第21話 冷蔵庫くん

「ねぇ。例の冷蔵庫くん、格好良くなかった?」

 そう聞こえてきたのは体育の終わり。

 着替えるため、教室に戻っている最中さいちゅうだった。

「ほら。頑張って良かっただろ? 赤井」

「赤井ならやってくれると思ったよ」

 大河と綾崎が声をかけてくれる。

「ああ。そうだな」

 確かに気持ちが楽になった気がする。

 しかし――。

「冷蔵庫か……」

 あまりにも滑稽な、誇張した噂にしすぎた感が否めない。

「タケルくん……!」

 声のした方を振り向くと、そこには龍王子がいた。

「格好良かったです!」

「……そっか」

 いつでも言えたはずの言葉を、このタイミングで、しかも熱っぽく言う。

 俺は頭をポリポリと掻きながら歩み寄る。

「あの、その……」

 ばつの悪い顔で呟く。

「悪かった。俺が全面的に悪かった。すまん」

 目を見開く龍王子。

「いえ。こちらこそ、踏み入ってしまってすいません。あげく利用していたのですから……」

「お。なんだ? よりを戻すのか? お二人さん」

 からかうように言ってくる大河。

「そうですね。それもいいかと」

 華やいだ笑みを浮かべる龍王子。

「おいおい。マジかよ。やったな! 赤井」

「俺は、そんなこと……!」

「今、少し笑っていたよ。赤井」

「え」

 自分でも気がつかない変化があったらしい。

「それで、どうします? タケルくん」

 龍王子が勇気を振り絞って訊ねてくる。

「……考えさせてくれ」

 困ったように肩をすくめる龍王子。

「ま、おれからしてみれば上出来だけどな」

「ヘタレな赤井がここまで言わせるなんて、さすが完璧超人な龍王子さんだね」

 綾崎がクスッと笑う。

「確かにな。こんな子と一発やりてー!」

 大河が下品なことを言っていると、機嫌悪そうに睨めつける龍王子。

 その目に光が宿っていないように思えた。

「まあ、そんな反応になるよな。大河、謝れ」

「ええ! なんでおれ!?」

「それには僕も同意だよ」

 はあぁとため息が漏れる。

「おれ、どこが間違っていたんだ!?」

「自覚ないのかよ……。厄介だな」

「じゃあ、わたしはこれで……」

 立ち去ろうとする龍王子。

「ああ。すまない」

「いえ。何かあれば連絡ください」

「分かった。善処する」

「ヘタレな赤井~」

 綾崎がからかうようにそう呟く。

「言われるまでもない」

「セリフだけ切り取ると格好いいが、ヘタレ宣言しているだけだからな?」

 大河がジト目を向けてくるが、納得いかねー。

 お前の方が厄介だろ。

「まあ、大河だものな」

「だね。大河に何かを求める方が間違っているというか……」

 からからと乾いた笑みを浮かべる綾崎。


 教室に戻り、次の授業が始まる。

 昼休みになり、綾崎と一緒に購買へ向かう。

 今日は珍しく弁当を忘れた。

 綾崎はいつも購買でおにぎりや惣菜パンを買っている。

 それに便乗したように買い求めにきた。

 惣菜パンでも十種類あり、おにぎりも同じくらいの種類がある。

 どれにしようか、と迷っていると、次々に商品がとられていく。

 最後に残った、食パンと、パンの耳を購入し引き返すのだった。

「何しているんだよ、お前」

 俺の勝利品を見てゲラゲラと笑う失礼な綾崎。

「いや、なんであんなに急に売れ出すんだ?」

「そりゃ。ここの購買は質がいいって評判だからな」

 そう言ってちゃっかり買っている綾崎。

 チョココロネと、クリームパン、そしてメロンパンを購入していた。

 甘いものが好きらしい。

 虫歯になってしまえ。

「なんだか、呪われた気がする」

「お。効いているみたいだな。虫歯になれ」

「やめてくれよ。今日、歯医者なんだ」

 おおう。タイムリー。

 教室に戻ると、大河が暇そうにスマホをいじっている。

「買ってきたぞ」

「おう。大変だっただろ? まさに戦場だからな!」

「だから大河はコンビニ飯なんだな」

 俺は感心したように呟く。

「おうよ。人混みは嫌いだ」

「へー。意外な意見」

「ついエッチしたくなる」

「前言撤回。こいつやっぱり大河だ」

 俺が仲間だと思ったのは間違いだったようだ。

「ねぇ。あの人……」「冷蔵庫の人だよ」「意外と格好いいじゃん」

 教室の入り口でそーっと覗き込んでいる女子三人がいた。

「赤井、お前の客らしいよ?」

「なんでおれじゃねーんだよ。活躍していただろ……」

 不平不満を漏らす大河。

 しかし、なあ。知らない女子だし。

「なあ、どうやって追い払えばいいんだ?」

「追い払うこと前提か。まあ、赤井らしいな」

「まあ、エッチしておけって。もったいないだろ?」

「大河の意見は聞いていないから」

 ばっさりと切り捨てると綾崎が口を開くのを待つ。

「そうだね。心に決めた人がいるって伝えてみるのがいいじゃない?」

「心?」

「うん。だって龍王子さん一筋でしょ?」

 いや、俺は美鈴一筋だが?

 まあ、でも知らないのならそう見えるか。

「分かった。断ってくる」

 女子三人に近寄っていくと、リボンの色が二年、つまり先輩であると気がつく。

「何か用ですか?」

「キミが冷蔵庫君?」

「まあ、噂通りなら……」

「ふーん。キミ可愛いじゃん」

榛原はいばらちゃん、直球!?」

「ほらほら、榛原に言うことないの?」

「そうだね。ボクもキミに興味ができた」

 ボク? いわゆるボクッ子か。

「俺には興味ありませんから……。それに心に決めた人がいます」

「ふーん。まあ、今日はこの辺りで終えるよ。明日も来るね」

「そんな一方的な約束、守ると思うんですか?」

「今はテスト前だ。仮病は使いたくない。でも、ボクはキミの教室を知っている。逃げられるかな?」

 こいつ意外と俺の状況を知っているのか?

「学年一の実力がどこまで落ちるかな~」

 分かっていて、言っているように聞こえてくる。

 保護者との約束。良い成績をとること。

 それがなければ一人暮らしなどできやしない。

 何よりお義母さんの加世子かよこさんが放つ視線が怖い。痛い。

 俺に求める理想が高いのだ。

 男なら、これができて当たり前。男ならこう言って当たり前。

 そんな男に対する偏見が強い人だ。

 幸いにも一人暮らしを喜んではくれていた。

 父とはほとんど話していない。

 他の家庭は違うのだろうか? そう聞きたいが、そんな勇気も持てずにいる。

 榛原さんと別れると、俺は大河、綾崎と一緒に机を囲む。

「なんだ? 自分の女にしないのか?」

「それじゃあ、本当の八股男だよ。そんな勇気はない」

 サッカーで活躍したぐらいで、急に態度を変えるなんて、信じられるものか。

 そんな薄っぺらい理由で人の評価が変わるなんて。

 手のひら返しもここまでくると一芸だな。

 しかし、よりを戻すか。

 やっぱり龍王子は俺に惚れている。惚れてしまった。

 彼女の恋心を知ってしまった。

 だから突っぱねた。

 俺は家庭を持つべき人間ではない。

 あいつの遺伝子を引き継いだ欠陥品だ。

 家庭、家族というものに憧れはない。

 よく「二人なら乗り越えられる」というが、ガゼネタだ。

 夫婦になって傷つけ合うことをよく知っている。

 だから――。

「これでいいんだ」

 龍王子がなんと言おうと、俺の心は決まっている。

 色恋さんのことも分かっている。

 もう間違わないと決めたのだ。


 授業が終わりホームルームが終わり、放課後になる。

 さっさと帰ってしまう俺の後を追うようにして龍王子と色恋さんがこちらに駆け寄ってくる。

 だが男子の足早には勝てないのか、ドンドン距離は伸びていく。

 俺はもう誰も傷つけたくない。

 傷つくなら浅いうちに離れるべきだった。

 偽の恋人が、本当になってはいけないのだ。

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