第6話 男メシ
ピンポーンと鳴り響くチャイムの音。
マズい。
「ふーん。お兄ちゃんに、来客なの?」
「ええと。まあ、たぶん友達だな!」
「だったら、ワタシも一緒で大丈夫なの」
「いやいや、汗臭いやつだし!」
俺はそう言い佐里を部屋に押しとどめる。
そのあとでそろりと玄関を開ける。
そこにはふくれっ面を浮かべる龍王子さんがいた。
「汗臭くて悪かったですね」
「き、聞こえていたのか……。いや、今日は帰ってくれ」
「なぜです? 暇なのでしょう?」
ずかずかと上がってくる龍王子さん。
「いや、けど……!」
「初めまして。佐里さん」
そう言って薄っぺらいドアを開ける。
視線の先にいた佐里が驚いたように、憎き相手のように顔をしかめる。
「本当に、付き合っているの……? お兄ちゃん!」
「そうですよ。わたし、可愛いですから」
ふふふと余裕の笑みを浮かべる龍王子さん。
「いや、まあ……」
偽の恋人であることは隠さなくちゃいけないのだろうか。
家族には言ってもよい気がする。
「なあ、龍王子さん」
「なんですか?」
耳打ちをする俺。
「家族くらいには話してもいいじゃないか?」
「ダメです。どこから漏洩するか、分からないのですから」
「そんなぁ~」
しょんぼりとしていると、龍王子さんが微笑ましいものでも見るかのように笑みを零す。
「誰なの? この人!」
佐里は笑顔を見せた龍王子さんに驚いた顔を向ける。
「だって。学校じゃ、こんなに笑わないの!」
「あー。そうらしいな」
まあ、俺は学校での彼女をあまり知らない。前に中学校の文化祭で歌唱をしたのくらいだ。
それからファンにはなったけど、話しかけるなんて恐れ多いし。
「む。お兄ちゃんが知らないというのも不可解なの」
「まあ、タケルくんとわたしは運命の赤い糸で結ばれているのでぇ~」
甘えたような、声音で言う龍王子さん。
「それよりも! 佐里さんもここにいると勘違いされますよ?」
「そんなことないの。ワタシは究極で優れた妹なの!」
「だから、色恋沙汰にはならない?」
不適な笑みを浮かべる龍王子さん。
「うぅ。でも、ワタシの家族なの! だからそんなことにならない……の」
尻すぼみになる声。
「あー。佐里、悪いがこいつと仲良くやってほしい」
「「え!?」」
佐里だけでなく龍王子さんも驚いている。
なんで?
俺には分からない。
「もう、バカお兄ちゃんにはデリカシーというものを学んでほしいの」
「というか、乙女心? を知るべきですね……。馬鹿タケルくん」
真剣な顔で、俺を罵倒し始める二人。
「おい。俺だって傷つくぞ……」
「はいはい」「あの子は特別です」
「いや何を言っているんだ?」
俺は思わず困惑する。
それにしてもノリが意外といいな。二人とも。
「もう、お兄ちゃんはダメダメなので、ワタシが介護してあげるの」
「そんなことないです。わたしが甘々にしてあげるのです!」
二人して俺にじりじりとにじり寄ってくる。
「いや、二人とも。落ち着け」
「ワタシ、けっこう胸あるの!」
「くっ。でも、わたしにだって膝枕の一つや二つ!」
「どういう対抗心だよ!」
俺は訳も分からずに二人に捕まる。
「「どっちがいい!?」」
「え、えぇ……」
困惑する俺だが、答えるまで離してはくれないらしい。
偽の恋人である龍王子さん。間違いではないがなぜか負けた気がする。
佐里と言うと義妹であってもシスコンと言われそうだな。
あー。なら龍王子さん?
「ま、まあ、龍王子さんかな……?」
うろたえた様子で答えるが、佐里はふくれっ面を浮かべてパンパンと俺の腹を無言ではたいてくる。
まあ、痛くはない程度だし、しばらくしたら落ち着くだろう。たぶん。
「ふふ♪ やっぱり今カノには勝てないのですね。佐里さん?」
「むぅ。なんかムカつくの!」
ぷんすかと怒る佐里。
「まあ、佐里も大事な妹だし、今日はみんなで遊ぼうか?」
「ホント!!」「そ、そんなー!」
二人の対象的な表情に、複雑な気分になる俺。
まあ、佐里とも仲良い兄妹でいたいしな。
「ふふーん。やっぱり妹は最強なの~」
「むぅ。なんかムカつくです!」
さっきも聞いたような言葉だ。
まあ、いいか。
気にする必要はない。
「あーん! またやられたの~」
ちょっと艶美な声音で言う佐里。
「ふふ。あなたは弱いのです! 佐里さん」
「まあ、その前に俺が負けているのだけど……」
悪い気がして、そっと顔を背ける二人。
あー。なんだか悲しいな。
俺そんなに気を遣われるほどか。
「ゲームの評価が、男の子としての決定的な違いを見せるわけじゃないですし!」
「そうなの。男の子は中身で勝負なの!」
陰キャで根暗な俺に喧嘩売っているのか!?
まあ、落ち着け。
ここは冷静に考えるんだ。
素数を数えよう。
200。300。400。500。
ん? 素数ってなんだ?
数学は詳しくないんだよな……。苦手な教科だし。
「さて。そろそろ昼飯にするか」
「それならわたしが作ります」
「いや、俺に作らせてくれ」
「へへん。お兄ちゃんの料理の腕前もなかなかなの。見た目はあれだけど……」
苦笑いを浮かべる佐里。
冷蔵庫を開けると、俺はいくつかの食材を選び、料理を始める。
「ほら。できたぞ。チャーハンだ」
「え。これが?」
龍王子さんが驚いた顔をしている。
紫色でゴロゴロと肉が入っているチャーハン。
「お兄ちゃん、少しは見た目を気にしてほしいの」
「何言ってんだ? 紫キャベツの色味が最高だろ?」
「ええ。わざと染めたのですか……」
怖ず怖ずとスプーンを伸ばす龍王子さん。それとは対象的に佐里が口に運ぶ。
「うん。おいしいの~」
頬張る龍王子さん。
「ん。おいしい……」
感慨深そうに呟く偽の恋人。
そのあともパクパクと食べ進める俺たち三人。
「そうだ。デザートでプリンがある。食べるか?」
「うん。頂きます」
「お兄ちゃん特製プリン! これははかどるの~」
またも紫色のプリンを持っていくと、今度は抵抗なく食べる二人。
俺も頂いたが、なかなかにうまくできた自信がある。
二人も満足そうにソファに横たわる。
「さ。ゲームしようぜ?」
「ええ。負けるの好きなの?」
「負けるのが好きなんて、不思議な人です……」
いや、俺負ける気はないのだけど?
むしろ勝つ気満々なのだけど?
「うぅ。痛いお兄ちゃんなの」
「あははは。佐里は冗談がうまいな……」
「…………?」
「え?」
「「え?」」
二人が俺をいじめてくる!?
「ええと……?」
俺は困ったように頬を掻く。
ゲームを始めると、またもや二人に負ける俺。
俺ってかっこ悪い?
「くそ。今度こそ勝つ!」
「ずいぶんとやる気だけはあるのですね」
「お兄ちゃん、けっこう負けず嫌いなの」
「負けるもんかー!」
そしていよいよ、十五回目にして勝利を勝ち取る俺。
「やったぁ――っ!!」
嬉しくてはしゃいでいると微笑ましいものでも見るような龍王子さんと佐里。
その視線、やめてくれよ。
俺だって勝ったら嬉しいんだよ。
いいじゃんか。少しくらい喜んでも。
「もう、身体が痛いじゃないの」
「じゃあ、ヨーチューブでヨガでも見ます?」
「いいの! 身体を動かさないと堅くなるの!」
「それは言えているな。
「なんだか、よく分からない文字が見えた気がするの」
何言っているんだ? 雨の降った後に過疎化が進むっていうことわざだろ?
俺が首を傾げていると、龍王子さんがハテナマークを浮かべている。
いや、分かってくれよ。
考えるのを止めた龍王子さんはヨガを再生し始める。
そして佐里も一緒に動き始める。
郷には入れば郷に従えと言う。
俺もヨガを始めた。
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