第9話 バレなきゃいい

 学校に着くと俺と龍王子さんにヒューヒューと黄色い声が上がる。

「おはよう。大河、綾崎」

「おっはー」

「おはりんくる」

「……その挨拶はなんだ?」

「最近の流行だぜ? おはりんくる」

「それよりも、龍王子とはどこまでいったんだ?」

「あー。デートの約束を取り付けた」

「お。ヘタレの赤井が本気だした!」

 ゲラゲラと笑う大河。

「どこいくんだよ? ラ〇ホ?」

「大河じゃあるまいし。水族館だよ」

「は? それって三回目のデートで、だろ?」

 綾崎が胡乱うろんげげな視線を向けてくる。

「なんでお前まで三回目にするんだよ」

 俺の感覚がおかしいのか?

 いや別に回数など気にする必要なんてないだろ。

 大きくため息を吐き、席に鞄をおく。

「しっかし、水族館か。恋人を意識するにはもってこいだな」

「まあ、赤井は枯れているからな」

 うんうんと頷く二人。

「なんだよ。それ……」

「ちょっといい?」

 俺の前に現れたのは褐色肌がまぶしい色恋いろこいさん。

「なに?」

紗倉さくらと付き合っているって、ホント?」

 紗倉。ああ。龍王子りゅうおうじ紗倉か。

「ああ」

 偽の恋人だけどな。

「ふーん。ミステリアスなキミが?」

「ははは。それを言っているのは色恋と龍王子だけだぞ?」

 大河はケラケラと笑う。

「別に間違っていないじゃない。いつもポーカーフェイスで、何か不思議な雰囲気をまとっているじゃん」

「そんなこともないと思うけど……?」

 困惑した俺は頬を掻く。

「いいじゃん。そうだ。連絡先、教えて?」

「え? なぜ?」

「いいから、いいから」

 色恋さんは俺の連絡先を聞いてくる。

「おれは?」「僕も!」

「あー。ごめん、赤井君を通して頼むかも?」

 断る雰囲気満々だ。

「じゃあね!」

 褐色少女は手を振りながら自分のグループへと戻っていく。

「お前、モテすぎじゃね?」

「奇遇だな。おれもそれを思っていたところだ」

「あー。やっぱり? 気がある感じか?」

 さすがの俺でも色恋さんの反応はそう見えた。

「くそ。この色男め!」

 綾崎が俺の肩をどつく。

「まあ、おこぼれに期待しよう」

「いや大河……」

「なんだ? 赤井にフラれたところを優しくすればイチコロだろ?」

「ゲスいな……」

「ま、大河にはチャンスなさそうだな」

 俺と綾崎の意見が一致し、ハイタッチをする。


 その日の昼食。

 龍王子さんが駆け寄ってくる。

「その、タケルくん。一緒に食事にしませんか?」

「いいぞ」

 俺は前の机の向きを変えて二つの机をつける。

 龍王子さんはその席に座り、二人で弁当を広げる。

 蓋を開けると、そこには色とりどりのおかずと白米が並んでいた。

 ちなみに白米の上にはさくらでんぶを乗せている。

「わたしの名前は紗倉じゃないですか!」

「……? うん。そうだね」

 何が言いたいのか分からずに困惑する。

「さくら、でんぶを食べて欲しいのです。わたしを食べて?」

 俺はつい吹き出しそうになった。

 この小娘は何を言っているんだ?

「意味、分かって言っているのか?」

「きゃっ。恥ずかしいぃ~。でも大丈夫です」

 何が大丈夫なのかは分からないが、俺にとっては一大事だ。

 周りからの視線も冷たく感じる。

「まあ、そのうち、な……?」

「「「きゃぁああああ」」」

 盛り上がる女子たち。

 そんなんじゃないけどな。

 偽の恋人だし。

 少しご飯がまずくなった気がする。

 昼休みも終わり、午後一に体育がある。

「俺、今日はバレーの気分じゃないんだけどな……」

「分かるぅ。その日の気分で変えたいよな」

「ま、おれはどっちでもいいけど」

 大河は嬉しそうに呟く。

「むしろ女子にアピできていいんじゃね?」

「ま、赤井には龍王子がいるからな。あまり目立ってもしょうがないじゃね?」

「余裕はあるわな」

 俺がそう答えるとつまらなそうなものでも見るような二人。

 ちょうど俺の番が回ってくると、視界の端に龍王子さんの姿が見える。

 偽の恋人だけど、まあ本気だすか。

 相手は運動部と文化部が混じっている。そんなには強くない。

 なら――。

 俺はバレーボールを高々とあげてサーブを打つ。

 勢いのついたボールを打ち返そうとする生徒たち。

 だが、しばらくして基礎体力と持ち前の勘で俺は切り抜けていく。

 全身をバネのように動かし、その反動で高く飛び、素早くボールを打つ――。

 女子の間からは黄色い声援があがる。

 それに返すこともなく、交代の時間がくる。

「お前、本気だしすぎ」

「そういう綾崎は運動苦手だものな」

 苦笑しながら綾崎と交代する。

 みんな昼飯の後なせいか、動きが鈍い。


 そんなこんなしているうちに、あっという間に放課後になる。

 日直の俺は日誌を作成し、担任に提出する。

 その帰り。

 色恋さんが地面に四つん這いになり、ミニスカをフリフリしながら、何かを探している。

「どうしたんだ? 色恋さん」

「え。あ……赤井くん?」

「ああ」

「それがコンタクトを落としちゃって」

「どこだ?」

 俺もかがんで周囲を注意深く観察する。

「探してくれるの?」

「ああ。同級生が困っているからな。どこにある……」

「そっか。優しいんだ」

「あった! これだろ?」

 俺はコンタクトレンズを見つけると色恋さんに見せる。

「そう! それ!」

「しかし色恋さんも視力は良くないんだな」

「ゲームとかスマホを使うからね。今の時代なら当たり前じゃん?」

「まあ、確かに」

 苦笑で返すと、にこりと笑う色恋さん。

「でも、嬉しいな。こんな風に会話できて」

「そうか?」

「ふふ。自信過剰になる必要はないけど、少し自信を持つべきじゃん」

 なんだかテンションの高い色恋さん。

「そうだ。お礼をさせて?」

「いや、たいしたことしていないよ」

「コンタクトなくして視力が悪くて探せなかったし、そのまま帰るのも危険だったし。赤井くんのお陰じゃん?」

「まあ、それは、まあ……」

「いいから。夕食くらいおごらせて」

「そこまで言うなら、分かったよ」

 最近、こんなことが多い気がする。

 近くのファミレスに立ち寄ると、俺と色恋さんは対面で座り、メニューに目を通す。

「何にするじゃん~♪」

 メニューを見て嬉しそうにする色恋さん。

 こうして見るとスタイルはいいし、顔も可愛いんだよな。

「こっちのハンバーグも食べたいけど、ピザもいいなー」

「じゅあ、シェアするじゃん!」

「え?」

 シェア。分け合うということか?

 混乱した頭が真っ白になる。

 か、間接キス?

 その間にタブレットで注文を済ませてしまう色恋さん。

「楽しみだね」

「まあ……」

 配膳ロボットがやってきて、ピロリロリンと音を立てて、モニターに文字が流れる。

「今はこんな風になっているのか……」

 普段外食をしない俺は改めて人類の進歩に思いを馳せる。

「ん? あまりファミレスこない?」

 色恋さんはなれた様子でお皿を受け取る。

 ピザとハンバーグが目の前に来て、香りが鼻腔をくすぐる。

 おいしいそう。

 普段うちで食べているが、外食となると一段とおいしそうに思えるのはなんでだろう。

「じゃあ、切り分けるね!」

 そう言ってナイフで半分ずつにハンバーグを切り分ける。

 あー。そっか。食べる前に分けるのだから間接キスにはならないのか。

「ん。なんで悲しい顔をしているのさ」

「え。いや、なんでもない」

 残念がっている場合じゃない。

 俺には幼馴染みの美鈴みすずがいる。それに偽の恋人の龍王子さんも。

 ってなんだか罪悪感が湧いてきたな……。

「さ、食べよ?」

「あ、ああ……」

 なんだか悪魔と契約をしている気分になる。

 でもこのまま立ち去ると色恋さんに悪いし。

 それにこの料理は食べたいし。

 まあ、バレなきゃいいでしょ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る