第8話 義妹の偏差値に詳しすぎる件

 佐里は俺の作った紫色の野菜炒めを食べている。

「おいしい~♪」

 嬉しそうに食べてくるのはいいが。

「そういえば勉強は進んでいるのか?」

 佐里は中学三年生。今年、高校受験だ。

 まだ五月とは言え、陸上部に専念していた彼女は偏差値が低めだ。今からでも早くはない。むしろ遅いくらいだ。

「お兄ちゃんと同じ学校にいくから大丈夫」

「何言っているんだ? 俺の学校は進学校。かなり偏差値が高いぞ?」

 偏差値は65くらいだったはずだ。

「ええと。頑張ります」

 すーっと目を細めて、そして三つ指で座り込む。

「なので、教えてください」

「勉強を、か?」

「他のことも教えてほしけど! エッティなこととか!!」

「なんでそんなに嬉しそうなんだよ……!」

 こいつ腐ってやがる。

「いいじゃない。ご褒美が欲しいワン!」

「はいはい。ならこれから勉強しような!」

「保険体育がいいです!」

 ビシッと手を挙げる佐里。

「馬鹿を言うな。俺は理科が得意だ」

「え。利香りかちゃんとどういう関係なの!?」

「誰だよ。リカちゃん」

「ワタシの親友だよ。前に来たことあるじゃん!」

 あー。確か茶髪のおさげの三つ編みで眼鏡なおとなしめイメージがある。

 図書館の司書といった様子だった。

「で。理科は学びたくないのか? それとも数学からいくか?」

「うぅ。お兄ちゃんが厳しくておにいちゃんになっているよ~」

「何を言っている。偏差値70にするにはかなりの努力が必要だぞ?」

「す、スポーツ推薦は?」

「お前、そこまで活躍していないだろ。エンジョイ勢だし」

「そこまで覚えていてくれたんだね! お兄ちゃん!」

 うるうると嬉しそうに目を潤ませる佐里。

「いや、ここは感動する場面じゃないだろ……」

 あきれ返った俺はため息を吐く。

「それよりも食べ終わったらすぐに勉強するぞ。今40くらいだろ?」

「うぅ。義妹の偏差値に詳しすぎる件。一生食べたいかな」

「一生勉強しないつもりか?」

 それにしてもラノベにありそうなタイトルを言う。

「頭では分かっているの。ええ。分かっているよ……」

「ならさっさと食べろ」

「あ。でも一生食べていたい気持ちは本当だよ!?」

 何を焦って訂正しているのかは知らないが、俺の料理が褒められて悪い気はしない。

「ま、まあな……」

「お兄ちゃん、照れている。可愛い~」

「うっせーよ」

 男に〝可愛い〟とか言うな。格好良くありたいのに。

 食事を終えるとパソコンと教科書を広げて、勉強を始める。

「そこは因数分解だな。4かけ3とか、ある程度あたりをつけるのがコツだ」

「うぅ。数学は難しいよ……」

 午後十一時。

「ほら。まだ勉強しないと」

「なんだか、この二時間で偏差値70になった気がするよ!」

「その発言は偏差値30くらいの発言だろ……」

「お兄ちゃんの意地悪!」

「はいはい。頑張ればご褒美をあげるから」

「ご褒美!? 何々!?」

 わんこのように喜ぶ佐里。

「野菜炒めだ!」

「えー」

「だってさっき一生食べていたいって」

「あー……」

 文字一つでこんなに表情が変わるんだな。

 残念そうな顔から納得したような、後悔したような顔になる。

 そんなこんなで勉強を終える頃には夜中の一時を回っていた。

 無論、そんな夜中に外を歩かせるのは危険であるから、俺の家に泊めることにした。

「お兄ちゃん、一緒にねよ?」

「いや、それはマズいだろ。倫理的に……」

 この義妹はベッドに誘う意味を理解しているのだろうか。

 その辺りも含めて教える必要がありそうだ。

「俺はお客様用の布団で寝るからいいよ」

「そんな殺生な!」

「なんだよ。俺は男で、お前は女だぞ?」

「えへへ。女の子扱いされたぁ~」

「はいはい。良かったね。もう寝るぞ」

「うん♡」

 電気を消すと、俺は布団に潜り混む。


 朝になり、目を開ける。

 トリのチュンチュンというさえずり、葉擦れの音が耳に心地良い――

 はずだった。

「ん? 柔らかい感触……」

 丸みがあり、暖かく、ほどよい感触。

 俺はそーっと隣を見やる。

 そこにはパジャマ姿の、少しはだけた佐里が寝ていた。

 そして手が握っているのは、彼女の中学生らしからなぬ二つの膨らみだった。

「ひゃっ!」

 俺は慌てて手をどける。

「うぅん。お兄ちゃん、おはよー」

「おはよう。……じゃなくて! なんで隣で寝ているんだよ!?」

「いいじゃない。別に……。兄妹なんだし」

「お前はぁ~!」

 俺は佐里の頬を引っ張ってお叱りする。

 しばらくして、ピンポーンと玄関のチャイムが鳴る。

 こんなときに誰だ?

 俺は苛立ちを覚えつつ、玄関を開ける。

 そこには金髪っ子がいた。

「あ。龍王子さん……」

「おはようございます。タケルくん」

「やっぱり! 付き合っているんじゃん!」

 後ろから声がかかる。

「いや、まあ……」

 偽の恋人というのは難しいものだな。

 誤解はして欲しくないし、いちゃついている訳でもない。でも恋人のふりをしなければならない。

「ぶー。お兄ちゃんのすけこまし!」

「前にも聞いたな。それ!」

「あらあら。わたしはお邪魔虫でしたか……」

「いや、そんなことないよ。龍王子さん!」

「なら、一緒に高校に行きましょう?」

 今日は平日。

 学校のある日だ。

 俺は朝食を用意し、赤いスクランブルエッグと紫色のソーセージとトーストを用意する。

 佐里と龍王子さんが一緒に食事をとっているのがなんだかおかしかった。

 でも仲良くなってくれたらいいなー。

 と佐里が龍王子さんのソーセージを奪い取る。

「「え!?」」

 ぽかーんとしていると、佐里はにこやかな笑みをたたえ、

「お い し い~♪」

「ば、馬鹿! 謝れ!」

「誰が謝るのよ。ワタシのお兄ちゃんを奪っておいて!」

「ぁ……ぅ……」

 涙目になる龍王子さん。

「お、俺のソーセージあげるから!!」

「え~。下ネタァ~?」

「佐里は黙っていろ!」

「ほれ」

 フォークでソーセージを刺して渡す。

「え。でもそれではタケルくんのがなくなります」

 鼻をすすりながら、気遣いを見せる偽恋人。

「いいんだよ。俺はいつでも食べられるからな」

「ありがとうございます」

 嬉しそうにソーセージをむ龍王子さん。

 泣きべそをかきながら、だけど。

「ん。おいしいです」

「ぶー。なんだか納得いかないよ」

「もとはと言えば、お前が悪いんだからな?」

「それは……。そうだけど……」

 佐里はうつむき、龍王子さんに向き直る。

「ごめんなさい」

「……大丈夫です。気にしていませんから」

 優しい。

 優しすぎるよ。龍王子さん。

 そんなんだから、放っておけないんだ。

 朝食を終えると、歯磨きや着替えなどの支度を始める。

「そう言えば、お兄ちゃんは龍王子さんのどこが気に入ったの?」

「え」

「だって。そうじゃなくちゃ付き合う訳ないじゃない」

「……そう、だな……」

 こんな質問をされるとは思わなかったから、対策は立てていない。

 でも、俺はいろんな一面のある龍王子さんを知った。

 それが答えかもしれないし、違うかもしれない。

 とはいえ、偽の恋人だ。そこまで深く考える必要はないだろう。

「ま、優しいところだな」

「ふーん。ありきたりな答えだね」

「うっせーよ」

「以前よりも反発するようになったね。お兄ちゃん」

「そ、そうか?」

 それはそれでなんだか嫌なことをしている気分になる。

「二人とも、行きますよ?」

 龍王子さんにおされて、俺と佐里は返事を返す。

 そして外の世界へと飛び出すのだった。

 しかし、龍王子さんはなぜうちに来たのだろう?

 わざわざ一緒に朝食をとるなんて。

 偽の恋人なのに。

 恋人のふりなんてテキトーにしていればいいのに。

 変なところで真面目だな、龍王子さん。

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