第14話 ネコちゃん
昼食を終えて、午後の授業が始まる。
少し眠いけど、授業を聞かなくちゃ。
眠たい瞼を開けて因数分解だのを聞いていた。
放課後になり、俺は一人こっそりと抜けだそうとする。
「ふふ。一緒に帰ろうね。赤井くん」
そう言って隣に張り付いてくる色恋さん。
「いや、ええ……」
「あら。それはいけませんね。わたしというものがありながら」
ロックオンしてきたのは一人だけじゃなかった。
龍王子が俺の腕を絡め取るように抱きついてくる。
「わたしが、正妻なのですから。愛人は黙っていなさい」
「いや、俺は愛人とかは認めていないからな!?」
まるで俺が愛人を認めたみたいじゃないか。
風評被害にもほどがある。
「それを言うなら
「何を――。この泥棒ネコ!」
「それはこちらのセリフですぅ! バカ紗倉!」
「言ったわね!!」
二人が言い争っている間を見計らって俺は駆け出す。
「あ。タケルぅ!」
幼馴染みである
「ひとり!?」
なんだかワクワクした顔でこちらを見てくるのだけど?
「うん。まあ、一人だね」
今はね。
「じゃあ、一緒に帰らない?」
「……いいけど」
ふったこと忘れているのかな。
俺はけっこう傷ついているのだけど。
「なんだか、タケルって変わったよね」
「そ、そう?」
どういう意味だろう。
変わって良かったのか、悪かったのか。
それが気になる。
でも聞くわけにもいかないかな……。
「あー。もったいないことしたなー」
「え。どういう意味?」
「さあ、どうでしょうか?」
意地の悪い笑みを浮かべる美鈴。
「それにしても暑いわね……」
美鈴は胸元を大胆にあおぐ。
「はしたない……」
汗でうっすらとブラウスの色が透けているし。
その下は……ピンクか。悪くない選択だ。
いや、待て。俺はなんでそんなことを。
「うぅ……!」
急に頭を抱え込んだ俺を見て困惑する美鈴。
「ど、どうしたの?」
「今日は夏日で、頭がやられたんだ」
理性を保つので精一杯だ。
それにしても〝好き〟って伝えたのになんでこんなに警戒心がないのか。
わざとか! わざとだな。
俺は校門前でじりじりと美鈴を柱に寄せる。
「え。ちょ、え?」
俺は手を伸ばし、いわゆる壁ドンをする。
「美鈴。これ以上は――」
「ば、バカ。近いわよ!」
そう言って鞄で身を守る初恋の相手。
「あ! いた! タケルくん!」
「今度は逃ささないよ!」
後ろから色恋さんと、龍王子がやってくる。
ふと目を離した隙に、逃げ出した幼馴染み。
「やや! 忍者がいたよ!!」
そう報告する色恋さん。
褐色肌が健康的な色恋さんだ。
その後ろから追いかけてくるのは龍王子。
金髪碧眼の学園アイドル。
どちらも
俺、そんなに良い人間じゃないぞ。
さっきも、フラれた相手に迫ってしまった。
あれはいけないことと分かっていたが、止められなかった。
俺何やっているんだろうな。
むなしくなってくる。
「さ。クレープ屋に行きましょう?」
「何言っているのさ。たこ焼きでしょ?」
甘党な龍王子と、粉物が好きな色恋さん。
どちらも捨てがたいけど。
「いいや、夕食を食べられなくなる」
俺は誘惑には屈しない。
「ふふーん。なら、ここで解散ね。いいでしょう?
龍王子は不敵な笑みで三咲――色恋さんを見やる。
「……何か企んでいるんじゃない?」
色恋さんの言う通りだろう。
俺と別れても、同じアパートな俺と龍王子だ。
夕食は一緒に食べる。
その時間が増えるのだから、わざわざ買い食いをする意味がない。
さすがだ。龍王子は以前のアイドル
「ワタシは絶対に赤井くんと一緒に行くんだもの!」
色恋さんは甘えるように俺の腕をとり、絡みついてくる。
「「ちょっと!」」
俺と龍王子の二人で声を上げる。
「とりあえず、三人で帰る?」
「それがいいね。さすが赤井くん!」
「ふ、ふん。せいぜい足掻きなさいな」
ぷいっと顔を背ける龍王子。
「赤井くんは休日何しているの?」
「あー。動物の動画をよく見るよ?」
「へぇ~。動物好きなんだ。ワタシも!」
「ちょ、ちょっと!」
「ネコやイヌって、人間っぽいときあるよな!」
「そうそう! おっさん臭いときとか、子どもっぽいときとか!」
「えー。わたしは無視……」
「ふむふむ。話を聞いていると、赤井くんはイヌ派なんだね」
「そうだ。あいつらなつくからな」
「ブー。ネコちゃんもなつくよ!」
「もしかして……飼っているのか!?」
「そう! 飼っているのよ!!」
ゴクリと生唾を呑み込む。
「色恋さんのうち、行ってもいいか?」
俺はつい、そんな言葉を発していた。
さすがの俺でもネコの魅力には勝てなかったよ。ぴえん超えてマジぴえん。
さーっと背筋が冷たくなる。
笑顔の龍王子がそこにいた。
「で。この子がミルクちゃん?」
「そうだよ! 可愛いっしょ!」
「うん。可愛いね。ロシアンブルーかな?」
「そうそう! よく知っているね!」
「イヌ派の俺でも知っているくらいだしな」
ポリポリと頬を掻く俺。
「ふーん。ただのネコじゃない」
冷めた目で見やる龍王子。
「「何言っているんだよ!!」」
「ネコちゃんでも色々といるのよ」
「そうだ。そうだ! ただのネコちゃんなんているはずがないだろ!」
俺と色恋さんはがしっと腕を組み合う。
「ほらミルクちゃんも唸っているよ!」
「やっぱり人の言葉が分かるんじゃないか!?」
「さすが! ネコちゃん!」
興奮冷めやらぬ中、俺と色恋さんはミルクちゃんに手を伸ばして撫でる。
褒め称えると、ミルクちゃんは機嫌良さそうにゴロゴロと鳴き声をあげる。
「おお! うちの人以外にもなつくなんて!」
嬉しそうに声をあげる色恋さん。
「嬉しい……っ!!」
「本当に嬉しいやつじゃないですか!」
泣き出しそうになっている龍王子。
「龍王子も触ってみろよ?」
「へ。わ、わたしはいいのです」
「遠慮するなって!」
「きゃ、や、やめて~」
力なく床に伏せる龍王子。
そしてすすり泣く。
「え。龍王子?」
「あれ。もしかして動物嫌い? 紗倉さん」
「そう、なのです……。ダメなのです……!」
目を閉じてふるふると力なく首を振る龍王子。
え。ちょっと。なんでこんなに弱っているのさ?
「え。怖いのか?」
震えている龍王子を見てつい本音が漏れる。
「ええ。そうです! 悪いですか!?」
キレる龍王子だが、その顔ではあまり怖くない。
ミルクちゃんがそっと離れていく。
空気を読んだんだね。偉い偉い。
「なんでわたしよりもネコを見るのですか……!」
龍王子が怒ったように俺の胸を叩いてくる。
「あー。すまん」
これではネコの方が好き……みたいじゃないか。
「まあでも、ネコちゃんの可愛さは異常だから、仕方ないよね? ね?」
誰も答えてくれないなー。
まあいいや。
「色恋さん。ごめんね。今日はこの辺りでおいとまするよ」
「うん。今度も遊びに来てね!」
色恋さんが嬉しそうに微笑む。
俺は龍王子を支えながら玄関から出ていく。
そういえば、両親とは話さなかったな。
挨拶くらいした方がいいのだろうか?
いいや。
俺が色恋さんに気があるみたいじゃないか。
そんなのはないな。
フラれたばかりの俺にしてみれば、この話はうますぎる。
きっと色恋さんも自分のネコちゃんが褒められて嬉しかっただけだろうな。
「なんで、あんな毛皮と
悲しそうに叫ぶ龍王子。
「いや、毛皮って。いや、そんなに嫌だったのか……」
俺はちょっと頭が痛くなった。
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