第22話 相談

「それで? なぜお兄ちゃんは勉強を頑張っているのかな?」

「え。いや、学生の本分は勉強だろ」

「変なところで真面目なんだから……」

 俺と佐里は机の上に勉強道具を広げて勉強をしている。

「で。龍王子ちゃんのこと、どうするの?」

「え。なんでお前がそんなこと、聞くんだ?」

「べ、別にいいでしょ!? さっさと言ってよ。お兄ちゃん」

 龍王子か。

 確かに可愛いし、性格も悪くない。少し飛んでいるところはあるが、ひいき目なしで可愛いと思える。

 でも、俺の気持ちはどうだろう?

 ときめきがあったわけじゃない。

 好きになる要素はあるけど。

「どうなの?」

「うん。まだ分からないんだ」

「そ、そう?」

 なんだか弾んだ声を上げる佐里。

「なんで嬉しそうなんだ?」

「い、いいじゃない。別に」

 ぶすっとしたような顔をする妹。

「さて。そろそろ晩飯にするか」

「お兄ちゃんの手料理?」

「ああ」

「やったっ!」

 ガッツポーズをとる佐里。

 こんなに喜ばれるなら、今後も作っていきたいな。

 キッチンに立つと包丁でキャベツを刻んでいく。

 キャベツはその作品の質を表すものだ。指標の一つだ。

 一枚一枚の葉を丁寧に刻んでいく。

 あとは、厚めの豚肉を小麦粉、卵、パン粉につけて、油の中にくぐらせる。ちなみに紫色の着色料を使うのを忘れない。

「おいしそうな匂い~♪」

 食欲に貪欲な佐里は、テンションが上がっている。

「もうそろそろかな!」

「ああ。だから待っていろ」

「うん! 待つ!」

 幼い子どものように頷く佐里。

 可愛いな。

 童顔で小さな佐里には庇護欲がかき立てられる。

 そんな義妹との生活は甘くもなく、苦くもなく、ただ優しい日常を送っていた。

 と思っていた。

「お兄ちゃん、一緒に写真とろ?」

「まあ、いいけどさ。でも写真は友達ととれって」

「ん。いいの。お兄ちゃんイケメンだし」

「そんなもんかね?」

 俺は肩をすくめてハテナマークを浮かべる。

 女子のルールってよく分からないんだよな。

 机の上の勉強道具をどかして、料理を並べていく。

「今日はトンカツだ」

「わぁあ。ありがと! お兄ちゃん!」

 嬉しそうにトンカツを頬張る佐里をみて、俺は微笑ましい気持ちになる。

 こう胸の奥が暖かくなるような――。

「お兄ちゃんも食べなよ!」

「うん。だな」

 今日は少しいい日かもしれない。


 翌日。

 俺が起き上がると、佐里はすでに起きていて、身支度を調えていた。

「お兄ちゃん、遅いよ!」

「ああ。悪い。すぐに朝食にする」

 手早く一晩つけておいたフレンチトーストを用意する。

 すぐに食べる。

 今日も良い日になりますように。

 俺はガチャッと音を立てて玄関を開く……と、そこには龍王子がいた。

「あー」

「その、一緒に行きませんか?」

「まあ、いいけど……」

 俺は彼女の選択を否定することなく、受け入れる。

 というのも彼女の気持ちを知っているからだ。

 ここで拒否するのは間違った判断だと思った。

 きっと泣かせることになるから。

 でも、俺はどうすればいいのか、まだ分からない。

「そしたら、楓さんがパキパキ言い出して!」

 談笑しながら学校に向かう俺と龍王子。

「って、パキパキって何!?」

「パキパキはパキパキですよ!」

 えー。分からん。

「ふふ。おかしな顔ですね」

「そ、そんなにおかしいか? 俺の顔」

「はい。とっても♪」

 無邪気に笑みを零す龍王子。

「つい舐めたくなります」

 少し変態なところは相変わらずか。

 まあ、外で話す話でもないか。

「舐めるな。俺は砂糖菓子ではない」

「す、すみません」

 そんなやりとりを終えると、学校に到着する。

 教室にはいると、色恋さんが嬉しそうに駆け寄ってくる。

「赤井くん。おはポヨ!」

「おはポヨ。で何。この挨拶?」

「いいじゃない。可愛いんだから」

 ぷんすかと怒る色恋さん。

「あ。でも挨拶返してくれてありがとうね!」

 コロコロと表情を変える色恋さん。

 口は堅い方だと思う。なら。

「色恋さん。少し相談してもいいかな?」

「え。いいけど。どしたの? 赤井くん」

「いや、友達の悩みを聞いて欲しいんだ」

「……ふーん。いいけど、じゃあお昼一緒にしよ!」

「ああ。分かった」

 小さく「やった」と漏らしていた声は聞こえなかった。


 お昼休みに入り、大河と綾崎が声をかけてくる。

「飯にしようぜ?」

「そうだね」

「わりぃ。俺は色恋さんと食べる」

「おうおう。堂々と浮気か? やるねー」

 大河がケラケラと笑ってからかう。

「そんなんじゃねーよ。ただ女の子の意見を聞きたいだけだ」

「ほう……」

「さ。いこ。赤井くん」

「ああ」

 手招きしてくる色恋さんの後をついていく。

 食堂の端っこを確保した色恋さんは真正面に座る。二人がけの席だ。

 メニューにある担々麺を頼んだらしい。

 俺はいつも通り弁当だ。

「担々麺も美味しそうだな」

「うん。おいしいよ。それよりも赤井くんってお弁当だったんだね。毎日作っているのかな?」

「ああ。ほぼ毎日だな。作ってみると意外と継続できるよ」

「そっか。家庭的だね」

「ま、まあな」

 なんだか照れくさくなる。こんな感情は滅多におきないのに。

 パカッと弁当の蓋を開けると、色恋さんの顔色が変わる。

「え。なに? 紫!?」

「紫弁当を知らないのか。もぐりだな」

「え。ええ……! ワタシが可笑しいのかな!?」

「ああ。色恋さん、けっこうずれているときあるからね」

 そう言ってコロッケに箸をつける。

「ちょっと、食べてみたいかも」

「ん? ほれ」

 俺は食いかけのコロッケの箸をそのまま色恋さんに向ける。

「え。か、かかかんんんんんせっせっせえっっつつつうっっきっきっすすす!?」

「どうした? 食べないのか?」

「た、食べるよ! 食べればいいんでしょ!?」

 がぶと齧り付く色恋さん。

 なんだか顔が赤いような?

 初心うぶで男なれしていない色恋さんだが、そういったことに興味がないわけじゃない。

「それで? 相談ってなに?」

「あー。友達の話なんだけど」

 とある少女に告白されて返答待ちだが、自分の気持ちに整理がつかない。だからどう答えていいか分からない、と。

 そう告げると、難しい顔をする色恋さん。

「ワタシにもチャンスありそうかな。よし!」

「い、色恋さん? どうすればいいと思う?」

「へ? あぁ……たぶんまだ答えはださなくていいじゃないかな?」

「でも、相手の人に悪いだろ?」

「無理して付き合ったり、断ったりする方が失礼かな。きっと彼女もそんな風に思っていないって」

 楽しげに笑う色恋さんを見て、なんだか焦っていた気持ちが和らぐ。

「だって、無理して付き合えば、傷つくのは相手の子かな。そして断ったら、後戻りなんてできない。だったら応えはださなくていいんだと思う」

「でもキープしているようで悪いと思うだ。それに守るものを持つ資格がない」

「あっはははは。それ誰が決めたのかな?」

「誰……!?」

 その発想に俺は目から鱗だった。

「だって、守るものって、一方的じゃない。支え合うのが恋人かな」

「支え、合う……」

「それにキープと思うのと答えをだすのってちがくない?」

「そう、かな?」

「そうだ。誰がなんと言おうと、キミは迷っている。そこにキープとそうでない者の差が現れているよ」

 少し気持ちが晴れてきた。

「うん。ありがとう。今度おごるよ」

「いいって。チャンスあるならワタシから誘うし」

「え。で、でも。お礼がしたいんだ」

「じゃあ、またあのファミレスに行こう?」

「そ、それなら……」

 了承すると、俺と色恋さんは雑談をしながら食事を進めた。

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