第7話 デートって?

 土日と、たっぷり遊んだ俺たちは、学校に向かって歩いている。

 玄関前で待機していた龍王子さん。階段を降りた先には佐里がいた。

 なので、その三人で徒歩五分の道のりを歩いていく。

「お兄ちゃんのすけこましなの」

「何を言い出すんだ。妹よ」

 俺は陰キャだし、根暗だけど、すけこましになった覚えはない。

「両手に花ですからね」

 ジト目を向けてくる龍王子さん。

 いやその状況を作ったのはお前らだろ……。

 呆れてものも言えない。

「あれ。認めたの?」

「違う。呆れていたんだ」

「むう。わたしたちのどこに呆れる要素があるのですか?」

「存在そのものに呆れるんだよ!」

「ひ、ひどい……」

「わたしは恋人ですもの。一緒に登校しておかしくないです」

 言葉に詰まる俺。

 そう言われると痛い。

 いくらニセモノとは言え、付き合っているのなら一緒に登校するだろう。

 それがいくら学園のアイドルであっても。

 学校に着くと、綾崎や大河に駆け寄る。

「おはよう」

「なんだ。裏切り者か」

「おい!」

「嘘だって。おれもタケルがあの学園アイドルと付き合うとは、思わなかったぞ」

「で? どこまでいった?」

「胸揉んだか?」

「バーカできるものか」

 俺は偽の恋人だからな。

「ははーん、チョビっているな?」

「それを言うならビビっているな、あとビビってないし!」

「うさんくせー」

「キスくらいはしたんだろ?」

「……いやまだだ」

「かー! 何やっているっぺ!?」

「付き合ったらそくキスだろ?」

「お前がモテない理由が分かったよ」

 渋面を浮かべていると、綾崎がニタニタ顔で訊ねてくる。

「まあ、デートくらいはしただろ?」

「……あ!」

「このばかちんが! デートに誘え! 今すぐに!」

「見損なったぞ」

「味噌はこねてねーよ!」

「どんな聞き間違いだよ……」

「うっせー」

 まあでもデートに誘わないのはおかしいか。あとで誘ってみるか。

 いくら偽の恋人とはいえ、偽装デートは必要だろう。

 でも。

「デートってどこいけばいいんだ?」

 俺は綾崎と大河に尋ねる。

「へ? そ、そう言われても……」

「そうだな。まずはラ○ホだな!」

「大河はがっつきすぎてないか? 初デートだぞ?」

「初物でめでてーじゃねーか!」

「「理解に苦しむ……」」

 そんなこんなで中身のない話を続けた俺たち。

 結局は直接聞く流れになった。

「という訳でデートがしたい」

「おうちでーと! じゃダメですか?」

 外にでるのが不安なのか、僅かにちいさな声を上げる龍王寺さん。

「外出する方が分かるらしい」

「何が分かるのですか?」

「分からん!」

「ええ……」

「とにかく、あいつらはそれで満足しない。偽の恋人ってバレる」

「そ、そんなー」

 しょんぼりとした顔を浮かべる龍王子さん。

「で! どこ行く?」

 さーっと真っ白に血の気が引く龍王寺さん。

 そうとう外に出るのが嫌らしい。

「希望がなければ水族館に行くぞ?」

「殺生な!」

 お代官様かな?

「嫌いか?」

「水族館は三回目です!」

「知るか! じゃあ水族館な」

 俺は勝手に話を進めると紫の青椒肉絲を机に並べる。

「さすがの色使いですね……」

「だろ?」

「褒めてないです」

「素直じゃないなー」

 というか、いつの間にか俺の部屋に入り浸っているな。

 まあ、いいけどさぁ……。

 俺にも色々とあるんだけど。

 でもおいしくできているからか、龍王寺さんはすぐに箸を伸ばす。

「ん。おいしいです」

「そうかそうか。おかわり、あるぞ?」

「わたしを太らせてどうする気です? でもいただきます」

「馬鹿なこと言っていないで食え。細すぎるわ」

「わたしのこと、そこまで見ていたのですか?」

「あー」

 きもいと思われそう。俺が推しの学園アイドルだって言ってないし。

 何か言い訳を考えなければ。

「なんとなく、そう思っただけだ!」

「ふふーん♪ 素直じゃないですなー」

「よせよ」

「素っ気ないキミも好きです!」

 そうってなんだよ。そうって。

「そろそろ風呂の時間だろ」

「ん。一緒に入るのです!」

「え!?」

「あ、一緒の時間じゃなくて! 一緒のお風呂場という意味!」

 どうやら一番風呂をご所望の様子。

 それでも、男の家でお風呂、世間知らずにもほどがある。

「馬鹿野郎、本当に好きな人に言え」

「ぁ……」

 小さく漏れる吐息が、少しエッチな感じがした。

「野郎ではありません……」

 ちょっとずれた答えもしたが、その日はそれだけで、お風呂はそれぞれの部屋で入った。

 前よりも甘えるようになったけど、さすがになしだ。

 俺たちは偽の恋人だ。

 でもちょっと思う。

 本当の恋人だったら――

 まあ、そんなことないけど。

 ありえない妄想を振り払い、翌日の通学にそなえる。復習と予習はしっかりやった。

 親に文句を言われる心配もない。

 スマホが着信を告げ、鳴り響く。

 誰だろう?

 名前を見ると、そこには幼馴染みの【青木あおき美鈴みすず】の文字が浮き上がる。

 え。なんで?

 フラれてから疎遠になった彼女。

 あちらからはなんの音沙汰もなかったというのに。

 俺は深呼吸をして、電話にでる。

「もしもし?」

 第一声は震えていた。

『もしもし?』

「どど、どうした?」

 緊張しすぎてろれつが回らない。

『今なにしているのかなーって思って』

「あー。勉強」

『そう。隣に誰かいるのかな?』

「いないぞ?」

 何を言っているんだ? これはなんの話をしたがっているのだ?

『なら、いいかな……』

 ブツッと電話が切れる音がする。

 なんだったんだよ。

 今度はピンポーンと玄関の呼び鈴が鳴る。

「お兄ちゃんの家に泊まるの!」

「は?」

 俺は義妹が何を言っているのか、理解できずにぽけっーとする。

「何やっているの? お兄ちゃん」

 そう言って上がり込む佐里。

「い、いや待て。お前も一応は女の子だろ」

「意識してくれるの~。嬉しい~」

 女の子とみられるのはそんなに嬉しいことだろうか?

 まあそれは置いておくとして。

「血のつながらない兄妹が一つ屋根の下はマズいって!」

 だから両親も別々の家を用意したのだ。

 それもけっこう離れているアパートに。

 そんなことは佐里もわかりきっていること。

 もっとツンケンしていたし、しゃべりづらかったが、今はそんな気配を一切見せない。

 むしろ仲の良い兄妹くらいには映るだろう。

 そんな佐里が泊まっていく……。

 考えただけで血の気が引いていく。

 こんなこと、両親になんて報告すればいいのか、分からない。

 俺はどうすればいい?

「帰れ。佐里」

「彼女が連れ込めなくなるから?」

「え?」

 プクッと小さく頬を膨らませる佐里。

「彼女がいなくなれば、お兄ちゃんはお兄ちゃんのままなの!」

「ど、どういう意味だ?」

 俺は理解に苦しんで頭を抱える。

「分からなくていいの。でもワタシはただのいもうとじゃないの! 義妹いもうとなの!」

「お、おう?」

 理解できたつもりで、理解できていない俺。

「もう、お兄ちゃんの手料理がたべたいなー」

「……分かったよ」

「さっすが、お兄ちゃん!」

 ニコニコと笑みを絶やさない佐里。

 この笑顔に弱いのが俺なんだよな……。

 俺はキッチンに立ち、今日できそうな料理を考える。

 まあ紫キャベツは使うんだけどね。

 トントンと心地良い包丁さばきに佐里は嬉しそうに目を細める。

「やっぱりお兄ちゃんは最高だぁ~♪」

「何か、言ったか?」

 炒め物の音で聞こえづらいのだ。

「ん。なんでもないの~」

 クスクスと萌え袖で口元を隠す佐里。

 そんな姿も可愛らしいが、妹だ。変な気は起こすな。

 煩悩を払いのけると、目の前の料理に集中する。

 できあがった頃には佐里は疲れていたのか、ソファで船をこいでいた。

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