第20話 体育

 水曜日。

 俺はいつも通り学校に登校する。

「よ。今日の体育、おれと組むぞ! 赤井」

 大河が後ろからポンと肩を叩く。

「ああ。それはいいが……」

「お前、本気だせよ。いつも手抜きしているじゃないか」

「あー。俺は適当にこなしていればいいんだよ。どうせ疲れるだけじゃないか」

「いいや、今日はお前の晴れ舞台だ。活躍してもらうぞ」

「……」

 黙り込んでしまう俺。

 苛立つといつも黙ってしまう。

 何か言った方が気が紛れるとは思うが。

 教室につくと先にいた綾崎が挨拶をしてくる。

「よ。今日は頑張れよ。赤井」

「うっさい」

「ガチキレじゃん。お前がそういう奴だってのは分かっているが、今日は頑張れ」

 なんでみんな俺にこだわっているんだ?

 俺なんて陰キャの根暗、モテる要素のない男だぞ。

「えー。本当かな?」

「あいつ八股したあげく、全クラスの女の子を彼女にすべく、モテ秘術を日々研究しているんでしょ?」

亜鈴あり、そんな噂まだ信じているんだぁ?」

かえでは気にならないの?」

「そうだね。だって三咲みさきちゃんは昨日、あいつといたんでしょ?」

「あはは。ただ勉強していただけだって。八股もできるほど、器用な人じゃないって!」

「確かに。クラスでも目立たないし、地味だよね!」

 色恋さんを含めた三人の女子がかしましく話し合っているのが聞こえてくる。


「はは。言われてやんの。お前の評価を上げたいんだよ。おれたちは」

 大河がそう言いながら肩を組んでくる。

 悪い気はしない。

 が――。

「放っておいてくれよ」

「真剣にやっている方が格好いいよ。僕はそう思う」

 二人の言葉に俺の気持ちが揺らぐ。

「俺は飽きたんだ」

「ま、最終的に決めるのはお前だ。おれはいつまでも待っているぜ」

「そうそう。何ごとも焦らない。焦ると失敗するからね」

 二人の言葉が優しく聞こえる。

 本気で俺を心配してくれているのだろう。

 それがどうしようもなく嬉しい。

 だが、同時に悲しいことではないだろうか。

 こんなことをしていても、いずれ人は死ぬ。

 生きている意味ってなんだろう?

 ただ無駄な時間を重ねていくだけの人生。


 問題の体育の時間になり、俺は運動着に着替える。

 ちなみに女子には更衣室があるが、男子にそんなものはない。

 いつも通り、女子を追っ払ったあとの教室で運動着に着替える。

 五月半ばということもあり、天気は晴れ。最高気温が30度近い猛暑日。

 ジャージの短パンと半袖を選び、グラウンドに向かう。

 今日の授業はサッカーだ。

 二クラスが合同で行う授業だ。

 十一人のチームを作り、俺と大河、綾崎は同じチームに選ばれた。

 正直、サッカーのルールも分からないし、自分の蹴ったボールで相手を怪我させてしまったら……と考えるとやる気がおきない。

 試合が始まると、俺のマークしていた奴はやる気なさそうにコートの端にいる。

 マークしなくてはいけないサッカー部のクラスメイトが二人。

 こちらにも一人いるが、相手のサッカー部員はエースがいる。

 勝てる訳がない。

 もう諦めて、コート端で待機していた方が楽なのだ。

 と、大河と綾崎がサッカー部員をマークし、必死でボールを奪おうとする。

 そんなに必死になってどうする。

 どうせ負けるんだ。

 転ぶ綾崎。

 砂まみれになりながらも立ち上がる。

 立ち上がるなって。

 そんなに必死になっても何もできないんだよ。

 文化部の綾崎が必死にボールに食いついている。

 科学部のエースが何をやっているんだよ。

 大河がボールを奪うとゴールに向けて反転する。

 そのボールさばきは「ほぅ」と息が漏れる。

 汗だくになり、休息に入る。

 ジャージで汗を拭う大河。

「やつら、強いな」

「そりゃそうだろ。サッカー部のエースがいるんだ」

「そろそろスイッチいれないか? 赤井」

「それは……」

 俺にはやる気がない。そう思っているのは他のクラスメイトも同じだろう。

 でも、そこまで本気でやる意味が分からない。

 恥を掻くだけなのに。

「お前はなんのために頑張っているんだ?」

 俺はきっと睨むように大河を見やる。

「え。普通にモテたいだけだが?」

 他に何か理由があるか? と言いたげな顔をしている。

「綾崎は?」

「ふふーん。科学的に筋肉の移動を意識すれば、筋トレの効率化を――」

「ごめん。聞いた俺がバカだった」

 綾崎は本気でそう思っているのか、知らないが。

 だが、二人とも自分の欲求に忠実だ。

 まるで他のことを考えるのが邪推とさえ思えるほどに真っ直ぐだ。純粋だ。

 俺にはその気持ちがないのかもしれない。

 後半戦が始まり、俺は真ん中で立ち尽くす。

 俺に何を求めているのか。

 でも、俺は……。

「ほら。行くぞ! 綾崎」

「うん。行こう!」

 サッカー部のエースを二人でマークする。

 正直、うちのサッカー部は弱小チームの上、人数も少ない。さほど強くはない。

 それに進学校であり、スポーツにはあまり力を入れていない。

 素人でも数人集まれば、勝てる可能性はなくはない。

 綾崎が蹴ったボールが、近くにいた敵チームに拾われてしまう。

「なにやっているんだよ、綾崎……!」

 大河がうまくボールを取り返すが、すぐにエースに奪われる。

 二点目が入る。

 こちらはゼロ点。

 このままでは負ける。

 それにも関わらず、サボっている俺には何も言わない。

 ――いや、散々言ってきたじゃないか。

 名誉を回復させるチャンスだって。

 俺を気遣いながらも、必死でやっている。

 必死で生きている。

 あの汗は嘘じゃない。

 間違いじゃない。

 そうか。

 何もしないというのも人を傷つけるんだ。

 俺は前に身体を傾ける。

 と同時、地を蹴る。

 エースのボールを奪うと、綾崎に回す。

「大河だ!」

 それだけを聞いた綾崎はすぐさま大河にパスを送る。

「ほらよ!」

 大河はこちらのチームのサッカー部に渡す。

 まだまだ体力のある俺はギアを上げて前にでる。

「行けるか? 赤井君!」

「こっちだ!」

 サッカー部の斉藤さいとうが、こちらに向けてボールを蹴ってくる。

 それを受け取ると、俺はゴールに向けて走り出す。

 ボールを蹴り続けて、キーパーと目が合う。

 俺はわざと後ろにいる大河にパスを回す。

 敵キーパーは驚きの顔になる。

 後ろにいた大河がさらにパスを回し、サッカー部の斉藤がゴールを決める。

 これで一対二。

「やるぞ!」

 俺が声をあげると、意外なものを見たように目を瞬く大河たち。

「ああ。やってやるさ!」

 斉藤が答えてくれた。

 それに続くように綾崎、大河が声をかける。

「僕たちはまだまだ頑張れるよ」

「おれにかっこつけさせろよ!」

 二人の声も合わさり、俺たちはコートを駆け巡る。

 サッカー部二人は俺たちのパス回しに混乱し、なかなか奪えずにいる。

 ボールが踊っているかのように、敵を翻弄させていく。

 二度目のゴールが決まると、残り十分じゅっぷんを切る。

「俺が行く!」

 前に出て、サッカー部エースの島江長しまえながのボールを奪おうとする。

 その両脇を固めるサッカー部の斉藤と大河。

「行ける!」

 俺はボールを奪うとすぐに斉藤にわたす。

「くそ!」

 奪ったボールはすぐに大河に渡り、そしてゴール近くで待機していた綾崎に向かう。

「馬鹿野郎! 動け!」

 サッカー部エースが吠えるように味方に指示を出す。

 だが、もう遅い。

 追いかけていた他の敵メンバーがボールに近づくが、その前に綾崎がゴールを決める。

 一斉に拍手喝采を浴びて、俺は大河、綾崎、斉藤と肩を組んで喜び合う。

 ああ。生きるって単純なことなんだ。

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