第13話 ドラマ

 忘れもののスマホを届けようと、205号室に向かう俺。

 インターホンを鳴らそうとすると、中から声が聞こえてくる。

『お父さん、止めて! お母さんが死んじゃう!』

 え。これはどうするべきなんだ!?

 もしかして中では龍王子の両親が争っているのか?

 ガラスが割れるような音が聞こえてくる。

『まりこ。お前のせいで全てが終わった! お前の浮気のせいでな!』

 これは聞いてはいけないことを聞いてしまったんじゃないか!?

 もしかしなくても複雑な家庭事情なのかも。

 マズいな。あとでスマホを渡すか。

 ガチャッと205号室の玄関が開く。

「あ。タケルくん?」

「え。いや、なんでもない」

「うそ。何かあったんでしょ?」

 泣き腫らした顔が見ていられない。

 きっとご両親のことで泣いているのだろう。

 可哀想に。

「ええと。スマホを忘れていたみたいだぞ」

 今さら、とやかく言ってもしょうがない。

 俺は目的をやり遂げるため、スマホを渡す。

「ありがと」

 落ち込んだような声音に俺の胸がきしむ。

「そ、それと何かあれば相談にのるぞ。その、解決できるかは分からないけど……」

「? ありがと?」

 疑問符を浮かべる龍王子。

「じゃ、じゃあな」

 俺はそのまま自分の家である201号室に向かう。

「……あ! 待って! ドラマなのです! 勘違いしないでください!」

 そんな声が聞こえる。

 俺は落ち着かない気持ちでテレビをつける。

 そこには『まちこ』と呼ばれる女性が夫である男性に暴力を受けているシーンだった。

「……ドラマじゃねーか!!」

『次回、まちこ死す!! 乞うご期待』

「いや、死ぬんかい」

 勘違いが恥ずかしくなった俺はシャワーを浴びたあと、そのままベッドで眠る。



「お兄ちゃん、起きて。おっきして!」

 なんだかひどく変態な声が聞こえてくる。

「早く起きないと、イタズラしちゃうよ♡」

「はっ」

 俺は勢いよく起き上がる。

 と目の前にいた佐里と頭がぶつかる。

「はぅ!」「いたっ!」

「たく、なんなんだ……」

 俺は佐里に目を向ける。

「ええと。添い寝する?」

「なんでだよ。起こしにきたんだろ?」

「まあ、そうだけど」

「さ、朝食の準備をするか」

「やった! 愛しているよ、お兄ちゃん」

 たかが朝食ごときで大げさなやつだ。

 まあ、可愛いけどさ。

 適当に朝食を作ると、佐里は嬉しそうにパクパクと食べる。


 学校へ向かうと龍王子が後をついてくる。

「昨日はすまなかったな。ドラマを勘違いした」

「いえ。いいです。それに両親は……」

 何かを言いかけてトーンが落ちる龍王子。

 やっぱり言いたくないんだな。

「それにしても、今日はやけに騒がしいですね」

「いや、そりゃ腕にしがみついていたら、そうなるだろ」

 そのスカスカなお胸でもしっかりとした弾力がある。

 柔らかいし、暖かい。

 いい匂いもする。

 ――ってこれじゃあ、俺が変態じゃねーか。

 まあ、貧乳は最高のスパイスだけどな。

 俺にとっては巨乳は苦手だ。貧乳の方が安心する。

「おやおや、二人とも朝からラブラブですなー」

 色恋さんがニタニタとした顔で近寄ってくる。

「む。タケルくんはわたしの恋人です。渡しません」

「いやー、さすがのワタシでも略奪愛はしないって!」

 あはははと笑う色恋さん。

 でも目は笑っていないような……? 気のせいだよね? うん。気のせいだ。

 心の平穏を保つと、俺は教室に向かう。

「まったく、赤井くんは」

「へ。何急に!?」

 なんで批判されているのさ?

「だって女の子を前にするとデレデレしているじゃない」

「そ、そうか?」

「うん。そうだ」

 そんなにデレデレしているつもりはないんだがな……。

「うーん。わたしの目から見てもデレデレしていますね……」

「おい。お前も敵勢勢力かよ!」

「あははは! 冗談だって。気にしない気にしない」

 色恋さんがお腹を抱えながら笑っている。

 いや、そんなにウケるところか?

 俺には色恋さんのツボが分からない。

「おい。なんで色恋と一緒なんだよ。この色男め」

 そう言ってきたのは大河だ。

「なあ、こんなヘタレよりもおれと一緒にあそばね?」

「チャラ男よりもヘタレの方が好きです」

「まあ、ワタシからしてもそうかな。ごめんね! ゴミ虫くん!」

「ひ、ひどい」

「ま、気が変わったらいつでも呼んでくれ」

「マジか。さすが鋼のメンタルの持ち主……」

 大河のすごさが分かったような気がする。

 でも内容的に言って格好悪いけどな。

「お。赤井は今日もモテモテだね~」

 綾崎はそれだけを言い残すと、手を振って自分の席につく。

「そうだ! お昼いっしょしてもいい?」

 色恋さんがそんなことを言ってくる。

「へ。いや恋人のわたしを差し置いて何を言い出すんです?」

「いや~。だって本気じゃないんでしょ?」

「…………」

 しばしの沈黙。

「ちょ、ちょっと待って! どういうことなのです!?」

「俺にも分かるように説明してくれ」

「ここで話していいのかな~?」

 ニタニタと笑みを浮かべて言う色恋さん。

「いや、分かった。お昼一緒に食べよう」

「タケルくん!?」

 信じられないものを見たかのように目を見開く龍王子。

「いいだろ。聞き出すにも話し合いの場は必要だ」

 ふくれっ面を浮かべる龍王子。

 そんな顔をしても状況は変わらないからな?

 それにしても色恋さんはどこで俺たちが偽の恋人と分かったんだ。

 聞き出さないと対策のとりようもない。

 俺としてはこのままでもよい気がするが。


 その日、午前の授業はあまり身に入らなかった。

 授業よりも色恋さんのことが気になった。

 授業中に見つめていると、目が合う。

 そして色恋さんは小さく手を振るのだった。

 俺はそそくさと教科書に顔を埋めるのだった。

 いよいよ、お昼になり、俺たちは裏庭のベンチで食事をすることとなった。

「で? 本気なのはどっちかな?」

 色恋さんはこちらをみやり、興味津々といった様子で訊ねる。

「いや、なんで偽の恋人だって分かったんだ?」

「タケルくん!」

「え……?」

 なぜか龍王子が咎めるような声を発する。

「あ。偽の恋人だったんだ。かまかけて良かった」

「し、しまった……!」

「ふふーん。知ったからにはワタシから攻めてもいいんだよね?」

「え。それってどういう――」

「させません。わたしは彼の恋人なんですから」

「ふーん。あくまでも偽るつもりなんだ?」

 バチバチと火花を散らす龍王子と色恋さん。

 え。なんで? なんでこんなことになっているんだ?

 訳が分からない。

 俺なんて幼馴染みにフラれたばかりだと言うのに。

 そんなにモテないというのに。

 チラリと視界の端に忍者の姿をした幼馴染みが映る。

「?」

 なんでこんなところにいるんだろう?

 裏庭と言えば、誰もこないことで有名なのに。

 日差しもなく、風が通り抜けていくので、年中寒いところだ。

 夏場ならまだしも、今は五月中旬。それなりに冷え込む。

 まあ、俺と友達としてやり直したがっている美鈴のことだ。

 気になってついてきたのかもしれない。

「「で。どっちが好きなの!?」」

「え。いや、ええ……」

 俺はこの時、戸惑ってしまった。

 二人とも魅力的な女の子だが、俺にはどちらかを選ぶ権利なんてあるのだろうか。

 誰かを幸せにできるだろうか。

 俺は自信がない。

 ヘタレと言われたがその言葉は事実だ。

 どうしても選べと言われたら、偽の恋人を優先するべきだったのかもしれない。

「さ。冷え込むし、さっさと教室に戻ろう」

 俺がそう提案するとちょうどよくチャイムが鳴る。

「「このヘタレ」」

 色恋さんと龍王子の声が綺麗にハモる。

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