよな。
胸の辺りがぽかぽかするんだ。
これが龍王子の力なのかもしれない。
「さ。今日もうちでオムライスにしましょう?」
「ええと。さすがにそれは佐里に悪いから」
「……佐里さんの方が好きなのですね。タケルくんのばかぁ~」
泣きべそをかきそうな顔で俺を見やる龍王子。
「タケルくんのシスコン……!」
「ぅ。それは……!」
違うとは言い切れなかった。
もともと別のアパートで暮らしていた佐里が、こちらに転がりこんで、しかも同棲しているなんて親には報告できないし。
それを見過ごしているのも俺の甘さなのだろう。
「もういいです!」
そういって205号室の玄関を勢いよく閉める龍王子。
まあ、一人で食べるのも寂しいもんな。
その気持ちはよく分かるよ。
「ただいま」
そう言って201号室の玄関を開けると佐里が俺のシャツ一枚で勉強をしていた。
「あ。お帰り、お兄ちゃん」
「なんだ。その格好は」
「だって、着ていく服全部乾いていないんだもの」
それでか。俺のシャツを借りているのは。
「これも一種の彼シャツだね♪」
「うっさい。勉強してろ。夕食は作るから」
「わぁあい。ありがと! 愛しているよ、お兄ちゃん♪」
「はいはい」
一食分で愛を買えるほど安いのか。兄ちゃん、心配になるぞ。
火をいれて、タマネギをみじん切りにしていく。
暖まったフライパンでタマネギを炒める。
今日はハンバーグだ。それもチーズいりの。
作り終える頃合いを見て、佐里を見やる。
「そろそろできるから、机の上、どかせ」
「うん。ありがと」
机の上に広げると俺は外に出る。
「え? お兄ちゃん!?」
その足で205号室のチャイムを鳴らす。
「ん。どうしたのですか?」
目を腫らした龍王子が顔を覗かせる。
「その、一緒に……夕食なんてどうだ?」
こうしてしまうと彼女を勘違いさせてしまうかもしれない。
でも俺は龍王子を放ってはおけなかった。
どうしても、もう一度笑顔が見たいと思ってしまったのだ。
思ったのなら、もう止められない。
この気持ちがなんなのか、分からないが、俺は龍王子に笑顔でいてほしい。
それだけだ。
「一緒に、夕食?」
「ああ。俺のハンバーグが待っているぞ?」
「うそ……!」
感極まって口元を手で覆う龍王子。
そのくりくりとした瞳は潤い、涙ぐむ。
「りゅ、龍王子!?」
「うん。ありがとうございます。嬉しいんです!」
「そっか」
それは良かった。
ホッと安心すると俺は龍王子の手をとって連れていく。
201号室の扉をくぐると、龍王子は嬉しそうにする。
「ありがとうございます」
「お兄ちゃん? どういうこと?」
「え?」
ぎろりと睨んでくる佐里。
「いや、龍王子が泣いていたから……」
「じゃあ、お兄ちゃんは知らない女の子が泣いていたら連れ帰るの?」
「なんでそうなる!? それただの犯罪だからな!?」
「すみません。お邪魔なら帰ります」
「龍王子、お前も一緒に食うんだよ!」
「は、はい……!」
「……今日、だけだからね」
佐里は渋々と言った様子で頷く。
「それで三人前のハンバーグを用意していたわけ? お兄ちゃん」
「あー。作っていたら余ったからな!」
「そうなのですね」
いやだ。純粋すぎて疑うことを知らないのかしら。
最初から多めに作っていたんだよ。
まあ本当はお弁当用に、と思っていたのだけど。
弁当はまた何か作ればいいだけだしな。
二人分も三人分もそう変わらん。
パクパクと食べ始める佐里と一緒に食べ進める龍王子。
相変わらず、うまそうに食うな。
まあ、俺としては料理を振る舞ったかいがあるというもの。
「お兄ちゃん、何笑っているの?」
「ああ。うまそうに食うから嬉しくてな」
「ふーん」
ジト目で睨んでくる佐里。
何をそんなに不満そうにしているのか、俺にはよく分からないが、龍王子の笑顔が見られてホッと一息つけるのだった。
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