第16話 噂

 翌日。

 俺と龍王子は一緒に登校した。

 色恋さんが龍王子から俺を寝取った、という噂が学校内に充満していた。

 そのせいで龍王子にも詰め寄る男子生徒が多数いる。

 それはある程度予測できていたが、色恋さんと出かけたあの日がマズかったようだ。そのあとも色恋さんが接近してきたのだから、余計に立場が悪くなった。

「よ。有名人」

 からかうように言ってくる綾崎。

「おれも二股かけてーよ!」

 俺の鞄を引っ張ってはしゃぐのは大河。

「いや、そんなんじゃないって」

 俺は近くの者だけは知ってもらいたいと思い、否定する。

「いやいや、赤井のスペックだったら、三股もいけるでしょ?」

「何言っているんだよ。綾崎。俺、お前のこと信じていたんだぞ?」

 こんな陰キャ、根暗、オタクの俺に彼女ができるものか。

 その証拠に美鈴にはフラれているし、龍王子との関係だってニセモノだ。

 色恋さんのことはよく分からないが、この噂を話してきたからには、止めたいと願っているのだろう。

「まあ、赤井はスペック高いのに気がついていない奴、多いよな」

 からからと笑う大河。

「お前らおかしいんじゃないか? 俺は根暗で、陰キャでオタクだぞ?」

「オタクは間違いないが、それ以外は違うだろ? すれているけどな!」

 けらけらと笑う綾崎。

 なんだよ。お前ら、笑いすぎだろ。

 俺は真剣に悩んでいるというのに。

 実のところ、あまり気にしていないんだろうな。この二人は。

 だから安心できる。

 他のやつだったらもっとはっきりとした攻撃をして来たはずだ。

 からかうだけからかって、あとは普通通り。こんな良い友達がいていいのだろうか。

「それよりも昼飯、どうするよ?」

「たまには赤井も付き合えよ!」

「分かったよ」


 昼休みになり、俺たちは机を合わせて食べている。

 午前中は酷かった。

 ずっと俺たちの関係を怪しむようなクラスメイトの声だった。

 何よりも色恋さんや龍王子が頼めばやらせてくれるというデマが回っていたこと。

 そんなに軽い女ではないことを知っている俺としては非常に不愉快だった。

「赤井、その卵焼きくれ」

「え。ああ。いいが」

「よっしゃ!」

「じゃあ、俺はそっちの唐揚げだ。交換してやる」

 大河と綾崎は俺の弁当を嬉しそうに頬張る。

 どうやら俺の紫弁当が気に入ってくれたらしい。

 うまいうまいと言って頬張る。

 俺も口に運ぶが、しっかりと味がついているし、うまくできたなと思う。

「で。お前、この噂話をどうする?」

「え」

「お前のことだ。何か手立てはあるんじゃないか?」

 綾崎がニタニタと笑みを浮かべて俺が提案するのを待つ。

「あー。一つ手はあるが、引き返せないからな。どうするか……」

 その選択肢はかなりの大ばくちになる。できれば伏せておきたいが。

「お前が守るんだよ。そうだろ? 綾崎」

「大河、たまにはいいことを言うな」

「いつもいいこと言っているだろ」

「お前ら……」

 俺は友情が嬉しくて、顔を伏せる。

 目頭が熱くなる思いだ。

「じゃあ、俺から提案だぜ。――ってのはどうだ?」

「お。大河にして珍しくまともな意見だね」

「なるほど。そう言った方法もあるのか。でもあの二人がどう思うか……」

「でもお前の汚名は晴れるし、二人とも困らないと思うが?」

 綾崎はそう言うと、水を飲む。

「まあ、それで行くか。二人ともインフルエンサーになる準備はできているか?」

「やるっきゃないでしょ。おれらの赤井が困っているんだから」

「ずいぶんと人望が厚いんだな、俺って」

 苦笑を漏らすと、大河と綾崎は手を重ねる。遅れて俺も重ねるとかけ声と共に高く手を伸ばす。

 俺はこんな友人が持てて幸せ者だ――。


 放課後になり、人の姿もまばらになっていく。

 そんな中、色恋さんと龍王子がやってくる。

「あのヘンテコな噂はタケルくんの仕業なのですか?」

「ああ。お陰で二人とも変な目には遭っていないだろ?」

 俺は誇らしげに今回の噂を利用させてもらった。

 誇張した噂はただの噂でしかない。根も葉もない噂に耳を傾けるほど、阿呆な人間は少ない。

 それに情報源の本人が否定していると信憑性はすっかり失われる。

 あとに残るのは笑い話だけ。

 ただのエンタメへと昇華したことで、噂の信憑性もすっかり失われた。

 いつもクラスの端で弁当をつついている陰キャな野郎どもによる誇張した噂。

 そんなの誰も信じない。

「ま。お陰で龍王子と付き合っているって話も流れてしまったけどな」

「それは……」

 少し悔しそうにうつむく龍王子。

 やっぱり未だに告白されたりするんだろうな。

「まあ、いいじゃないか。龍王子も自由に振る舞えば」

「そんなこと!」

「まあ、大丈夫だよ。ワタシの仲間だもの」

 色恋さんは龍王子の背中を軽くポンポンと叩く。

「ありがとうございます」

 龍王子は丁寧に頭を下げる。

「や、いいって」

 色恋さんは困ったように頬を掻く。

「二人が仲良くて安心したよ」

 俺はそう呟くと、身支度を調える。

「じゃあ、三人で帰りましょう?」

 龍王子が意外な意見を出してくる。

 今までなら絶対に言わなかっただろうに。

「悪いよ。ワタシは一人で帰るから」

「それだと最初の噂が広まってしまうな。三人一緒の方が誤解を生まないだろ」

 俺はそう言い、ぶっきらぼうに二人の手を引く。

 二人は素直に引かれていった。

「もう。誰のせいだと思っているのさ」

 色恋さんはブツブツと何か言っているが、気にしては負けだと思う。

「あーあ。フリーになっちゃいました」

 龍王子が明るく声を上げると、腕を上に伸ばす。

 二人がそもそも付き合っていないという噂。

 信じる人もいるけど、そうでない人もいる。

 でも噂の沈静化には役だった。

 もう偽の恋人ですらない俺と龍王子。

 それで全てが終わる訳でもないけど……。

「今日は記念にファミレスに行かない?」

 色恋さんは嬉しそうにそう誘う。

 俺は正直、偽の恋人を演じていて心地良かった。気分が良かった。

 人の上に立ったような、不思議なマウントをとれていた気がする。

 でも今はそんなことはない。

 少しせこいかもしれないが、調子に乗っていた部分もある。

 色恋さんにとってはどう思っているのか分からないが、龍王子にとってはいい傾向にあるだろう。

 俺が八股しているクズ野郎と信じる者もでてくるかもしれない。

 でもこうして仲良くしていれば、その噂も誰かが流した噂話で終わる。

 終わらせるのはこれからの俺の行動にかかっている。

 噂はただの噂だ。

 人によってはその価値も分からない。意味も分からずに広げてしまうものだ。

 それがどれほど人を傷つけるのか、人を壊すのかも知らずに……。

 改めて人の怖さを知ったが、俺はこの二人は嫌いになれない。

 むしろ――。

「何を頼む? 紗倉さくらちゃん」

「色恋ちゃんは決まりましたか?」

 二人で和気藹々としているところを見ると、あの噂もすぐに誤解だと分かるだろう。

「ん? 赤井くんは何にする?」

「こちらにメニューありますよ?」

 良くしてくれる二人。

 俺は嬉しくてつい頬が緩む。

「そうだな。ハンバーグでも頼むか」

 俺はメニューを見やり、美味しそうなものを選ぶ。

「うーん。紫色じゃないのですね……」

 俺の料理、紫中毒になった龍王子は困ったように小首を傾げる。

「紫色なんて食べづらいだけじゃん」

 色恋さんはクスクスと笑みを浮かべる。

 おい。それは俺に喧嘩を売っていると解釈していいのか?

 いや、知らないだけか。

 まあ、無知なのは罪だが、責める気持ちはない。

 ただバカなだけだからな。

 うんうんと頷いていると二人は不思議そうに首を傾げている。

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