第18話 水族館デート その1
佐里と遊園地で遊んだ帰りの電車で。
俺は龍王子からメッセをもらっていた。
なんでも佐里の面倒を見たからお礼が欲しい、と。
自分から言う辺り龍王子らしいが、恩着せがましくも感じる。
で、龍王子は俺と一緒に水族館に行きたいらしい。
三回目で水族館じゃないのか?
まあ、いいや。
俺が気にすることではない。
行こうと返事をすると、俺はぐっすりと眠った。
☆★☆
熊と対峙する俺。
その中身がおじさんであるとは知らずに。
後ろにいた女の子を守るため、熊を追い払おうと水道のホースから水をぶっ放す。
熊は塗れるのが嫌だったのか、俺たちの前から逃げていく。
その後ろ姿は滑稽で、俺は振り向いた。
可愛い女の子だった。
名前も知らない、その場にたまたま出会った子。
「名前は?」
「僕? 僕は赤井タケル」
「赤井、タケルくん。分かった。一生忘れないね!」
そう言ってさっていく少女。
「あ」
名前を聞き忘れた。
僕はうっかりしていたらしい。
やっぱり熊との対峙が怖かったのだ。
足が震え、手が冷たくなる。
しばらく一人で泣いていると、隣にやってきて僕を抱き寄せる別の女の子。
優しく抱き寄せたあと、泣き止むまで待っていてくれた二人目の子。
「もう。泣かないの!」
しばらくして両親がやってきた。
彼らの前では僕は感情を殺す。
泣き止んだのを見て、さっていく二人目の女の子。
両親に連れられた三人目の女の子。
じっと見つめると、そっと母の後ろに隠れる女の子。
「ほら、帰るぞ」
僕に言う両親。
今日あったことは忘れないようにしよう。
そう思い、両親についていった。
☆★☆
何か思い出さなくちゃいけない記憶だった気がする。
でもなんだか思い出せない。
たぶん重要な想い出だったのだろう。
「まあ、起きないと、か……」
起き上がると、六時半。
そろそろ身支度を調えて龍王子と一緒に水族館に向かうしかない。
彼女と一緒に行くと決めた以上、引き下がる訳にはいかない。
俺にはそれなりの責任がある。
まあ、俺も暇していたし、龍王子とのお出掛けは悪くないと思う。
着替える服を選んでいると、佐里が不思議そうに首を傾げる。
「なんでそんなに気合い入れているの?」
「え。そうだな……なんでだろ?」
俺は自分でも分からずに苦笑する。
「ま、そのTシャツにジャケット、パンツを合わせるといいんじゃない?」
佐里は興味なさげに伝えてくる。
「あ。その手があったか!!」
俺は天啓を得たように着替える。
「似合うか?」
「似合う似合う」
「じゃ、行ってくる」
しかし、なんで佐里は俺の家にいるのだろう?
「って。お前は自分の家に帰れ!」
俺はそう告げると、十時の待ち合わせの駅前に行く。
電車で10分揺れると駅前にあるステンドグラスの前にたどり着く。
まあ、まだ九時だけど。
緊張してしまったので、あまり寝付けなかったのだ。眠い。
それに寝相が悪かったのか、寝違えた。
すでに疲労を感じるが、俺はスマホをいじる。
九時五十分になると、周りが声を上げる。
そちらを見やると、薄い水色のワンピースを着た金髪碧眼の少女が駆け寄ってくる。
「お待たせです。タケルくん」
「お、おう!」
いつもよりも綺麗に見える。
軽く化粧もしているらしいし、普段の格好と違うだけでこんなにも可愛らしくなるのか。
「かわいいなー」
つい声が漏れる。
「ふぇ……!?」
小さくうめく龍王子。
「あ、いや。ごめん」
俺のような陰キャ、根暗、オタクに言われてもキモいだけだろう。
「いえ。嬉しいですよ」
龍王子は焦ったように手を振る。
「ただ。見つめられるのが少し恥ずかしいです」
「そ、そうか。すまん」
「いえ。見てもらうために着ているので、お気になさらずに」
頬を赤らめて呟く。
「行くか」
「はい」
俺は手を差しのばす。
しばらく見つめていると、俺は引こうとする。
手をぎこちなく伸ばす龍王子だが、先に俺が手を引っ込める。
「じゃあ、行こうか」
「は、はい……」
ちょっと名残惜しそうに俯く龍王子。
電車とバスで水族館にたどり着くと、二人分のチケットを購入する。
すたこらさっさと園内に入ると五月の強い日射を遮り、薄暗く涼しい空気にのまれる。
最初にお出迎えしてくれのはホヤのような東北限定の海の生き物たち。
神秘的な雰囲気が俺たちを包み込んでくれる。
天井に水槽があるというのも斬新だ。
それにしても、これはいわゆる『デート』じゃないだろうか?
その相手に俺を選んだ理由はなんだ?
「さ。次に行きましょう」
龍王子紗倉はとんでもない可愛さだ。
男子なら弾き手数多なのだろう。いや俺も男だけど。
そんな告白大会に疲れた彼女。
だったら、ここでの遊びに何の意味があるのだろうか。
考えられるとしたら、「これで手打ちね」と言って別れることか。
なるほどな。
俺が引き下がらないのが問題だったか。
だったら――。
「あ。タケルくん、あっち行きましょう?」
そっと手を伸ばしてくる龍王子。
それをかわして俺は前に出る。
「ああ。あっちはダイオウグソクムシが見られるな。ほら、ネットで話題になった――」
「そう、ですね……」
どこか浮かない顔をしている龍王子。
俺はもう間違えない。
誰も傷つけずに穏便に過ごすなら、彼女のニセモノとも戦わなくちゃいけない。
熱帯魚コーナーになり、見るも鮮やかな魚たちが泳いでいる。
「綺麗ですね。わたし、この子に負けないくらい綺麗でしょうか?」
言うなよ。
そんなこと、聞くなよ。
だって俺はただのクラスメイトだ。
同級生だ。
よくても、ただの友達。
それ以上でもそれ以下でもない。
答えられない。
その答えを言ってしまえば、引き返せないから。
俺は本当の意味で最低の男になり果てるから。
そんな訳にはいかない。
「龍王子とはただの友達だ」
それを黙ってきく龍王子。
「それ以上のことを求めるな」
俺は美鈴にフラれるような奴だ。
「俺には何もできない」
俺は両親に愛されていない。
「俺は最低の男だ」
自分の我が儘で家庭を崩壊させてしまった。
「俺は人間ができていない」
俺が家族を離別させてしまった。
『お前が変わりに死んでいれば良かったのに』
俺は……。
「だから、もう恋人のフリは、偽の恋人はやめよう」
俺がそう切り出すと、そこだけ空気が切り取られ氷漬けにされたように、一気に冷え込んだ。
寒気からか、身体が震えている。
「ぁ……で、でも!」
「俺は家庭を壊した」
龍王子は何かを言いかけて、言葉を失う。
事の重さを理解できないほどバカじゃないだろ?
俺には守るものを持つ資格がないんだ。
もしかしたら、この考えじたいが甘いのかもしれないが。
それでも俺は守る者を持つのがどうしようもない怖いのだ。
不安と期待がある。でも、それだけで埋めることのできない絶望感を覚えている。
もう俺はあの日を繰り返したくない。
言葉は凶器だ。
簡単に人を
それを知らない人が多すぎる。
SNSに始まるネット社会。
縦社会の言葉。
トップの言葉。
様々な言葉が人を切りつけ、人を貶める。
今回の噂話だって、知らず知らずのうちに他人を傷つけているということがわからないでいる。
世の中、そんなもんだ。
誰でも加害者になりえる。
それを分かっているものは恐ろしく少ない。
俺はそんな世界に飽きていた。
もう飽きていた。
世界に飽きた。
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