第17話 遊園地 その1

 噂が流れていった二日後。

 土曜日。

 俺は佐里と一緒に遊園地を訪れていた。

 この遊園地の近くには動物園もある。山を切り開いたところにあり、地盤はしっかりしている。地震の多いこの国でも、ここならそんなに揺れはしない。

 まあ、アトラクションも少ないので、遊ぶところとしてはちょっとしょっぱい気もするが。

 俺と佐里は二人で園内を回っていた。

「どれから乗る!?」

 テンションの高い佐里を前に俺はため息を吐く。

「そうだな。ジェットコースターにするか?」

「そのまえにあのコーヒーカップに乗らない?」

「いいけど? ジェットコースター嫌いだったか?」

「ジェットコースターは三回目だよ!」

 何なんだ。その回数制限は。

 俺には理解できないが、女子の間では流行っているのかもしれない。

 黙っておこう。

 郷には入れば郷に従えというし。

 コーヒーカップはそんなに混んでいないから、すぐに乗れた。

 ころころと回るカップ。その真ん中にあるハンドルを回して加速していく。

 佐里が笑っているところを見ると晴れやかな気持ちになる。

 嬉しそうに顔をくしゃくしゃにするのだ。

「じゃあ、次はどれに乗ろうか!?」

 ワクワクした様子で園内の地図を見やる佐里。

「どれでもいいぞ。俺は大抵のものには乗れるからな」

「じゃあ! エアロ5!」

 エアロ5。

 ジェットコースターの仲間ではあるが、支柱が上にあり、それにぶら下がっているコースターに乗るアトラクションである。

 けっこうなスピードがでる。

 これってジェットコースターではないのか?

 俺はそんな疑問を浮かべながら佐里と一緒に乗り込む。

 待っている間も、俺は佐里と一緒に会話を楽しむ。

「お兄ちゃんは意外とこういったもの、好きだよね!」

「まあ、嫌いじゃないな」

 柔和な笑みを浮かべる佐里。

 久々の兄妹水入らずで少し安堵する。

 そのあとも八木山サイクロンやスカイジェットに乗った。

 普段、あまり経験しない非日常感をじっくりと味わった。

 お昼になり、園内にある飲食店に立ち寄る。

 ラーメン、そば、うどん、カレーライス、牛丼が売ってある。

 他にも焼きそばなどもあるらしいが、メインはさっき言ったものらしい。

「ワタシ、山菜そばにする」

「お。なんだか通だな。俺はカレーライスにする」

 注文を終えると、近くの椅子に座る。

 できあがるのを待っていると、佐里がそわそわする。

「あ、あの。ワタシも食べてみたい。カレーライス」

 その発言が子どもっぽいととられてしまうと思ったのか、少し恥ずかしそうに俯く。

「いいよ。それくらい」

「いいの?」

「なんだ。そわそわし出すから何を言うのかと思えば……」

 正直、愛の告白みたいでドキドキしてしまったのはナイショだ。

「しかし受験生がこんなところで遊んでいていいのかな?」

「ふふーん。A判定をもらったから、ここにいるわけだよ!」

 自信満々に言い切る我が妹。

 食事ができあがり、受け取ると二人で少しずつシェアする。

 カレーライスを少しと山菜そばを少し。

 お互いのスプーンと箸を使って。

 ん。これって間接キス、じゃないか?

 すーっと見やると佐里は綺麗な髪をそっと耳にかけて食べている。

 そんな顔も見ていて高鳴るものがある。

 とはいえ、義妹だ。気にしてはいけない。

 そんな気になってはいけない。

「おいしい?」

「あ。ああ……」

 じっと見ていた俺を見て不思議に思っている佐里。

「おいしいぞ。ただ……」

 絵になるとは言い出せなかった。

「そう? ならいいのだけど……」

 歯切れが悪いのは俺が誤魔化していることを知っているから。

 昔からの腐れ縁なのだから、俺の気持ちもなんとなく分かってしまうのかもしれない。

 食べ終えると、俺と佐里はどこに行くか、ぶらりと園内を散策していた。

 バルーンレース、トランポリン、ロックンタグ、ゴーカートなどなど。

 遊べるアトラクションは沢山ある。

 昔はもっとアトラクションが少なくなったような気がするが、子どもの頃なのでいかんせん思い出せない。

 夕暮れも近づき、佐里は俺を見て笑みを零す。

 ハチミツ色に染まっていく世界。

 佐里はギュッと俺の腕に抱きついてくる。

 ふくよかな膨らみが理性を揺らがせるが、ここはお兄ちゃんの見せ所だろう。

「最後に……観覧車に乗りたい」

「あー。いいぞ。ちょうど夕暮れだし、綺麗に見えるだろう」

 俺と佐里は観覧車に乗り込むと徐々にてっぺんを目指して上がっていく。

「あの、ね?」

「ん?」

 そわそわ、もじもじする佐里。

「その、ワタシ……」

 視線をかわして、顔を赤らめる。

「ワタシは……」

「どうしたんだ?」

 続きを促すように俺は声をだす。

「ワタシ、お兄ちゃんのこと、……好きぃ……」

 小さな声をあげる佐里。

「え。まあ、俺も好きだけど……」

「やった……!」

 佐里は嬉しそうにする。

 なんだか勘違いしているかもしれないが、俺は家族として好きだ。

 だから俺も好きと言った。

 でも佐里はちょっと顔色を赤く染めている。

「あ。外の景色、綺麗だよ!」

 佐里は会話を打ち切るように外の世界を見る。

 俺もつられてそっちを向く。

 赤い世界に染まっていく。

 何もかもが赤く、そして綺麗に染まっていく。

 赤は可視光の中でも一番長い波長である。

 空気に触れて可視光の波長が伸びていく。

 世界は科学でできている。

 そっと隣に寄り添う佐里。

 頭を寄せてくれる。

 その顔が恋人のそれに似ている。

 まあ、気のせいだよな。

 俺に彼女ができるわけないし。

 モテるわけがない。

 あの美鈴にもフラれた訳だし。

 まあ、あとはスマホで撮った写真でもSNSにアップしてみるか。

 ちょうどいい承認欲求になる。

 俺にだって承認欲求はあるからな。

 でも酷い言葉を投げつけるやつもいるから、フォロワーよりもブロックしている奴の方が多いけどな。

 アニメやラノベの感想を言い合ったり、仲良くすることができている人もいる。

 まあ、大河や綾崎がほとんどだけど。

 観覧車が降りていく。

 世界を闇に変えていく。

 もうじき、帰らなければならない。

 こんな気持ちになるのなら、いつまでもあの夕陽が続けばいいのに。

 いつまでも終わらない世界であってほしいのに。

「お兄ちゃん、一緒に帰ろ?」

「ああ。もちろんだ」

 俺はそのまま義妹の佐里と一緒に家に向かう。

 帰りの電車に乗ると、佐里がギュッと腕をとる。

「今日は楽しかった」

「ああ。楽しかったな」

「まるで夢を見ているみたい」

「そこまでか? 俺は久々に家族と一緒で嬉しかったが」

「え?」

「え?」

「ええ――っ!?」

 佐里は目を見開き、驚きを全身で表す。

「ワ、ワタシ……! そんなぁ――っ!?」

 何が起きているのか、分からずに俺は困惑する。

「もう、お兄ちゃんのバカァ!」

 佐里は俺の頬をぶったたく。

「え。ええ?」

「ワタシ、まだ告白していないもん!!」

 よく分からないが、ぷいっとそっぽを向く佐里。

 意地を張っているが、佐里にとっては本気の恋なのだ。これで終わりな訳がない。

 そんなことはつゆ知らず赤井タケルは目を丸くするのだった。

 家に帰り、ようやく落ち着く佐里。

「今日は添い寝してね!」

「なんでそうなるんだよ。いくら兄妹でも、俺たちは義理だぞ?」

「いいじゃない。嘘つきお兄ちゃん」

「うぐぅ……」

 そう言われると、俺はショックを受ける。

 どうやら龍王子との交際の噂を聞いたらしい。

 俺が付き合っていなくて、いいよっているという噂を。

 だから佐里からしてみれば、嘘つきなのだ。

 まあ実際そうだけども!

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